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反安倍の人から僕のFBに批判コメント!=背景にあるのは正義中毒? [社会政治]

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反安倍の人から僕のFBに批判コメント!=背景にあるのは正義中毒?

ここ数日、毎日、おかしなコメントが来る。例えば「安倍の怖さが分かってないな?」とか。僕のFBを読んでくれている人なら知っているだろうが、安倍分析、批判、論は10年近く記事にし続けている。マスコミが絶対に指摘しない事実から、事情通からもらったマル秘情報。一時は毎日のようにアップしていた。ブログやTwitterも連携。そのためにネトウヨに総攻撃され炎上したこともある。なのに「分かってないな?」ー「誰に言うてんねん?」という感じだ。そんなおかしな人たち。背景を分析すると色々見えてくる。

嫌われ者の安倍も辞任。開会式でマリオを演じることもなく欠席。行方不明? 今は彼より菅が問題。あのおっさんが東京の1日の感染者=3000人を超えてもオリンピッックを中止せず、続けていることが問題。それを批判するべき時。そこに「安倍の怖さが分かってないな?」とコメントしてきた。何の意味がある?いつもコメントをくれる常連さんではない。

コメントの内容からタイムラインの記事から、「一番酷いのは安倍だ!」という思いがおありなのだろう。その通りだ。が、すでに表舞台から消えた安倍を今、批判しても始まらない。問題は菅だ。いち早くオリンピックを中止して、ウイルス対策に専念すべき。そのために管批判の記事を上げたのだ。そこに「安倍の怖さ」?何の意味があるのか?

その人は「俺は安倍の問題点をよく把握している。あいつは本当に酷いやつだ」という自負があるのだろう。だから、「安倍よりも菅の方が酷くなりそうだ」という僕の記事を見て「分かってないなあ」と思いコメントしてきたのだろう。安倍方が酷いことは分かっている。しかし、今、安倍にオリンピックを止める力はない。止める力があるのに止めないで、感染拡大を容認する管はある面で、安倍を超える存在になる可能性がある。ーという意味のことを書いたのだ。

言い換えれば安倍は震災。その後に、管台風が来た。震災は終わっているが、台風がより大きな被害をもたらす可能性があると書いたのだ。それを「震災の方が怖いんだよ。分かってないな」とコメントする意味がないこと。分かってもらえるだろう。視点がずれている「酷いやつ」大賞。1等賞は誰か?という話ではない。オリンピックの中止を訴えることが大事。

つまり、彼の興味はオリンピックではなく安倍なのだ。でも、表舞台に彼はいない。もちろん、森友、家計事件の追求はせねばならない。これまでの悪行を明らかにする必要がある。忘れてはいけない。でも、今ではない。今は567とオリンピックだ。そんな時期になぜ、「安倍の怖さ」を言ってくるのか? 似たような人は実は多い。安倍は確かに酷かった。弁護の余地がない。正真正銘の悪党。その言葉では弱いくらい。だから、ある意味で安心して批判できる存在だった。

現代社会は複雑に入り組んでおり、完全な悪というのが成立しにくい。時代劇のような悪代官はいない。ある面では正義でも、ある時には既得権益に成り下がる。その意味で安倍は24時間。どんな場所でも常に悪として存在した。遠慮なく、心置きなく、誰に気にすることなく批判できた。ただ、批判というのは怖いもので、特に地位のある政治家を叩くと、正義を行っている気分になる。自分が社会のために戦っている気持ちになる。それが正義中毒。

危険な部分がある。ドーパミンが出るので批判する気持ちいい。また、批判したくなる。自分が偉くなった気分になる。その安倍が舞台から降りてしまった。次に出てきたのは菅。見るからにダメそう。支持率もどんどん下がる。安倍とは比べ物にならない小悪党でしかない。叩きがいがない。そんな時、政治中毒の人たちはどうするか? 次の敵を探して叩こうとする。今回の場合はさらに「俺は安倍には詳しい。あいつの悪行はよく分かっている」という自負がある。

そんな時に見つけた記事「菅は安倍を超えるかも?」こう思う。「分かってないなあ。安倍の怖さを。教えてやろうか?」というのがコメントした動機だろう。当然、僕の過去記事は読んでいない。多分、彼の知らないことも多いはずだ。でも、「安倍を超える」だけで判断。「分かってない」と書き込んできた。日頃なら反論は無視。即、削除するのだが、反安倍の人だろうから、敵対したくはない。安倍が最悪なのは分かる。でも、今は菅だ。ということを説明。

すると「俺は自分の意見をどこでも主張する」とか何とか、長々と演説のようなコメント。ああ、説明は無駄だったな。と、全て削除した。この3日毎日「反論はいらない」「質問は遠慮して」と告知していたのに、また同じ繰り返し。つまり、僕の記事を日頃から読んでくれている人ではない。何かのきっかけで「友達」になった。たまたま、菅批判記事を見た。「安倍の怖さが分かってない」と感じ、コメント。という流れだろう。

要は正義中毒。安倍がいなくなり敵をなくした。無意識に新たな敵を探す。例えば安倍を理解していない奴を叩く。「不勉強だ!」と。そのことで「俺は安倍に詳しい。お前はダメだ。もっと努力しろ」という優越感を持つことができる。自己満足。本来は社会のため、未来のために安倍批判をしていたのに、いつしか批判することが生きがいになっている。その背景にあるもの。生活や仕事で満足できてない。仕事で認められない。友達が少ない。でも「俺は凄いんだぜ」と思う。評価されたい。それで他人を攻撃するのがネトウヨ。その反対で、最近多いのがネトサヨ。ジャンル分けするのはよくないが、そういう種類の人たち。

安倍が辞任してからやたらと増えた。山本太郎を叩くのも、その種の人が多い。元々は支持者であり安倍批判のくせに太郎さんを叩き始めた。何かイチャモンをつけて「もう、あいつはダメだ」「***が分かっていない」不満あれば離れればいい。批判は自民公明にすればいい。なのに、身近な存在。自分と関わり合った人を攻撃する。先の人も同じだ。「菅より安倍が酷い」ということで批判してくる。それらは楽して誰かを批判することで優越感を持ち、正義中毒を満喫したいタイプが多い。彼らと話をしても無駄。結局は自己満足に過ぎない。その種の人とは関わらない。時間の無駄でしかないのだから。



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Enrique

ネトサヨもいましたか!
ネトウヨが真っ当な右翼思想を持っているわけでないのは常識的に感じていましたが,サヨでもなく単なる劣情からの行為を行う連中に付き合うのは確かに時間の無駄です。
当方のメインブログは趣味のもので,たいがいは常識的なものが多いですが,何にも調べようともしないで一片の一つ覚えから偉そうに説教的なコメントをよこす輩がたまにいます。
by Enrique (2021-07-29 14:00) 

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