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山本太郎さんの街頭演説に絡む人=ムカつくが、次第に哀れに思えてくる? [心理を分析]

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山本太郎さんの街頭演説に絡む人=ムカつくが、次第に哀れに思えてくる?

太郎さんの街頭演説。絡んで来た人にマイクを渡して議論するというパターン。それをまとめた動画を見た。どこかの国の総理はヤジを恐れ、親衛隊で周りを固めて、批判が書かれたボードを見えないようにしたりと姑息なことをしている。対して太郎さんはヤジを飛ばした相手にマイクを渡して議論。よほど勉強した上で、相手に対する思いがないとできないことだ。

一つには極端な意見であっても、その人を説得するだけの情報と解決策を持っていることは大事。それができないようで、耳障りのいい抽象的な演説をするだけでは意味はない。太郎さんはそれを自らに課し、ヤジにも答えるという姿勢を取っているのだろう。

そんな問題ある人たちとの議論。動画を見ているとこちらの方が頭に来る。質問ではなく、誹謗中傷だったり、事実誤認。あるいは発言の意味が分からない。背景を説明できていない。思い込み。という人たちがとても多い。そもそも山本太郎は物凄く勉強していて、議員もやっていて情報もある。いろんなブレーンもいる。

対してヤジる人はテレビでニュースを聞きかじった程度。あるいはネットでチョコチョコっと情報を知ったレベル。そこで感じた不満。それも表面的な情報やデマを信じてしまい、それを太郎さんにぶつけているだけ。上から目線。本来、政府にぶつけるべき批判を彼に向けていたり。太郎さんはよく我慢して聞いているなと思える。

ただ、冷静に聞いていると、そのヤジを飛ばした人たちこそが生活が苦しい。10%の消費税に追い詰められ、もう10年以上給料も上がらないのに物価が上がる。なのにマスコミのフェイクニュースに振り回され真実を知らない。そんな人たちを救う政治をしようとする太郎さんに噛み付く。何とも悲しい。

その手の人。太郎さんが言葉を尽くして説明しても結局は納得しない。誹謗中傷を続けたり、同じ批判を繰り返したりで議論にならず。最終的にはマイクを投げつけ帰ってしまったり。それもまた今の日本人の姿を象徴しているように思える。


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あれこれ口を出したい人たち。その心は?=子供食堂で文句を言う大人たちから思い出したこと [心理を分析]

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あれこれ口を出したい人たち。その心は?=子供食堂で文句を言う大人たちから思い出したこと

あれこれ口出しをしてくる人たちの話。少し前に書いた。「子ども食堂」で貧しい子達に食事を振る舞う店主の、何もしない近隣の人たちが「自然食にしろ」「手作り出ないと」「勉強も教えろ」とか言いに来るという。店に集まりたむろする。

彼らはアドバイスをしているつもりなのだろうが、要は安易な承認欲求を求めているだけ。口出しをすることで、自分の存在をアピールしているのだ。深層心理では「俺たちも注目されたい、賞賛されたい」と思っている。それも努力せずに認められたい。だから行動せずに口出ししてくるのだ。

そんな連中はどこにでもおり、僕の周りにもた。学生時代に映画監督になりたい!といえば、頼みもしないのに友人、教師、親戚たちが「現実を見ろ」「子供みたいなことを言うな」「お前、才能があるのか?」「簡単なことじゃないぞ!」と説得しようとした。誰も「応援するよ」とは言わなかった。

「朝日のあたる家」の時も同じ。公開したら、反原発のおじさんが寄って来て「これじゃダメだ」「全部知っていることだよ」「初心者向けだね」「内部被曝が描かれていない」と批判して来た。「だったら、お前らも映画作れよ!自分たちが満足できる作品をやれよ!」そう思えた。

彼らは行動する者を批判することで「自分たちの方が上だ」と満足。「詰まらない映画を作った奴を諭してやったよ」と承認欲求を満たす。「俺はすげーんだよ」と勘違いする若い奴ならまだしも、60代70代のおじさんたちが、そんなことを言ってくる。本当に情けない。しかし、そんな奴はどこにでもいる。そして彼らは邪魔にこそなれ、何の役にも立たない。

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学生時代の僕にあれこれ言った大人の中には「俺も昔、小説家になりたかった。でも、なれなかった。それが現実だ。教えてやらねば」と思った連中もいるだろう。それは自意識。深層心理では「こんなガキが夢を実現したら納得いかない。甘いだけだ。俺がダメなんだから余程でないとダメなんだよ」と、その考えを正当化するためにも、成功して欲しくないと言う無意識が働いていることもある。

何れにしても相手のためではなく、承認欲求を満たすため、自分の敗北を正当化するため、であることが多い。そんな連中は本当に始末に悪い。余計なお世話だと言うと「お前のために言ってんだよ」と怒り出す。善意の第三者の振り。そして「親切で言っているのにあいつは失礼だ」と言い触れ回る。金目当て、悪意があるという以上に問題。だが、それが人の本質なのだ。

映画を作るときでも同じ、当事者でない人たちがガタガタ言ってくる。「それじゃダメなんだよなあ」「これもやらないとダメだよ」「分かってないなあ」映画を作り始める時も、作ってからも、そんな輩が寄ってくる。一時期のスピルバーグやルーカスはタイトルさえ発表せずに映画作りをしていたことがあるが、それは正解。大事なのは口しか出さない連中をいかにブロックするか?なのだ。

子ども食堂の記事=> https://citrus-net.jp/article/90752?fbclid=IwAR205erGKH6GMXEzF9sDpXZr75pRR7-lISyQ71d0ZVGkfL1kptSnBVs1PUQ


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人と長い付き合いができる秘密とは? =男でも女でも同じ! [心理を分析]

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人と長い付き合いができる秘密とは? =男でも女でも同じ!

学生時代からの友人。今は地方勤務。その町を訪れた時は連絡し、飲みに行く。ふと考えると、40年近い付き合いになる。数年前に就職したと思っていたのに、もう定年間近。月日の経つの早いもの。しかし、学生時代からの付き合いとは言え、もう20年以上会ってない友人もいる。男でも、女でも、長く付き合う人。短い付き合いで終わる人。何が違うのだろう。

友情は損得ではないと言うが、そうでもないと思う。考えると、利害関係のない人とは長く続かない。と言っても金ではない。例えば、同じ趣味で、その話題で話ができる。僕の場合なら、映画、音楽、そして社会&政治&原発&戦争。そんな共通の話題がないと、話ができない。野球やサッカーは分からない。車も興味がない。互いが興味のある話題で、あれこれ終電まで話せる友人とは長続きする。

もう一つは意見を聞ける友人。先輩や先生であっても、困ったときに、悩んだときに、「なるほど!」と言う意見をくれる人とは、付き合いが続く。つまり、お金でなくても、何かプラスのある人でないと長続きがしない。共通の話題もない、相談しても無意味という友人と会っても、「最近どうしてる?」「あの人どうしたかな?」という話しかできない。

学生の頃は「昨日のあのテレビ見たか?」みたいな話で休憩時間に盛り上がったが、卒業してから連絡を取り合うクラスメートは少ない。同じクラスということが共通点なだけだったのだろう。彼女の場合はどうか? 最初は可愛いというだけで、好きになり、デートしたいと思うだろうが、長く付き合うと、あるいは結婚すると、やはり、何か共通のものがないと厳しいようだ。

大恋愛の末に結婚した友人。なのに今、夫婦で共通の話題は子供のことだけ。旦那はスポーツが好き。奥さんはクラシックが好き。以前は無理してコンサートに行ったが、何がいいか分からない。奥さんも以前は頑張って野球を見に行ったが、今は付き合ってくれない。恋の魔法も解け、子育てのために今は共闘しているようだという。男でも女でも、互いに何かプラスがないと、長続きしないものなのかもしれない。



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思い込みが強い人=いい方向に進むと芸術家。極端になると患者になる? [心理を分析]

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思い込みが強い人=いい方向に進むと芸術家。極端になると患者になる?

思い込みの強い人。状況把握力が低い人。いろんなタイプの話をここしばらく書いている。まだ、結論は出ていないが、感じるところがある。それらとは別に精神病にも前々から興味があり勉強を続けている。なんども書いたが精神病は気が狂う怖い病気ではなく、その多くが情報処理能力の欠如なのだ。

例えば「私は神だ」と言う症状のある患者。狂ったと言うより、やはり情報処理能力の欠如だ。例えば車で走っていると、目の前の車のナンバーが自分の生まれた月日。仮に「06ー06」それは6月6日と読める。多くの人は「へー偶然だな」で終わるだろう。それが患者の場合。「これは偶然ではないかも。何かのお告げなのだ」と解釈することがある。「こんな偶然はない。神様が僕に何かを伝えたいのかもしれない」と考えたりする。

「でも、なぜ、僕に神様は何かを伝えたいのか?」「そうか!僕も神なのだ。人類を救えと言っているのだ」とか結論つけてしまう。「それって単なるバカじゃん?」と言われそうだが、情報処理能力の欠如が原因だ。この思考。基本、論理的に進む。が、「神」とか「お告げ」と言うのは根拠ない想像を加えてしまう。情報法処理の能力が欠如しているからだ。

パソコンが壊れたときに、インプットした情報と違う答えが出るのと同じ。正常に機能していないために、本来必要でない他の情報を加えて間違った答えを出してしまう。先の患者と同じ。それが統合失調症に多い症状。他にもパソコンでは多量のインプットするとフリーズする場合がある。情報量が多すぎて処理しきれないからだ。それが鬱病の症状に近い。辛いことがありすぎて、それを処理しきれず、フリーズして外からの情報を遮断している状態。

他にもいろんな症状があり、一概には言えないが、このように考えると精神病や精神障害が論理的に理解できて、「狂う」と言うのとは違うことが分かる。さて、ここまでは前置きだ。精神病でなくても、思い込みが激しい人はいる。山本太郎を批判する人。多くは彼の演説を聞いたこともないのに「目立ちたがり屋」「政策は無意味なものばかり」「大嫌い」とか批判する。その批判もテレビで評論家が言ったことを鵜呑みにしたものとか、聞きかじったものばかり。

つまり、自身が知らないのに「あいつは目立ちたがり」だと想像を加えて認識する。評論家の批判を聞き、嫌いになる。自分が太郎さんに酷い目に遭わされたかのように忌み嫌う。単なる思い込みで、そこまで行くものか? 先の患者とは何が違うのだろう? どちらもありもしないこと。経験のないこと。自分が知らないことを思い込み。現実のものと信じてしまう。

皆、病気?いや、人にはその種の「資質」があるのだろう。ないものを想像して信じてしまう「能力」と言ってもいいもの。それが強すぎると病気。それがいい形で表現されると芸術家、作家、漫画家になれる。その背景を知らない人が「才能だね」と称賛する。それが「思い込み」の正体ではないだろうか?


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口を出すだけの連中が、行動する人たちを潰してしまう=これもまた人の性なのか? 原発、子ども食堂、映画。 [心理を分析]

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口を出すだけの連中が、行動する人たちを潰してしまう=これもまた人の性なのか? 原発、子ども食堂、映画。

素敵な映画を作るためには、監督や脚本家の実力や感性、演出力だけでなく、素晴らしいキャスト、スタッフの力が必要。が、映画監督業を始めてから痛感したのは、金を抜いてやれ、利益に食らいついてやれ!と言う寄生虫たちをどうブロックするか?と言うことも重要だと言うこと。映画は低予算でも数千万円の製作費が動くからだ。

だが、悪意ある者、得をしようとする人は分かる。これまでもその種の人たちを何度もブロックした。が、さらなる問題も見えて来た。悪意はない。金目的でもない。純粋に応援したいと思っているのだが、①状況把握能力のない人。②映画製作を知らず、一般の価値観で参加する人。③何もしないで、あれこれ口ばかり出す人。

長くなるので今回は「子供食堂」事件でも注目された③の人たちについて書く。「朝日のあたる家」の時も、その種の人があれこれ言って来た。「内部被曝問題も描くべきだ」「セシウムだけでなくプルトニュウムについても詳しく説明してほしい」「チェルノブイリについても描くべきだ」とか、いろんなことを言われた。

あの時のテーマは「家族目線で原発事故の怖さ」を描くこと。福島の体験を再現することだった。あれこれ取り込んでしまうと、印象が散漫になる。が、映画作りも知らず、テーマさえ分っていないのに、あれこれ言って来る人たちがいた。もし、それら別の側面を描く映画が必要なら、自分たちで寄付を集め、監督を雇い。映画を作ればいい。なぜ、僕に言って来るのか?要は人のふんどしで相撲を取ろうということだろう。

だが、その声を無視すると「だったら勝手にしろ」「一切応援しないからな」と離れて行き。「あれじゃダメだな」「応援してやろうと思ったけどやめた」「どうせ失敗するよ」とあちこちで言い触れ回る。それに乗せられて、同じような批判を始める輩もいる。でも、彼らは原発推進派ではなく、基本的には悪意がないが、金目当ての連中より、ある意味でタチが悪い。

「親切で言っているのに!」と、自分たちに正義があると思っている。あの時は、推進派を恐れて去って行く人。また、友人や先輩からも「原発映画なんて絶対にやめた方がいい。2度と商業映画が撮れないぞ」と忠告された。そこに善意のつもりであれこれ口を出して来る人たち。本当に面倒臭い。「子供食堂」にあれこれ言う人たちも同じ構図だ。

僕はしぶといので映画を完成させたが、原発事故を描こうと思っても、そんなことで諦めた若手監督もいる。なぜ、同じ目的を持つものが、仲間とも言える人たちを潰してしまうのか? それもまた人の性(さが)なのだろうか? だが、よく見ていると、あれこれ言う人は口だけで行動しない。認知欲求を満たしたいだけなのだ。山本太郎さんを批判する人と同様。何もしないで行動する者を批判するだけ。これも同じ。

だから近年はその種の人をどうブロックするか? が映画作り以前のテーマだと思えている。




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ある若手女優さん。状況把握力が凄い。=天才少女の考え方? [心理を分析]

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ある若手女優さん。状況把握力が凄い。=天才少女の考え方?

テレビ、映画で活躍している若手女優。僕もお仕事をしたことがある。彼女は毎回、違うタイプの演技をする。声の出し方まで違う。天才的な俳優。だが、凄すぎて、それに気づかない人が多い。だから、一般の映画ファンの評価はあまり高くない。そんな彼女に芝居をするときの注意点を聞いたことがある。

「そうですね。まず、リハのときに、周りの人の芝居を観ます。この人はこんな感じ。あの人は力押し。こちらはマイペース。その中で私が考えて来た演技をした場合。どうなるか?考えます。相手役の女優さんも同じテイストの場合もある。どちらもマイナス。と言って、相手に芝居を変えろとは言えない。また、マイペースでそのパターンしかできない人もいる。だから、周りを見渡して、テイストが被らない。それでいて、相手の芝居を受けて返せるスタイルの演技をするんです」

可愛い顔して、そこまで考えていたのか!当時17歳。これは状況把握能力がズバぬけているのだ。俳優は表現の仕事だ。表現をするのにもあれこれ考える。が、それだけではダメ。プロレスと同じで、相手の技も受けないといけない。それができず、自分ばかりが前に出る俳優もいる。が、彼女は状況を把握した上で、自分の演技も考え抜き。周りに合わせて修正して演じてしまう。

観ていると分かるが、周りに遠慮しているのではない。周りを立てているというもの少し違う。周りの状態を把握した上で、それらを否定せず、かつ、自分の芝居が一番目立つ演技を選んでいるのだ。まさに天才少女。彼女は10年以上経った今もテレビ、映画の第1線で活躍。俳優業は状況把握能力が重要であること。よく分かる話であった。


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子ども食堂を批判する人たち=反原発の若者を否定するオヤジと同じ「承認欲求」が満たされない不満の裏返し? [心理を分析]

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子ども食堂を批判する人たち=反原発の若者を否定するオヤジと同じ「承認欲求」が満たされない不満の裏返し?

子ども食堂の記事。反響があった。頑張る食堂の店主をあれこれ批判する何もしない人たち。他人事とは思えず、本当に腹立たしい。コメントもあれこれ頂いた。そんな中に興味深いものがあった。

「承認欲求を間違った形で求めている人たち」

なるほど、それが背景になるだろう。説明しよう。人にはいろんな欲求がある。食べる、寝る、金が欲しい、異性が欲しい、等の基本的なものに加えて「認められたい」「褒められたい」「尊敬されたい」「注目されたい」と言う「承認欲求」がある。若い子がよく芸能人になりたい!と言うが、そのくせ俳優なのか?歌手なのか?アイドルなのか?決まっていないと言うのもそれ。要は「有名になりチヤホヤされたい」と言うだけ。それも「承認欲求」である。

原発反対デモに参加する若者を批判する、反原発オヤジがよくいる。同じ原発反対なのに若い連中を「目立ちたいだけ」「不勉強だ」「チェリノブイリの時は何もしなかったくせに」と批判したがる。そのことで多くの若者が原発反対を辞めた話をよく聞く。もともと、オヤジたちは原発に反対なのに結果、次世代を潰しているだけ。愚か過ぎる行為。そんなオヤジたちの心理を分析しよう。

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チェリノブイリ原発の事故。1986年。日本から遠く離れたソ連(今のウクライナ)の事故に多くの日本人は他人事だと考えた。が、日本の将来を憂う心ある人たちは、大きな問題であることに気づいた。反対運動をし、警鐘を鳴らし、勉強も続けた。が、原子力村の力も強く、変人のレッテルを貼られ、一般からは無視されて不遇な時代を過ごす。

35年後。福島で原発事故。国内の惨事に多くが危機感を持った。大掛かりなデモも始まる。それを見たオヤジたちは「ようやく、日本人も問題に気づいたか。よしよし」とは思わず、「今頃なんだ。俺たちが散々、警鐘を鳴らしたのに無視し、バカにしたくせに!」と言う怒りに変わった。感情的になり状況を正視できず。真剣に原発反対する若者を「どうせ、目立ちたいだけ」と批判。「勉強不足だ」と否定した。

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その怒りにも「承認欲求」が関わる。311からの原発反対運動はネットを中心として広がり、官邸前で抗議する人たちは英雄的存在になった。注目を浴び、賞賛される。それを見たオヤジたちは「反対運動は俺たちの方が先だ」「なのに、なぜあいつらが支持される!」と言う嫉妬もあるだろう。自分たちは承認されず、若者が承認された。「承認欲求」が満たされない。

こうして若者たちを否定し、踏みつけることで「俺たちの方が上だ。あいつらは無意味だ」と自身を納得させるために批判、否定。自分たちの意味、意義を確認せずにいられなくなったのである。「自己確認」これも人が求める欲求の一つ。同じことが子ども食堂にも言える。

「俺たちも子供達のことを考えている」

と言う大人たち、でも何もできない。承認欲求が得られない。だから、頑張る子ども食堂を批判して「俺たちはもっと子供達のためになることを考えている。お前は努力が足りない」と思うことで自己確認をしているのである。何とも悲しい。

子ども食堂の記事=> https://citrus-net.jp/article/90752?fbclid=IwAR205erGKH6GMXEzF9sDpXZr75pRR7-lISyQ71d0ZVGkfL1kptSnBVs1PUQ



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何もせずに批判ばかりする人たち。本当に情けない=子供食堂と「朝日のあたる家」 [心理を分析]

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何もせずに批判ばかりする人たち。本当に情けない=子供食堂と「朝日のあたる家」

記事=> https://citrus-net.jp/article/90752?fbclid=IwAR205erGKH6GMXEzF9sDpXZr75pRR7-lISyQ71d0ZVGkfL1kptSnBVs1PUQ

この記事を読み、憤りを感じた。貧困層の子供たちのために「子ども食堂」を始めたのに、来るのは裕福層の子供たちばかり。塾に行く前に食べに来たり、肝心な貧困層の子供が来ない。なのにこんなことを言う人たち。

「子ども食堂こそ、和食の手作りにこだわるべきだ!」「無農薬にすべき!」「勉強も教えろ!」

口うるさく言うのに、金も労力も提供しない人達のたまり場になり、スタッフが1人、また1人と減っていったとのこと。似たようなことを僕も経験した。「朝日のあたる家」で原発事故の悲劇を描いたとき。映画界では「原発映画はタブー。監督は2度と商業映画が撮れなくなる」と言われていた。が、チャレンジ。

企業は一切、金を出さず、全て個人からの寄付で製作費を集めた。地元の協力を得て超低予算で撮影。ようやく完成したら、多くの映画館が上映拒否。途方に暮れていたら、新聞や雑誌がそのことを記事にしてくれた。それを見た心ある全国の映画館からオファー。最終的には27館で公開できた。

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宣伝費も少なく、僕が1人で1つ1つの映画館を訪ねて舞台挨拶。地元の新聞社やラジオ局にお願いして宣伝をさせてもらった。街角でチラシも配った。しかし、映画を見た客の中には、こんなことをわざわざ言いに来る人がいた。

「この映画はダメだよ。描かれていることは全部知っていた。初心者向けなんだ」「内部被曝が描かれていない。これでは意味がない!」「311で原発問題に関心を持ったんだろうけど、遅いんだよ。俺はチェルノブイリ事故から注目してんだよ」「不勉強な映画だね〜もっと勉強して作らないと」

そんなことを伝えに来る人たちがいた。でも、その人たちは何ら行動を起こしていない。反対運動をする若者さえ否定。先の子ども食堂であれこれ言う人たちと同じ。なぜ、何もしないくせに、行動する者を批判するのか? 子ども食堂反対、原発賛成と言うのなら分かるが、そうではない。にも関わらず、頑張る人をわざわざ批判しに行く。

結果、記事の子ども食堂はやめてしまった。僕も行き先々であれこれ不満をぶつけてくる観客に嫌気がさした。「文句を言うなら、お前が金集めて、理想の原発映画を作れ! いちいち俺に言ってくれるな!」と言う感じ。記事を読んで、そんな人たちはどこにでもいると言うことが良く分かった...。

記事=> https://citrus-net.jp/article/90752?fbclid=IwAR205erGKH6GMXEzF9sDpXZr75pRR7-lISyQ71d0ZVGkfL1kptSnBVs1PUQ



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人は誰でも、ありもしないことを思い込み。信じてしまうことがある?=精神病、恋愛、あれこれ考えた。 [心理を分析]

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人は誰でも、ありもしないことを思い込み。信じてしまうことがある?=精神病、恋愛、あれこれ考えた。

ここ何回か「思い込み」が強い人の話を紹介した。書いてもいないことを批判してくる。会ったこともない人なら即、無視するが、1、2度会った人、映画のお手伝いをした人だと、悲しい。いい人だったのに、なぜ、そんな的外れな批判をしてくるのか? 詐欺師に騙された、フェイクニュースを信じた、はまだ分かるが、他の人が誰も思わないことを思い込み、真剣に怒りをぶつけてくる。

「そんな言動は許せない」「そんな人とは思わなかった」「映画監督失格だ」などと言いだす。何か誤解される経緯があればとにかく、怒り心頭。そんな時は説明を聞きたいので、連絡するがたいていは返事がない。「そんな奴と話したくない!」と思われたのか? それで終わってしまう。

誰でもその種の人が1人くらい身の回りにいるだろう。根拠もないのに言い張る「絶対に違う!賭けてもいい」とか言う。いつもは温和なのに、何かのことになるとムキになり言い張る。そんな「思い込みの心理」とはどう言うことなのか?あれこれ考えた。

先に挙げた人たちは病気ではないが、精神病のことを考えてみたい。精神障害はウイルスに感染するとかではない。いろいろある例えば統合失調症患者は「電話を盗聴されている!」と不安になる症状がある。が、調べても事実ではないが、「そんなはずはない!」と認めない。

そう思い込む原因は電話中のノイズ。バリバリ言う。盗聴じゃないか? でも、俺なんか盗聴して誰が喜ぶ。女子大生やOL。あるいは国家機密を握るVIPなら分かるが、そんなバカな。単なるノイズだな。と普通は判断する。が、患者はそこから「盗聴に違いない」「と言うことは、俺は特別な存在なのでは?」「もしかしたら、さる国王の息子で、密かに日本で育てられた」とか想像してしまう。常識でそれを否定せず、ノイズだけでそう考える。

統合失調症は情報処理能力の欠如と言われ、知能が低下する訳ではないが、情報処理が苦手になる。間違った結論を導き出す。そんな状態を「病気」「障害」と診断するのだ。だとしたら、その基準には達しないが、思い込みが強い人もいるだろう。それがいい方に伸びれば想像力豊かな芸術家になって、様々な物語を生み出す作家になる。間違った方に伸びれば社会生活が難しくなる。

実際、芸術関係の人には思い込みが激しく、困った人も多い。僕もその1人かもしれないが、映画監督でも、意味なく、ある部分へのこだわりを見せたりする。スタッフは大変。でも、そこから名作が生まれることもある。恋愛もそうだろう。相手を好きになった理由を把握しなくても、身を呈して愛する人に尽くそうとする。病気でなくても、同じ構図だ。やはり、人にはそんな「思い込みの心理」があるはずだ。また、考えてみる。


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子供好きの大らかなオジさん。故郷を出たのは大学の4年だけ=その結果? [心理を分析]

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子供好きの大らかなオジさん。故郷を出たのは大学の4年だけ=その結果?

僕は家庭の事情であちこちと転々としているので、都会にも田舎にも住んだことがある。映画は地方でよく撮影するが、都会育ちなので、田舎に憧れているというのではない。地方の問題点も理解しているつもりだ。

子供の頃に住んだある田舎。近所の子供好きのオジさん。大らかで、親切で、あれこれ面倒を見てくれた。だが、大人になって再会すると、いろんなことを感じた。酷いことを言うが、考え方が狭い。目先のことしか考えない。頭が固い。すぐ騙される。皆にいい顔をしたがる。ま、歳を取れば多くがそうなりがちだが、そのオジさんは特に酷い。もっと言えばNHKしか見ない。自民党支持、山本太郎を知らない。消費税は福祉のために必要。日本は経済大国。トランプは嫌いと言う感じ。

そんな彼もまた東京にコンプレックスがある。一度、NHKのアナウンサーにインタビューされた時は、舞い上がり、どれだけ自慢して回ったか?「NHKは凄い!標準語で喋る」とか意味不明なことで喜んでいた。そのくせ都会に対する反感もあって、東京や大阪に出て行って帰ってこない地元の若者に憤りを感じている。「故郷愛がない」「地元を捨てた」とよくいう。昔は気づかなかったが、彼にはこんなことがあった。都会の大学には行ったが、長男で家業を継がねばならずUターンして地元へ。何か夢があったようだが、諦めたと聞く。

家業は小さな会社だが、若い頃から「若社長」と呼ばれて、おだてられ、持ち上げられた。人から説教されたり、注意されたりすることもない。夢は諦めているが、挫折したわけではない。付き合いは全て町の人たち。外からの情報は読売新聞とNHKだけ。

「真面目に勉強して、大学に行き。将来は故郷に戻って働くことが大事」

という。都会に憧れる若者にはすぐ説教。ただ、それは自分の生き方を押し付けているだけ。自分がやりたくても、できなかった生き方を否定しているだけ。自分の行き方を「故郷愛がある」とかいう言葉で正当化しているだけだ。

しかし、多くの若者は街を出て行き、そのまま帰ってこない。帰ってきてもおじさんがあれこれうるさくいうから、若い人は寄り付かない。昔は子供好きで人気のおじさんだったのに、今は若者に嫌われている。それは70年以上も狭い街で暮らし、他で生活したのは大学時代の4年だけ。そのために田舎の古い価値観に縛られてしまった。ま、このタイプが政権支持の中心層になるのだろう。

もちろん田舎暮らしをしていても、いろんな形で情報を得ていれば違っただろう。だが、彼の場合は挫折したこともなく、いろいろ気付く機会もなかった。地方にありがちな、皆にいい顔をしたいだけの人を演じた。すでに始まっている変革の時代をどう受け止めるのだろう?と考えてしまう。

ただ、多くの人にも同じことは言える。日本でしか生活したことない人が、日本人以外と接することがない人が、これからの世界スタンダードを受け入れられるのか? ずっと、その街で暮らしたオジさんと、ずっと日本で生活する日本人は同じ構図ではないか?と感じてしまう。



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