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なぜ、「緑のT」は嫌われるのか? 芸能界には同じタイプがいっぱいいる。「女帝」を読んだ。 [緑のタヌキ]

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「女帝 小池百合子」を読んで「とんでもない女だなあ〜」と思った方。多いのではないか? でも、その人たちは小池ほど嫌われないような気がする。なぜ、彼女は嫌われるのか? 男性でも会社で、権力ある人にゴマをすり取り入り、派閥に入理、取り立ててもらう人がいる。有力な政治家を使い事業を進めたり、親しくないのに大物政治や企業の社長に近い存在であることをアピールするビジネスマンも少なくないはずだ。その本で紹介されている小池の父がそれだが、僕の周りにもその手の人はいる。

有名監督と親しい振りをする。よく聞くと1度挨拶しただけ。なのに、「次の映画を手伝って欲しいと言われた」「君は才能あると言ってくれた」とか周りに言って回る。「有名俳優と友達だ。大手企業に知り合いがいる」まあ、そんなことを言う奴はロクでもないのだが、コネを探し、利用して仕事を進める。のし上がる人はそこそこいる。大手広告代理店は有名人の血縁者を喜んで入社させる。何か交渉の時に、親戚がいれば便利だからだ。

大物芸能人や政治家と繋がることでメリットがある。自身に力がなくても、大いなるプラスが得られる。それを実践しているのが小池百合子。だが、社会では同じようなことをしている人がいるのに、なぜ彼女は嫌われるのか? 例えば特に女性から見たとき、会社で大物に取り入り出世を目指す男性より、クラブで権力あるお客に取り入るホステスの方が嫌われるのではないか?

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いや、ホステスは水商売。それをカタギの世界でやるから嫌われるのか? しかし、彼女はマスコミから政界に進んだ人。カタギではない。そして芸能界にも同じタイプはゴマンといる。だから、本を読んでも驚くより呆れるより、「いるいる!僕の周りにも!」と感じてしまった。女優の卵、新人タレント、監督やPに取り入ろうとする。様々な努力をする。が、小池の方がさらに努力(?)をしており、風の流れを見極めるのがうまい。見事としか思えないエピソードが多い。

なぜ、嫌われるのか?一つには野心的な女性というのは、特に同性から嫌がられるということがあるだろう。ずるい。汚い。みっともない。女性が女性を見る目は厳しい。そして男性も、自分に言い寄る女性は可愛く見えるが、権力者に擦り寄るのは好感を持たない。もし、小池が男性なら批判もされても「やり手」とも言われたかもしれない。

ただ、彼女が厳しく批判されて当然な部分がある。権力者に擦り寄るもよし、男を利用するのもあり、だが、結果、利用価値がなくなると物の見事に捨てる。乗り換える。関係者を踏みつけにする。彼女の目的は「支配欲」「権力欲」を得ることでしかない。これまでの流れからもパフォーマンスはうまいが、中身が伴わない。注目を集めるのは上手だが、国民のための活動になっていない。要は広告屋。宣伝マンとしての能力が高いだけで、政治家ではないということ。「築地問題」もそう最初は関係者に支持されることを言うが、途中で投げ出し、誤魔化し、結末を方向せず、触れなくなる。


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全てが自分の出世のための道具に過ぎず、当事者に同情する振りをするが、最終的に投げ出し、踏みつけにする。だから嫌われる。それを多くの女性は感じているのだと思える。男性の中には「よくやってるんじゃないの?」とか思う人もいるだろうが、それは「女性にしては頑張っている」と言う意味で差別感の上に立った発言だと思える。もちろん、パフォーマンに騙され、中身がないことも見抜けていない。

この本では触れていないが、小池は日本会議の一員であり、かつて幸福の科学からも支援を受けている。なぜ、そこを書かないのか?疑問だが、そのことで「小池は戦争屋だ!」「信者だ」と言う人もいる。だが、彼女にとってどちらの団体も権力を握るために利用する道具にしか過ぎないはず。彼らの主義に賛同して....とかではない、利用できるものなら何でも使うと言う人なのだ。

もし、汚い手を使ってもトップになり、実現したい理想があるのなら、まだ理解できる。が、何もない。「注目され、賞賛され、かつてバカにした連中を思い知らせたい!」そんな思いだけだろう。同じタイプは女優の卵にもいる。「有名になりたい!金持ちになりたい!男にチヤホヤされたい」でも、演じると言うことへの「憧れ」や「熱い思い」はない。小池も同様に政治への「思い」やビジョンはないだろう。

その手の女優たちは「***監督が応援してくれている」「***Pが映画に出てくれと言っている」と言う自慢話が大好き。業界の飲み会を探して参加する。有名監督のワークショップに参加。お礼状を出す。親しくなり、愛があるように思わせて、役をもらう。それに引っかかった監督仲間もいる。が、その手の女優たちでずば抜けた演技力を持つものはいない。そのための勉強をせず、営業とアピールに時間と労力を注ぎ込むから。小池百合子という人も多分同じタイプで、政治よりそちらに人生を賭けて来たのだろう。

彼女の振る舞いや言動ではなく、政治家としての思いがなく、能力が低いということこそが問題であり、批判されるべきなのだと考える。




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大反響「ドキュメンタリー沖縄戦」全国10ヶ所公開に拡大! [沖縄戦]

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大反響「ドキュメンタリー沖縄戦」全国10ヶ所公開に拡大!


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この本。描いた事実には嘘はない。だが、その表現法は非常に危険。=あえて指摘しておく。 [緑のタヌキ]

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この本。描いた事実には嘘はない。だが、その表現法は非常に危険。=あえて指摘しておく。

この種の本を読むと、いつも引っかかる。この「女帝」でいえば書かれたことは、ほぼ事実であろう。情報通の知人から聞いた話とも符合する。ただ、この本は小池百合子を貶めるために、ノンフィクションではない表現法を多用している。そのことで読者に「小池って本当に酷い」と思うように誘導している。本来、それはルール違反。

多くの人が小池の問題に気づくのはいいこと。だからとルールを無視した表現法を使っていいのか?と思える。ノンフィクションには時々、この種のものがある。「日航123便墜落(撃墜)事件」の本でも近いものがあった。書かれていることはぼぼ事実。でも、それら指摘の裏付けがない。それでは本来、説得力を持たない。その本の問題点を挙げつらうことで中身も「嘘だ」と思われる可能性がある。

こちらの本も同様。その手法を使うと信頼性が損なわれる。また、本来、その手法は濡れ衣を着せる。デマを正当化する時によく使われる。白である人を黒だと誘導する。そのための手法だ。それを黒の人物を黒と証明するときに使うのは違うだろう。

具体的に説明する。例えば「小池は会見で機械のように原稿を棒読みするだけだった」というような表現がある。筆者はその会見の会場にいたということか?「機械のように」と言うのは印象。「人間味がない」「感情がこもっていない」「心がない」と言う意味でもある。その会見に著者がいてそう感じたのなら問題はない。

あるいはテレビニュースで見た。それならいいが、そのことは書かれていない。その場合は「私もテレビで見ていたのだが」と書くべきだが、その記述もない。かなり昔の会見に著書が、その場にいた可能性は少ない。しかし、何も説明がないので著者がその場で見た「事実」のような表現になっている。いないのに見たかのようは記述。読者は「小池は心がないから、そんな風に原稿を読んだんだ。そう言う奴だ....」と感じるはず。これは印象操作だ。

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また、「百合子はそう確信した」と言うような表現が何度かあった。これもおかしい。小説ならOKだが、ノンフィションでなぜ、小池の気持ちを著者が代弁するのか?インタビューして彼女がそう答えたのか? しかし、あとがきでもインタビューは断られたとある。会っていない。取材で彼女が認めたとしても「百合子はそう確信した」と言う表現はおかしい。「後日、小池はそれを認めた」だろう。なぜ、その時に小池がある事実を確信したことを断定して書くのか? 

正確にいえば「百合子はその時、そう確信したはずだ」である。小池の心の内を著者は想像するしかない。それを「確信した」と書くのはおかしい。つまり、これも誘導。読者は「小池はやっぱそんな風に思っていたのか.....汚い奴だ」と憎しみを持つ。もし「小池はそう確認したはずだ」と推論で書くと「でも、そうじゃないかもしれない。別のことを考えていたのかもしれない」と思う読者も出てくる。

つまり、この本はノンフィクションというより小説的な表現が多用されている。(だから映画を見ているような気持ちで読んでしまう)いつしか、小池が主人公となり、小説のように主人公の気持ちを著者が代弁しても(推論を断定にしても)読者は気づかず、それが小池の本音であると受け止めてしまう構成になっている。特に日本人は活字、文章を疑わずに読みがち。それが事実であると思いがち。

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さらにこの著者は自身の言葉で小池を批判しない。「私は許せない」「小池は嘘をついている」と書かない。それらは関係者の言葉で表現する。そのことで著者VS小池ではなく、被害に遭った関係者VS小池という構図にして客観性を持たせ、より小池の酷さを浮き彫りできる。そこに小池自身の思いまでも、著者が代弁するので、読書は確実にある方向に連れて行かれる。これも小説の手法だ。

映画のシナリオでもそうだが、悪役を悪役たらしめるための技法があり、結末に向かい様々な角度から悪行を紹介する。観客が「許せねえ」と思い、最後に主人公に打ち倒されることで観客は拍手をする。それとこの本は同じ構成になっている。(最後に打ち倒されないけどね)それは本来ノンフィクションでやってはいけないこと。ただ、嘘は書いていない。誘導と印象操作だけ。そして、この本を多くの人が読むことで小池の正体を知ることも大事なことだ。

表現に問題があることを指摘して「いい加減な本なんだ。誘導している! 嘘書いてんだ!」と騒ぐ人が出てきても意味がない。できれば多くの人に読んでほしい本。あるいは「お前は小池支持か!この本は真実なんだよ」と勘違いな反論も困る。僕も小池は問題だらけ。支持などしていない。が、昔はライターとしてインタビュー記事を書いたし、ドキュメンタリー映画を作っている。だから表現法がルール違反。本来やってはいけない形で小池を批判することには疑問を感じてしまう。

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以前に映画「新聞記者」についてのフェイクを記事にした。あれも政権の闇を切り込むという意味あるテーマのはずなに、宣伝で誘導と印象操作があった。それに気づかず、誘導された多くの人が「素晴らしい。政権に切り込んでいる!」と賞賛。だからそれを指摘した記事を書いた。素晴らしいテーマでも、印象操作の宣伝をするべきではない。この本も同じ。大事な事実を伝えるのに印象操作や誘導を使うべきではない。

ただ、著者に悪意があってのことではない。「小池は止めねば」という強い使命感で、入り込んでしまい断定したり、自分が見たことのような表現になったのだろう。非常に文筆力がある方なので余計に計算された誘導に感じるものとなったと想像する。ただ、この本を読み単純に「小池、許せねえ」と思った人たちを、同じ手法で白の政治家を黒だと思わせて「許せねえ」と誘導することも可能ということ。そこは注意せねばならない。

映画「新聞記者」検証=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-26



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「女帝 小池百合子」を読み終えた。まるで長編映画を見るようだ。 [緑のタヌキ]

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「女帝 小池百合子」を読み終えた。まるで長編映画を見るようだ。

あるいは昔、アメリカで人気だったテレビドラマ「ダラス 華麗なる悪の一族」のJRが撃たれるまでの物語を見るような感じだった。いろいろ書きたいことがある。多くの人の感想は「小池百合子、酷い!」「最悪!」というものではないか?特に女性には評判が良くないはず。「女として許せない!」とも思うだろう。あそこまでやる女性も少ない。「とんでもないな〜!」と感じるはず。

ただ、あの種の女性はたくさんいる。芸能界には数多く存在する。特に女優には多い。ああやって、のし上がる人が多い業界である。議員から都知事へ=だから、許せない!と思うが、芸能界で高く飛ぶ方法を実践しているのと同じ。僕もその手の人たちには数多く出会った。人を利用し、男に取り入り、チャンスを掴み、のし上がる。珍しくはない。だから、この本を読んでもさほど驚くことはなかった。同じタイプの女性が女優やタレントではなく議員、都知事を目指したと思えばとてもよく分かる。

しかし、面白いことがある。その手の女優やタレントは一時的にはブレイクしたり、トップランナーになることはある。ただ、出世のために力ある人に近づき、名声と富を掴むタイプは中身がないことがほとんど。芸がない実力がない。営業と売り込みに時間とエネルギーを注ぐから、本物になれない。だから、いつか没落して行く。小池も同じ展開を何度もしている。が、そこからまた這い上がり、力ある男にすがり、飛び上がろうとする。単に世渡りがうまいだけでなく、強運。

そして、その種のタレントたちともう一つ同じなのが、実力もないのに勘違い。自惚れて墓穴を掘るということ。いろんな意味で芸能界と共通する。それを絵に描いたように演じているのが、あの人ということなのだ。今回は印象のみ。さらに感想を書かせてもらう。


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この本。注意して読まねばならない。小池をかばうつもりはないが誘導がある? [緑のタヌキ]

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この本。注意して読まねばならない。小池をかばうつもりはないが誘導がある?

あと一息で読破。面白い!まるで松本清張の小説。「黒革の手帖」?僕が実際にお会いしたことのある人物も複数登場。結末は? ただ、この本。注意して読まねばならない。「やっぱ、小池。こういう奴だったんだ〜!」と素直に怒りを感じるが、その方向への微妙な誘導がある。作者は一体何者なのか? 

冷静に書いてように見えるが計算された方向に読者を連れて行く。明らかに作者がその場にいない場所でのことを克明に描写。断定する表現もある。「嘘を書いている」とは言わない。あの人はそういう人だろう。だとしても、脚色、想像を多用するのはおかしい。ある種のノンフィクションでは使う手だが、その種のものは注意し、疑いながら読むべきだ。その辺、いずれ解説する。


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「女帝 小池百合子」3分の2読む。疑いながら読む。小池支持ではないが、本の指摘を鵜呑みにするのはダメ。 [緑のタヌキ]

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「女帝 小池百合子」3分の2読む。疑いながら読む。小池支持ではないが、本の指摘を鵜呑みにするのはダメ。

この本。大きく分けると「幼少編」「留学編」「マスコミ編」「政治家編」(この途中まで読んだ)となる。いくつも背景が分かるエピソードがある。まず「留学編」僕はカイロではないがアメリカで学んだ。外国語を学ぶというのは本当に大変。

「留学」と言いながら「遊学」という日本人が多かったことも思い出す。LAの場合だと毎日のようにリトル東京に行き、飲んでいる日本人もいた。彼らの多くはアメリカ留学という名目で就職するのを先延ばしにして1年遊びたい。あるいは親の会社に入社するので箔をつけたい。英語をしっかり学び、大学で勉強しようという気はない。

帰国後、多くは***大学に留学したという。だが、そのほとんどは大学付けの英語コース。本科ではない。こちらは授業料さえ払えば誰でも入学できる。小池が最初学んだ「カイロ・アメリカン大学 東洋学科」というのはそれだろうと、著者は指摘。その後、本科に入学。首席で卒業したという。その辺に信憑性はないと綴られているが、疑いながら読み続ける。小池支持だからではない。何事も疑ってかかることが大切。

小池の存在を知ったのは「ルックルックこんにちは」の竹村健一のコーナー「世相を斬る」だ。「だいたいやねー」で有名だったので、どんな人なのか?見ていた。そのアシスタントが小池百合子。その記述もこの本に出てくる。アラビア語が得意のアシスタントということ。ある放送でそのアラビアから来た政治家がゲスト。竹村健一がこういった。

「小池くん。アラビア語得意やから今回は任せるわ!」

で、竹村が関西弁で「日本はどう見られてんの?」とか聞くと小池がそれを翻訳して質問。何を言っているか?分からなかったが「すごい!アラビア語ができるんだ」と思った。が、それが本当にアラビア語であったか?英語だったのでは?と確認はできていない。生放送で彼女が外国語を話していたことを覚えているだけ。また、それが片言のアラビア語かもしれず、どの程度なのか?は分からない。

ただ、問題はそこだろうか? 彼女の語学力が低くても大学を卒業していないくて、都知事として活躍していてくれればいい。それができていないパフォーマンスばかりだから問題なのだ。同じくアメリカの大学に留学したという現総理。彼の英語が酷いことはよく分かる。明らかに勉強していない。年月が経つので忘れているということもあるだろうが、遊学組だろう。ある程度、英語を学んでいればそれが分かる。その手の政治家は多い。

本科で勉強するのは本当に大変。僕は「映画科」に合格したが、映画以外の学科が本当に大変。映画なら頑張るが、なんで数学や歴史の勉強をせにゃならんと映画のクラスしか取らなかった。それらもしっかり勉強して卒業までした日本人を何人か知っている。が、彼ら彼女らが英語ペラペラか?というとそうでもない。勉学と喋りは違うのだ。日本でペラペラと思われても、そうでもないことも多く。日本人はどちらかというと読みが得意(その教育は受けているので)

あと、若いうちに英語を始めないとネイティブなスピーカーにはなれない。成人してからではダメ。子供時代が大事。「聞く力」もある。ベタベタの日本語英語を話す人でも、聞く力があればなんとかなる。その辺、語学を学んだことがないと分からない。プロフィールからすると著者には留学経験がない。なので一般論で指摘している。

10年アメリカにいても英語が下手な人もいるし、1年の留学でベラベラという人もいる。だから一般論で論じると問題が生じる。と言って「首席で卒業」を信じるわけではない。全てを疑ってかかることが大事ということ。何より政治家は学歴ではない。何をしたか?だ。

そして「マスコミ」編はさらに面白い。僕は映画界の住人だが、テレビ、マスコミも遠い場所ではない。背景が分かるだけに、いろいろ見えてくるものがある。それは次回に。



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さて、今日はどれかな。アベノマスク以外で! [コロナウイルス]


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さて、今日はどれかな。アベノマスク以外で!


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