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アカデミー賞を受賞したカズヒロさん。日本人の問題点「村社会ルール」を浮き彫りにする。 [ムラ社会ルール]

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アカデミー賞を受賞したカズヒロさん。その言葉に強く共感。日本人の問題点「村社会ルール」を浮き彫りにする。(再掲載)

本年度(2020年)のアカデミー賞ー最優秀メイクアップ賞をもらった日本人アーティスト、カズヒロさんはインタビューにこう答えた。

「日本の教育と社会が、古い考えをなくならせないようになっているんですよね。それに、日本人は集団意識が強いじゃないですか。その中で当てはまるように生きていっているので、古い考えにコントロールされていて、それを取り外せないんですよ。

歳を取った人の頑固な考えとか、全部引き継いでいて、そこを完全に変えないと、どんどんダメになってしまう。人に対する優しさや労りとかは、もちろん、あるんですけど、周囲の目を気にして、その理由で行動する人が多いことが問題。

自分が大事だと思うことのために、自分でどんどん進んでいく人がいないと。そこを変えないと、100%ころっと変わるのは、難しいと思います」

本当にその通りだ。僕がここしばらく何度も書いた記事とほとんど同じことを話している。つまり「村社会ルール」だ。それが日本と日本人をダメにしている。特に地方は強く縛られている。大人たちの言葉にうんざり、若者が都会へ出て行く。戻って来た若者をバカにする。よそ者を排除する。反原発活動でも若手を否定。潰しにかかる。「勉強不足」と批判する。全て「村社会ルール」であり、日本人体質。

映画の世界も同じ。新しい方法論を持ち込むとベテランが否定。潰しにかかる。僕も経験がある。付き合いの長い、信頼するベテランがあれこれ批判を始め、古い方法論を押し付けてくる。さらに高校時代に「映画監督になりたい」と言った時も、親、教師、親戚、同級生。ほとんど全ての人が反対し、批判。止めようとした。カズさんのいう通りだ。

「日本人は集団意識が強い。その中で当てはまるように生きているので、歳を取った人の頑固な考えとか、全部引き継いでいて、そこを完全に変えないと、どんどんダメになってしまう」

そして大きな問題はあれこれ言う人たちに悪意はない。「それじゃダメだ。止めないといけない」という親切心で、頼まれもしないのに言ってくること。そうやって若者を潰す。夢を壊してしまう。新しいことをさせないようにする。結果、金がもらえるわけでもないのに、時間や労力を使い、愛情を持って、夢や新しいことを潰して回るのだ。

その日本人体質が日本をダメにしている。実際、メイドインジャパンを誇っていた電化製品も韓国に抜かれ、アメリカのアカデミー作品賞を取るのも韓国映画ということになったのだろう。だが、そういうと、あるいはカズさんの言葉を聞いた人はこう言う。

「でも、日本にはいいところもあります!」

そんなことは分かっている。今は自画自賛して現実から目を逸らしていている時期ではない。村社会ルールやその体質が日本を崩壊させようとしていることを考えてほしい。戦時中の軍国主義は大きな村社会だった。今、日本はそんな村社会に再び縛られ、アジアの後進国に落ちぶれている。どうすればいいのか? そのヒントがカズさんの言葉に隠されている。

村社会ルール過去の記事=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/archive/c2306188818-1

https://nobiciro.com/person/12431/

2020−4


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10代の頃から感じていた違和感の正体。ムラ社会ルールに縛られた大人たち。それが日本という国...。  [ムラ社会ルール]

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高校時代。夏休みは夜起きて、朝寝るという生活をしていた。夜遅くまでテレビで深夜劇場を見て、その後、本を読んだり、書き物をしたり。日が昇る頃に寝る。生活が逆転して、夕方起きて朝寝るというパターン。学校は休みだから問題はない。

当時はビデオデッキはないが、その頃からシナリオを書いていた。昼より夜が調子いい。静かだし、集中できる。邪魔されない。だが、当初は親がうるさく言った。「朝きて夜寝るのが健康的だ」「それが常識だろ」と。学校が始まり、教師との面談の時も休み中の生活を訊かれ素直に答えるとこう言われた。

「そんな不規則な生活をしていたのか!」

不規則ではない。夕方起きて、朝寝る。規則的だ。そういうと怒られる。

「朝早く起きて、頭の冴えている間に勉強して、夜寝るのが当然だろ!」

当然だろうか? 勉強にしろ、シナリオにしろ、夜の方が頭が冴える。なぜ、朝が冴えると決めつけるのか? その後、30代で脚本家デビューしてからも、40代で監督業を始め編集をする時も同じ。夜の作業が集中できて、効率がいい。

ただ、カタギの人たちは朝起きて会社に行き、夜終わって帰宅して寝る。学校も夜ではなく、朝から夕方だ。それは分かる。かと言って個人で活動するのに、なぜ、夕方起きて夜中がいけないのか?誰に迷惑をかける訳でもない。

中学の頃。夏休み。海に近い親戚の家に行く。そこでも朝まで本を読んだりして起きるのは昼頃。大人たちはいう。「子供は朝早く起きろ!」おかしい。朝早いのは老人。子供が朝早い意味があるのか? 小学生ならセミ捕りで朝早くはあるが、こちとら朝方まで勉強(映画のね)していて、早起きしたら睡眠不足になる。

高校を卒業して1人暮らしを始めると、もう誰も何も言わない。自分の仕事に合わせて早起きする時もある。徹夜が続くこともある。でも、それは必要でやる。シナリオを書くのは夜。もう、数十年。それについてうるさくいう人はいない。夜作業したか?昼したか?を問う人はいない。大切なのは面白いシナリオを書くこと。盛り上がる編集をすることなのだ。

だが、その後も大人たちと関わると、あれこれ言われた。「結婚しないの?」「彼女はいるの?」「正月は実家に帰るの?」大きなお世話だ。さほど親しくないのに、そんなことに答える必要があるのか? 子供の頃もそう。近所の人や親戚が

「勉強してるか?」「大学はどこに行く?」「就職は?」

あんたらに関係ないだろ? やがて気づいた。全て「ムラ社会ルール」昔から日本人を縛るあれ。小さな村で問題を起こさず、安泰に生活するための知恵。

それが日本人に染み付いている。はみ出す人を日頃からチェック。問題を起こしそうだと、あれこれ口を出してくる。とにかく皆と同じでなければならない。1人だけ別のことをしてはいけない。効率や価値観は関係ない。昔ながらの皆がやることをやる。朝起きて、夜寝る。大学を出て、会社に入る。結婚して子供を作る。ほとんどの日本人と同じ人生を求めてくる。はみ出すことがトラブルに繋がる。だから、監視し修正する。

それを日本人は無意識にやってしまう。僕はというと中学、高校時代からそのルールを破り続けた。その行き着く先が映画作りという仕事だった。そもそも映画界ははみ出し者の集まり。アーティストやクリエーターというのは普通の生活ができない人。僕からすると親も親戚も教師も近所の人も、みんなが寄って集って人生の邪魔をされているようにしか思えなかった。

僕だけではない。ムラ社会ルールには縛られない日本人もいる。が、それを実践すると悪意のない多くの大人たちが邪魔しにくる。それがこの日本という国なのだ。



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人と違うことをする。新しいことを始めると、止めに来る大人たち。それがムラ社会ルール。日本がダメになった背景!? [ムラ社会ルール]

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「将来、映画監督になる!」


高校時代。そう言ったら多くの大人たちに反対された。親、教師、親戚、先輩たちが「子供みたいなことを言うな!」「現実を見ろ!」と意見し、止めようとした。何ら迷惑がかかる訳でもないのに? 大人たちはあれこれ言って邪魔をした。

背景にはまず「優しさ」がある。「この子は現実を知らない。世の中をなめている。将来、後悔し嫌な思いをしないように止めねば」との思い。同時に新しい何かをしようとする人を阻害し、潰そうとする心理も感じる。それこそが「村社会」ルール。人と違うことをする。新しいことを始めると排除。「優しさ」からスタートしたように見える「お節介」は、村社会の安定を維持するためのメカニズムなのだ。アメリカ留学中にも、同じ発言をした。

「将来は映画監督になりたい!」

反応は日本とは180度違った。アメリカ人たちは「凄い!」「いいぞ!」「がんばれ!」「応援する!」「ハリウッドの友人を紹介するよ!」誰もが前向き。忠告したり、説教する人は1人もいなかった。

なのに日本はなぜ? 考えた。日本の多くは狭い村。その中で誰かが勝手なことを始めると、いろんな弊害が出る。秩序が乱れ、安定が壊れる。だから始める前に止める。真似たり、あとに続いたりする人も出て来る。子供たちにも悪影響がある。だから潰しておく。長い年月で出来上がった田舎特有のメカニズムではないか? だが、奇妙なのは個人としては「村の調和のため」とは思わず「本人のためだ!」と思い説教し、止めようとする。

江戸時代頃から続く村社会。その習慣。それが今も日本人の中で生きているだろう。さらに学校教育。同じ制服を着て、同じ髪型。同じ学科を勉強して、同じように良い成績を求める。そんな学校生活のあとは、サラリーマン生活。同じようなスーツを着て。似たような髪型で、スタンドプレーはしない。目立ってはいけないという社会生活の中で、新しいことをしてはいけないという意識が育つ。

結果、彼らは前例のないことをする者がいると、その行動を止め、潰し、排除。誰が指示しなくても、自発的に新しいことをする人を淘汰する。それがムラ社会ルール。学ばなくても村社会で育つと、それをマスターしている。それが日本人。そのことで個人が間違っている、違うと思っても一致団結。みんなで突き進み、経済大国となった。だが、激動の時代になるとアジアの国々に追い抜かれた。新しいことをすると潰される環境では新しい時代に乗れない。それが今、日本をダメにしている背景ではないか?



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日本人はなぜ感情を見せないのか?人前で大笑いする、号泣する。激怒するは恥ずかしいと思うようになったのか? [ムラ社会ルール]

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日本人はなぜ感情を見せないのか?人前で大笑いする、号泣する。激怒するは恥ずかしいと思うようになったのか?

20過ぎにアメリカ留学。ハリウッド映画は子供の頃から見ている。アメリカについてはとても詳しい!と思っていたが、住んでみるとあれこれ知ることがあった。ただ、一番学んだのはアメリカ人より日本人とは何か?である。比較することで日本人というものが分かってくる。

日本人は大人になると、人前で大笑いしたり、声を上げて泣いたり、怒りにまかせて怒鳴ったりすることは恥ずかしいと考える。「大人げない」「子供っぽい」「常識がない」などと批判される。感情を顔に出すことさえしなくなる。仕事ではそれこそ能面を被ったように感情を出さず、指示されたことに不満を示さずに作業するのが大人で有り、社会人だという認識のようだ。

そんなことがあるので外国人から見ると「日本人は何を考えているか?分からない」となるのだ。嬉しいのか? 悲しいのか? 怒っているのか? 分からない。もちろん、日本人が外国人と対峙した時に、英語が分からずにどうしていいのか?分からないので、笑みを浮かべるしかないということもあるだろう。だが、笑ったり、泣いたりしない日本人は理解できないのも頷ける。

対して、アメリカ人はよく笑い、ちょっとしたことで激怒し、悲しい時に泣く、とても分かりやすい。中国や韓国の人でも日本ほど感情を抑えない。悲しい事件で「哀号!」と泣き叫ぶ韓国のおばちゃんの映像はテレビでも見る。が、日本人は大きな悲劇を目の当たりにしても、ハンカチで涙を抑える程度だ。なぜ、日本人は感情を抑えることが大人であり、社会人であるという国になってしまったのか?

専門家ではないが、侍の時代が長かったからではないか? 侍は悲しいからと泣き叫んではいけない。人前で怒りを爆発することは恥ずかしい。戦国時代ではなく、安定した江戸時代からの習慣ではないか? 人前で大笑いしたり、泣いたり、怒ったりすることは秩序を乱す可能性がある。平穏な時代を乱すかもしれない。そういうことを抑え、排除する意識が生まれて来たのではないか?

殿様がいて、幹部がいて、その下に多くの侍がいる。だが、戦いはない。将軍は謀反を起こさないように、各藩を監視。危険性があれば潰しにかかる。参勤交代で金を使わせる。そんな背景もあり、感情を見せず、大人しくしていることが大事だったのではないか? 

また、今も続く村社会ルール。影響があるはずだ。人と違ったことをしない。新しいことをしない。皆と同じように生活する。狭い村で排除されない。揉めないための知恵から、その種のルールが生まれた。感情を見せないのも。同じ背景があるのではないか? 怒る。泣く。笑う。という人の内面が伝わる反応をしないことで、本心を悟られないように、誤解されないようにしたのではないか? それを徐々にコントロール。抑えることができた人を大人と評するようになった。

なんだか寂しい気もする。感情を抑え込むのが大人という発想。自身で抑え込む。互いに本心を探られないようにする? この国ではそうやって生きて行かねばならない。対してアメリカ人をみると、怒りたい時に怒り、泣きたい時に泣く。おかしければ大笑いする。どちらが人間として自然なのか?と考えてしまう。


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アカデミー賞を受賞したカズヒロさん。その言葉が日本の「村社会ルール」を浮き彫りにする。 [ムラ社会ルール]

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アカデミー賞を受賞したカズヒロさん。その言葉に強く共感。日本人の問題点「村社会ルール」を浮き彫りにする。



本年度(2020年)のアカデミー賞ー最優秀メイクアップ賞をもらった日本人アーティスト、カズヒロさんはインタビューにこう答えた。

「日本の教育と社会が、古い考えをなくならせないようになっているんですよね。それに、日本人は集団意識が強いじゃないですか。その中で当てはまるように生きていっているので、古い考えにコントロールされていて、それを取り外せないんですよ。

歳を取った人の頑固な考えとか、全部引き継いでいて、そこを完全に変えないと、どんどんダメになってしまう。人に対する優しさや労りとかは、もちろん、あるんですけど、周囲の目を気にして、その理由で行動する人が多いことが問題。

自分が大事だと思うことのために、自分でどんどん進んでいく人がいないと。そこを変えないと、100%ころっと変わるのは、難しいと思います」

本当にその通りだ。僕がここしばらく何度も書いた記事とほとんど同じことを話している。つまり「村社会ルール」だ。それが日本と日本人をダメにしている。特に地方は強く縛られている。大人たちの言葉にうんざり、若者が都会へ出て行く。戻って来た若者をバカにする。よそ者を排除する。反原発活動でも若手を否定。潰しにかかる。「勉強不足」と批判する。全て「村社会ルール」であり、日本人体質。

映画の世界も同じ。新しい方法論を持ち込むとベテランが否定。潰しにかかる。僕も経験がある。付き合いの長い、信頼するベテランがあれこれ批判を始め、古い方法論を押し付けてくる。さらに高校時代に「映画監督になりたい」と言った時も、親、教師、親戚、同級生。ほとんど全ての人が反対し、批判。止めようとした。カズさんのいう通りだ。

「日本人は集団意識が強い。その中で当てはまるように生きているので、歳を取った人の頑固な考えとか、全部引き継いでいて、そこを完全に変えないと、どんどんダメになってしまう」

そして大きな問題はあれこれ言う人たちに悪意はない。「それじゃダメだ。止めないといけない」という親切心で、頼まれもしないのに言ってくること。そうやって若者を潰す。夢を壊してしまう。新しいことをさせないようにする。結果、金がもらえるわけでもないのに、時間や労力を使い、愛情を持って、夢や新しいことを潰して回るのだ。

その日本人体質が日本をダメにしている。実際、メイドインジャパンを誇っていた電化製品も韓国に抜かれ、映画もアカデミー賞を取るのは韓国映画ということになったのだろう。だが、そういうと、あるいはカズさんの言葉を聞いた人は言う

「でも、日本にはいいところもあります!」

そんなことは分かっている。今は自画自賛して現実から目を逸らしていている時期ではない。村社会ルールやその体質が日本を崩壊させようとしていることを考えてほしい。戦時中の軍国主義は大きな村社会だった。今、日本はそんな村社会に再び縛られ、アジアの後進国に落ちぶれている。どうすればいいのか? そのヒントがカズさんの言葉に隠されている。

村社会ルール過去の記事=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/archive/c2306188818-1

https://nobiciro.com/person/12431/

カズヒロさんの言葉「日本の教育と社会が、古い考えをなくならせないようになっているんですよね。それに、日本人は集団意識が強いじゃないですか。その中で当てはまるように生きていっているので、古い考えにコントロールされていて、それを取り外せないんですよ。

歳を取った人の頑固な考えとか、全部引き継いでいて、そこを完全に変えないと、どんどんダメになってしまう。人に対する優しさや労りとかは、もちろん、あるんですけど、周囲の目を気にして、その理由で行動する人が多いことが問題。自分が大事だと思うことのために、自分でどんどん進んでいく人がいないと。そこを変えないと、100%ころっと変わるのは、難しいと思います」。

「自分が何をやりたいのか、何をやるべきなのかを自覚して、誰に何を言われようと突き進むこと。日本は、威圧されているじゃないですか。社会でどう受け入れられているか、どう見られているか、全部周りの目なんですよね。

そこから動けなくて、葛藤が起こって、精神疾患になってしまうんです。結局のところ、自分の人生なのであって、周りの人のために生きているんではないので。当てはまろう、じゃなくて、どう生きるかが大事なんですよ」。

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新しいことを淘汰するムラ社会ルール。それが日本を経済大国にし、自滅させようとしている? [ムラ社会ルール]

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「将来、映画監督になる!」

高校時代。そう言ったら多くの大人たちに反対された。親、教師、親戚、先輩たちが「子供みたいなことを言うな!」「現実を見ろ!」と意見し、止めようとした。何ら迷惑がかかる訳でもないのに? 大人たちはあれこれ言って邪魔をした。

背景にはまず「優しさ」がある。「この子が嫌な思いをしないように」との願い。だが、同時に新しい何かをしようとする人を阻害し、潰そうとする心理も感じる。それこそが「村社会」ルール。人と違うことをする。新しいことを始めると排除する。「優しさ」からスタートしたように見える「お節介」は、村社会の安定を維持するためのメカニズムなのだ。アメリカ留学中にも、同じ発言。

「将来は映画監督になりたい!」

そのときの反応は日本とは180度違った。「凄い!」「いいぞ!」「がんばれ!」「応援する!」「ハリウッドの友人を紹介するよ!」誰もが前向き、忠告したり、説教する人はいなかった。日本のそれは、非常に土着的な背景から来たものと痛感した。

なのに日本はなぜ? 考えた。狭い村の中で勝手なことを始めると、いろんな弊害が出る。秩序が乱れ、安定が壊れるかもしれない。だから始める前に止める。新しいことを真似たり、あとに続いたりする人も出て来る。子供たちにも影響がある。だから潰しておく。田舎特有のメカニズムではないか? それを個人個人は「村の調和のため」とは思わず「本人のため」と思い説教する。

江戸時代からの村社会。その習慣。それが今も日本人の中で生きている。さらに学校教育。同じ制服を着て、同じ髪型。同じ学科を勉強して、同じように良い成績を求める。そんな学校生活のあとは、サラリーマン生活。同じようなスーツを着て。似たような髪型で、スタンドプレーはしない。目立ってはいけないという社会生活の中で、新しいこと。前例がないことをしてはいけないという意識が育つ。

結果、彼らは新しいこと&前例のないことをする者がいると、その行動を止め、潰し、排除。誰が指示しなくても、自発的に新しいことをする人を淘汰する。それが村社会システム。でも、そのことで嫌なことでも一致団結。みんなで突き進み、経済大国となった。だが、激動の時代になると、次々にアジアの国々に追い抜かれた。新しいことをすると潰されるから、新しい時代に乗れない。それが今、日本をダメにしているメカニズムではないか? それがムラ社会ルール。


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日本をダメにしたもの。この2つに尽きるん?=教育とムラ社会ルール? [ムラ社会ルール]

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日本をダメにしたもの。この2つに尽きるんじゃない?=教育とムラ社会ルール?

なぜ、日本は不況から脱することができないか? なぜ、極悪な政権を止めることができないか? なぜ、経済大国から極貧国に落ちてしまったのか?それら問題の背景......。

①詰め込み教育。 ②ムラ社会ルール。

この2つがとても大きな足かせだと感じる。日本をダメにしている。まず、教育については何度も何度も書いたが、日本の教育は優秀なサラリーマンを育てるもの。上からの指示に逆らわず、疑問を持たず、従順に、理不尽を感じても、意味がなくても、言われたことをする。与えられたことを確実にこなす能力を計り、成績のいい順にキャリア官僚、一流企業から順に採用した。

優秀な製品を作る。そのことで貿易黒字を増やし日本は経済大国になった。が、バブル崩壊以降、不況街道まっしぐら。他の国々は経済成長を続けているのに日本だけがなぜ? それは新しい時代に即した展開ができないから。与えられたことしかできない人たちが国や企業の上にいるから、過去を踏襲するしかできないのだろう。

1970年代。フジテレビも一流大学を中心に新人採用をしていた。そんな中で大学はそこそこだが、ユニークな人材がいた場合。本社ではないが子会社で採用した。80年代になり、その時の個性的な面々が現場に出て大活躍。彼らが作ったのが「THE MANZAI」であり「ひょうきん族」「笑っていいとも!」だった。高視聴率を取りフジは業界のトップに躍り出る。流大学を出たからと業績を上げることはできない。むしろ、はみ出した型破りな人材が新しい時代を築くのだ。

ところが日本の企業はそれをしてこなかった。だから海外から呼んだりする。業績回復!なのにムラ社会ルールでトップを追放。それがゴーン事件だ。ムラ社会は「仲良しクラブ」本来の目的を忘れて、仲良くすることを優先。組織を腐られせる。教育によって「考える力」が育ってない国民は、あの政権は何だかんだでで支持率が高いよな....すぐマスコミに誘導され諦めてしまう。

以前に書いた「議論」の授業がない教育も問題。自分の意見が持てない。伝えることができない。議論もできない。与えられたマスコミ情報を鵜呑みにするだけ。おまけにムラ社会ルールに縛られているので、意見をいうとトラブルになると考える。仲間が問題を起こしても見てむぬふり。加害者ではなく被害者を叩く。そんなムラ社会ルールに縛られている。日本が抱えるほとんどの問題は①教育 ②ムラ社会ルール。この2つを改善しないと日本人は変われない。


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10代の頃から感じていた違和感の正体。ムラ社会ルールに縛られた人たちの攻撃。それが日本という国。 [ムラ社会ルール]

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高校時代。夏休みは夜起きて、朝寝るという生活をしていた。夜遅くまでテレビで深夜劇場を見て、その後、本を読んだり、書き物をしたり。日が昇る頃に寝る。生活が逆転して、夕方起きて朝寝るというパターン。学校は休みだから問題はない。

当時はビデオデッキはないが、その頃からシナリオを書いていた。昼より夜が調子いい。静かだし、集中できる。邪魔されない。だが、当初は親がうるさく言った。「朝きて夜寝るのが健康的だ」「それが常識だろ」と。学校が始まり、教師との面談の時も休み中の生活を訊かれ素直に答えるとこう言われた。

「そんな不規則な生活をしていたのか!」

不規則ではない。夕方起きて、朝寝る。規則的だ。そういうと怒られる。

「朝早く起きて、頭の冴えている間に勉強して、夜寝るのが当然だろ!」

当然だろうか? 勉強にしろ、シナリオにしろ、夜の方が頭が冴える。なぜ、朝が冴えると決めつけるのか? その後、30代で脚本家デビューしてからも、40代で監督業を始め編集をする時も同じ。夜の作業が集中できて、効率がいい。

ただ、カタギの人たちは朝起きて会社に行き、夜終わって帰宅して寝る。学校も夜ではなく、朝から夕方だ。それは分かる。かと言って個人で活動するのに、なぜ、夕方起きて夜中がいけないのか?誰に迷惑をかける訳でもない。

中学の頃。夏休み。海に近い親戚の家に行く。そこでも朝まで本を読んだりして起きるのは昼頃。大人たちはいう。「子供は朝早く起きろ!」おかしい。朝早いのは老人。子供が朝早い意味があるのか? 小学生ならセミ捕りで朝早くはあるが、こちとら朝方まで勉強(映画のね)していて、早起きしたら睡眠不足になる。

高校を卒業して1人暮らしを始めると、もう誰も何も言わない。自分の仕事に合わせて早起きする時もある。徹夜が続くこともある。でも、それは必要でやる。シナリオを書くのは夜。もう、数十年。それについてうるさくいう人はいない。夜作業したか?昼したか?を問う人はいない。大切なのは面白いシナリオを書くこと。盛り上がる編集をすることなのだ。

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だが、その後も大人たちと関わると、あれこれ言われた。「結婚しないの?」「彼女はいるの?」「正月は実家に帰るの?」大きなお世話だ。さほど親しくないのに、そんなことに答える必要があるのか? 子供の頃もそう。近所の人や親戚が

「勉強してるか?」「大学はどこに行く?」「就職は?」

あんたらに関係ないだろ? やがて気づいた。全て「ムラ社会ルール」昔から日本人を縛るあれ。小さな村で問題を起こさず、安泰に生活するための知恵。

それが日本人に染み付いている。はみ出す人を日頃からチェック。問題を起こしそうだと、あれこれ口を出してくる。とにかく皆と同じでなければならない。1人だけ別のことをしてはいけない。効率や価値観は関係ない。昔ながらの皆がやることをやる。朝起きて、夜寝る。大学を出て、会社に入る。結婚して子供を作る。ほとんどの日本人と同じ人生を求めてくる。はみ出すことがトラブルに繋がる。だから、監視し修正する。

それを日本人は無意識にやってしまう。僕はというと中学、高校時代からそのルールを破り続けた。その行き着く先が映画作りという仕事だった。そもそも映画界ははみ出し者の集まり。アーティストやクリエーターというのは普通の生活ができない人。僕からすると親も親戚も教師も近所の人も、みんなが寄って集って人生の邪魔をされているようにしか思えなかった。

僕だけではない。ムラ社会ルールには縛られない日本人もいる。が、それを実践すると悪意のない多くの大人たちが邪魔しにくる。それがこの日本という国なのだ。




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日本人は考える力がない!⑦ =「教育」と「習慣」で仕事ができる田舎者になる? [ムラ社会ルール]

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日本人は考える力がない!⑦
=「教育」と「習慣」で仕事ができる田舎者に?

日本人は考える力がない話。何本か書いた。先にムラ社会ルールの記事を書いたこと。覚えているだろうか? その2つが密接に関係していること説明する。それが日本人を最悪の状況に陥れているのだ。まず、ムラ社会ルールをもう一度紹介。

プラスして日本人は「考える力」を育てる教育を受けておらず、「与えられたことを疑わずに確実にこなす」訓練を10年も行ってきた。それをに上のルールが加わるとこうなる。 

①「トラブルが起こっても、見て見ぬふりをする。何事もなかった顔をする」

=そもそも、日本人はトラブルの原因を見抜くための「考える力」が弱い。原因が何であれトラブルがあれば見て見ぬ振りをしてしまう。

②「問題を起こした責任者を追求しない」

=日本人は責任者が誰であるか?突き止める能力が弱い。だから、追求もできない。

③「被害に遭った人が責任者を責めると、みんなで被害者を叩き、トラブルには触れず、無かったことにする」

=見ないようにするので誰が悪いのか?分からないが、誰かがバツシングを始めると乗り遅れないように一緒に叩く。ま、イジメと同じ。参加すれば自分はイジメられない。

④「トラブルを避け、問題を起こさないこと。人と違うことをしない。新しいことを受け入れず、協調を大事にする」

=元々、自分の意見を持つ教育を受けてないので自分なりの考えはない。だから、皆が言うことに合わせて置こうとする。自然に皆と協調できる。

⑤「実質的なメリット。街全体のプラスより、個人のメンツや付き合い平穏を大切にする」

=与えられたことを疑わず、従う教育を受けているので、みんなが言えばそれに従う。教育で上に向かい文句を言わない体質も形成されている。村の年配者に逆らうことはない。

全て合致するでしょう? つまり、日本の教育はムラ社会ルールという昔からある悪しき習慣と、とっても似ている。小さな村で穏便に生活するための知恵(?)と、日本という狭い国で問題を起こさずに生活するルールがほぼ同じ。

さらに国が戦後進めて来た教育もそれに符合する。教育が効果を上げるのは当然なのだ。その両方に都合がいいのは支配者たち。文句を言わない。不正があっても不満を言わない。ただ、大人しく与えられた仕事をする。酷い目に遭っても泣き寝入り。責任を追及すれば皆で叩く。まさに日本という国がよく分かるルールだ。

しかし、現代ではムラ社会ルールも都会では通用しない側面が強い。長年同じ町に住んでいる人ばかりではないので、それに従う必要がない人がたくさんいるからだ。近所との交流を絶っても都会では問題ない。同じように現代では日本村だけでは生きていけない。多くの国と貿易し交流が必要。となると日本ルールが通用しない。

同時に、日本の教育を受けた者では世界を相手に出来ない。単なるサラリーマン・ロボットであり言われてことしかできないからだ。海外から言われたことをしているだけでは、国は衰退する。つまり、今の日本に必要なのは新しい教育なのだ。世界に対して意見が言える。反論ができる。ビジョンを持てる。それを説明し説得できる能力がある人を育てること。

それができていないことが日本衰退の最大の原因。でも、今から始めてもそんな子供が成人するのは20年後だ。悲しい話である。



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嫌われることの大切さ。仲良くしないことの重要性?=日本が復活するために必要なこと。 [ムラ社会ルール]

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嫌われることの大切さ。仲良くしないことの重要性?
=日本が復活するために必要なこと。



多くの日本人が「嫌われたらどうしよう?」と考えてあれこれ我慢したり、自分を殺して窮屈な生き方していること。感じる。日本人は子供の頃から

「みんなと仲良くしなさい」「誰もに好かれる子に育ってほしい」

と親に言われる。間違いではないのだけど、その背景にあるのが「ムラ社会ルール」のような気がする。狭い村だから、揉め事を起こすと村八分にされるから

「みんなと仲良くしなさい」=目をつけられてイジメられたりしないように

「好かれる子になる」=嫌なことを我慢せねばならない。

ワガママを言わない。自分の思いを抑えて生きることにも繋がる。つまり、みんな一緒。勝手なことはしない。反対意見を持たない。人を批判しない。ムラ社会ルールを遵守する日本人の典型になってしまう。

だが、映画の世界は違う。撮影スタッフに1人、困ったちゃんがいると、トラブルが起こる。そのバカとは仲良くしてはいけない。そのバカに嫌われるからと迎合してはダメ。そのバカは排除して、問題を起こさない人間を補充するべき。バカの行動を阻止する。出ないと、素晴らしい映画を作ることは出来ない。もちろん、組によって違う。困ったちゃんが排除されずにレギュラーになるチームもある。

困ったちゃんに嫌われることを恐れてはいけない。彼らに好かれる、仲良くするということはトラブルを我慢し、仕事のクオリティを下げることになる。だが、その対応が難しいのが、会社や役所だ。

簡単にはクビにできない。だから、ムラ社会ルールを実践してしまう。見て見ぬ振りをする。トラブルに気づかぬ振りをする。嫌われないように仲良くする。だが、そのことで日本の企業や政治はどんどんダメになり、アジアの三流国に落ちぶれたのではないか? 

嫌われることを恐れ、皆で仲良くしててダメになったのではないか? これからの時代。大事なことは嫌われることを恐れない。嫌われてもやるべきことはやる。皆と仲良くする必要はない。ということではないか?


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