人はなぜ、健康の話になると、知りもしないことをアドバイスし始めるのか? [日本人の問題]
人はなぜ、健康の話になると、知りもしないことをアドバイスし始めるのか?
特定の食品を食べて血糖値を測る。それをレポートしている人がいる。そのコメント欄を見ると、その実験と直接関係のない。野次や批判がかなり書き込まれている。目玉焼きの回だと「こんな下手くそな目玉焼きは初めて見た」「まずそう」「オリーブオイルを使った方がいいですね」「作り方、勉強した方がいいよ」的な血糖値と関係のないものが続く。
また、血糖値について書かれたコメントでも、他の人の書き込みから「聞きかじったこと」「思い込み」のものが多い。正確な知識が少ない。僕も健康関連の話を書くと、他の記事以上に、その種の野次馬コメントが来る。明かに知識のない人が、聞いた話を得意げに書き込む。また、本論に関係ないコメントで言えば「もっと痩せた方がいいよ」「スポーツしなきゃダメだ」的な、「そんな話をしているのではない!お前誰?」というものも多い。
どうも、僕のコメント欄だけでなく「健康」関係の記事を挙げると、読者は急に上から目線になったり、的外れなコメントを始めるようだ。だから、最近は「アドバイス、指示、提案は一切いりません」と厳しく書くようにしている。と、前回はコメントゼロ。それだと記事の評判が分からないが、「いいね」の数だけでもいいか? あれこれ無神経なコメントがたくさん来るよりはいい。
しかし、「健康」の記事を読むとき、読者はどんな心理状態になるのか? なぜ、急にあれこれアドバイスしたがるのか? 専門家でもなく、自身で詳しく勉強している訳でもない人がコメント。それも多くの人がいう一般論、ありふれた話を書き込んで来る。それで感謝される?他の人が読んで参考になると思っているのか? どうも他のトピックと違い、レベルが急激に下がり、烏合の衆となりがち。
一つには健康に対する興味は強いはず。「人のために役立ちたい」という優しい気持ちもあるだろう。だが、役に立つコメントはほとんどない。急に素人評論家、素人専門家に変身。無意味なことを書き込む。その辺の背景を考えてみたい。非常に愚かで自己満足な何かが裏にあるように思える。
いい歳になってアメリカで作文の教育を受けた事があります。
まず結論を述べて,そのサポートセンテンスを幾つか書くなどの基本的な書き方と共に「テーマと関係のない事を書かない。」と言う注意がありました。当たり前のことながらはっとしました。
文学的表現でいつの間にか関係のない事を述べていたり,雑文駄文ならぬ害文をしたためたりしかねません。
文章で最も重要なのは論理性でしょうが,健康情報に関しては巷に溢れる情報の食い違いが激しいので,何とでも言えてしまう。非論理で組み立てられたシロウト専門家が増えてしまうのでしょう。
自分の知識にかすると上から目線で,あまりテーマと関係のないところを熱心に突いて来る方もいます。その防護の意味でも「テーマと関係のない事を書かない。」と言うのは,存外重要な事だと思いました。
by Enrique (2021-08-30 06:41)