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思い込みが強い人=いい方向に進むと芸術家。極端になると患者になる? [心理を分析]

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思い込みが強い人=いい方向に進むと芸術家。極端になると患者になる?

思い込みの強い人。状況把握力が低い人。いろんなタイプの話をここしばらく書いている。まだ、結論は出ていないが、感じるところがある。それらとは別に精神病にも前々から興味があり勉強を続けている。なんども書いたが精神病は気が狂う怖い病気ではなく、その多くが情報処理能力の欠如なのだ。

例えば「私は神だ」と言う症状のある患者。狂ったと言うより、やはり情報処理能力の欠如だ。例えば車で走っていると、目の前の車のナンバーが自分の生まれた月日。仮に「06ー06」それは6月6日と読める。多くの人は「へー偶然だな」で終わるだろう。それが患者の場合。「これは偶然ではないかも。何かのお告げなのだ」と解釈することがある。「こんな偶然はない。神様が僕に何かを伝えたいのかもしれない」と考えたりする。

「でも、なぜ、僕に神様は何かを伝えたいのか?」「そうか!僕も神なのだ。人類を救えと言っているのだ」とか結論つけてしまう。「それって単なるバカじゃん?」と言われそうだが、情報処理能力の欠如が原因だ。この思考。基本、論理的に進む。が、「神」とか「お告げ」と言うのは根拠ない想像を加えてしまう。情報法処理の能力が欠如しているからだ。

パソコンが壊れたときに、インプットした情報と違う答えが出るのと同じ。正常に機能していないために、本来必要でない他の情報を加えて間違った答えを出してしまう。先の患者と同じ。それが統合失調症に多い症状。他にもパソコンでは多量のインプットするとフリーズする場合がある。情報量が多すぎて処理しきれないからだ。それが鬱病の症状に近い。辛いことがありすぎて、それを処理しきれず、フリーズして外からの情報を遮断している状態。

他にもいろんな症状があり、一概には言えないが、このように考えると精神病や精神障害が論理的に理解できて、「狂う」と言うのとは違うことが分かる。さて、ここまでは前置きだ。精神病でなくても、思い込みが激しい人はいる。山本太郎を批判する人。多くは彼の演説を聞いたこともないのに「目立ちたがり屋」「政策は無意味なものばかり」「大嫌い」とか批判する。その批判もテレビで評論家が言ったことを鵜呑みにしたものとか、聞きかじったものばかり。

つまり、自身が知らないのに「あいつは目立ちたがり」だと想像を加えて認識する。評論家の批判を聞き、嫌いになる。自分が太郎さんに酷い目に遭わされたかのように忌み嫌う。単なる思い込みで、そこまで行くものか? 先の患者とは何が違うのだろう? どちらもありもしないこと。経験のないこと。自分が知らないことを思い込み。現実のものと信じてしまう。

皆、病気?いや、人にはその種の「資質」があるのだろう。ないものを想像して信じてしまう「能力」と言ってもいいもの。それが強すぎると病気。それがいい形で表現されると芸術家、作家、漫画家になれる。その背景を知らない人が「才能だね」と称賛する。それが「思い込み」の正体ではないだろうか?


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