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宣伝を理解しない日本人。宣伝に誘導されても、自身は宣伝ができない? [日本の教育]

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宣伝を理解しない日本人。宣伝に誘導されても、自身は宣伝ができない?

先日の件で改めて感じたこと。日本人は宣伝に取り囲まれて生きているのに、宣伝とは何か?を多くは把握していない。テレビCMで商品を売るためにタレントが笑顔でアピール。だが、そこに様々な「努力」と「戦略」があるのだが、多くの日本人は単なる「宣伝」と思い、それらに操られ、左右され、コントロールされても、どのような意図で、どんな方法論で作られているか?は考えない。

学校教育で「考える」という能力を育てないことが一番大きい。上から与えられたことを疑わずに受け入れ、指示通りに動く。そんな人間を育てるのが日本の教育。言われたことを疑ったり、斜めから見たり、真意は別にあるかも?なんて考えたりしない素直な労働者を育成するため。だから、上司や会社に言われたことには逆らわない大人に成長する。同時にテレビやマスコミ、国から言われたことも疑わず、素直に従う。

企業にとってとても都合がいい人材。CMで「おいしいよ」「安いよ」「流行だよ」と流せば、疑わずに素直に受け入れ買ってくれる。報道でも同じ。「NHKがいうなら正しい」「ニュース番組は嘘を流さない」と多くの日本人が思い込んでいるのも同じ構図だ。それゆえ、人々は「上から与えられたことを受け入れる」はできるが、伝える側に立つのは苦手。そんな教育や訓練を受けていないからだ。つまり、人に使われても、人を使うことができない。

「宣伝する」で大切なのは何か?それは状態を把握して、他との違いを見抜き、的確な言葉を選んで、提示すること。野菜ジュースの宣伝なら「野菜100%ですよ」というのではダメ。野菜ジュースのほとんどが100%。つまり、他の野菜ジュースとの違いを打ち出すこと。ただ、多くの野菜ジュースは似たようなもの。そこで考える。

「国産野菜100%」とか「出来たてトマトの一番搾り」とか、例えばそういう宣伝をすることで、他社との差別化ができる。新鮮なんだな。美味しそうだな。という印象を伝えることができる。「野菜で作ったジュースです」だと、当たり前のこと。だが、素人が宣伝するとそんなことをアピールしがち。製品の説明ではなく、宣伝をせねばならないことが分からない。宣伝とは伝えるだけではなく「差別化」も大事なポイント。

今まであまり意識しなかったが、その辺にも教育に毒された日本人問題がありそうな気がする。宣伝できることがいいというのではない。「考える」「選ぶ」「比較する」というのが宣伝の基本。宣伝=伝えるという行為。それができない人が多い。そこから斬りこめば、これからの課題が見えてくるはずだ。



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「マインドハンター」は犯罪者を分析する物語。見ていると自身を分析してしまう!? [日本の教育]

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「マインドハンター」は犯罪者を分析する物語。見ていると自身を分析してしまう!?

僕は小学校低学年の頃。1人で本を読むのが好きな子供だった。今でいう「引きこもり」になるのでは?と親が心配したそうだ。それが高学年になると市内を自転車で走り回る活発な子供になった。そんなことを思い出した。

高校を卒業し、映画の学校に行ってからは「宴会の帝王」と呼ばれた。宴会になると必ず呼ばれる。盛り上げ役、仕切り、笑いを取る。
幹事のようなものだったが、「お前が来ると盛り上がるから!」とよく呼ばれた。まあ、関西芸人のように思われていたのだろう。その種のタイプはみんなと騒ぐの好きということが多い。おしゃべりで、世話焼きで、人を笑わせる。

今でもそんなキャラだと思われることが多いが、反面。1人で何かをするのも好き。映画に行くのはいつも1人。複数では行かない。あれこれ本を読んだり、今年は自宅入院生活もあったので、かなり読んだ。1人で街を歩いたり、知らない街に行ったりするのも好き。ビデオを見る。音楽を聴く。だから、3ヶ月部屋にこもってシナリオを書くとか、編集をする。誰にも会わないというのも平気。

それぞれが映画製作の中で必要とされる部分。撮影現場は宴会だ。シナリオと編集作業は誰にも会わず、部屋に籠る仕事。そんな時は電話も切ったまま。食事に出ても店の人と喋らない。言葉を発すると外向きモードになってしまうからだ。その2つのモードがあるから、両方の仕事ができるのだろう。

ただ、切り替えは難しい。その日、電話に出てしまうと、シナリオも編集もできなくなる。宴会で仕切り係をすれば、その日はもう編集もシナリオもできない。逆にシナリオを昼書いて、夜に宴会も無理。多くの人がいても誰とも話ができなくなる。冗談やジョークも飛ばせない。暗い奴がいるな?と思われるだけ。そんな時は参加しない。

それらは実力とか才能ではない。性格とか資質とかいうもの。後者は文学、芸術関係に多い性格だが、凶悪犯罪ー「マインドハンター」に出てくるようなー犯人も近い性格の者が多い。病気で言えば双極性障害にも似ている。昔の呼び名、躁鬱病という方が分かりやすい。テンションが高く活発になったり、鬱で落ち込んでしまったり。ただ、僕の場合は落ち込む訳ではない。また、双極性障害は躁と鬱の二面があるだけではなく、妄想や虚言が伴うので別物ではある。

二重人格というのもあるが、先に挙げたように子供の頃の経験で、それぞれの資質が定着したのかもしれない。そのせいで監督業とシナリオの両方ができている。「マインドハンター」は犯罪者を分析する物語だが、毎日見ていると、自身を分析してしまう!



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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち④終 親たちが今という時代を理解すること? [日本の教育]

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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち④終
親たちが今という時代を理解すること?
  
(2014年の記事から)

ソフトバンクの孫社長はいう。

「考える教育を7割にしないと、日本は金輪際、アジアの企業に勝てない」

その通りだろう。しかし、日本の教育は今も「暗記」中心で、ロボット人間を作るためのもの。親は子供の幸せを願って、そんなロボット人間ー与えられたことをするだけで考える力のないーに我が子をするための学校に行かせ、優秀な成績を取らせようとしている。

そんな教育しか受けて大人になって、21世紀を生き抜いて行けるだろうか? 戦国時代は武術に優れたものが取り立てられた。が、時代が安定すると、その種の者は無用の長物となった。同じように高度経済成長からバブルまでは、ロボット人間が大量に必要だった。

今は違う。「考える力」なくしては生き残れない。つまり、親たちは、戦国の世が終わったのに、今もなお「武士は強くなくては!」といって「体を鍛えろ、剣術を学べ」と子供たちに強要しているようなものだ。

では、親たち。何でそんな愚かなことを続けるのか? それは彼女らこそが「暗記」7割。与えられたことを疑わずに、確実にこなす教育を受けて来た世代だからだ。親たちも「考える力」がない。

上から与えられた価値観「一流大学」「一流企業」というのを盲目に信じて、今やその価値が失われているのに、疑うこともせず、安定した生活を願い子供たちを無意味な受験戦争に送り込んでいるのだ。

考える力がない親たちは、今の教育がもう意味をなさないことが分からない。今、子供たちがせねばならないのは「考える」教育のはず。与えられたことをこなすだけでなく、自分で考え、自分で行動する。

時代はどこへ向かおうとしているのか? 何が必要とされているのか? そのためには何をするべきか? それは学校では教えてくれない。それに親たちが気づかなければ、子供たちは悲しい未来を生きることになるのだ...。


(了)


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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち③ 一流神話にしがみつく母親たち?  [日本の教育]

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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち③
一流神話にしがみつく母親たち?  

(2014年の記事から)

別の親に訊いた。僕と同世代の母親だ。

「何だかかんだいっても、やっぱり大手企業に入るのが一番。この時代。二流三流の会社はいつ倒産するか分からない。だからこそ、一流大学に入り、一流企業に就職することが大事なんですよ」

気持ち悪いものがこみ上げて来た。バブル以降。一流企業だって倒産している。リストラも行われている。世界のSONYといわれたあの会社ですら、赤字経営で苦しんでいる。なのに、その母親は一流神話にしがみついている。

いずれの親も大きな勘違いをしている。ここしばらく書いて来たことだが、ソフトバンクの孫社長も指摘するように、日本の教育というのは、

「暗記7割、考える勉強は3割」

なぜ、暗記が多いかというと、高度経済成長の中で、余計なことを考えず、上からの命令に逆らわず、確実に仕事をこなす、歯車のようなサラリーマンを育てるための教育だからだ。

昔はそれでよかった。でも、その種の教育を受けた者は「考えること」が苦手。ロボット人間と同じ。彼らは指導者が優秀であって初めて意味ある仕事ができる。

それが時代が変わり、日本企業の指導者たちは今の時代を乗り切れずに苦しんでいる。そんな会社が危機に見舞われると、一番に切られ、捨てられるのはロボット人間たちだ。

だからこそ、ロボット人間の教育を受ける前に、この厳しい時代を生き残るための術を学ばせることこそが、親がすべきことではないか?

(つづく)


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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち② 子供に何を言っていいか分からない父親? [日本の教育]

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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち②
子供に何を言っていいか分からない父親?

(2014年の記事から)

僕の高校時代はまさに「受験地獄」といわれた頃。親たちは戦後育ちで、日本がまだ貧しい時代を生き、結婚し、子供を生み、育てて来た。不安がいっぱいある中、子供たちの将来を案じ、安定した生活できる仕事を望んだ。

それに対して、今、受験生を抱える親たちは、そんな受験地獄を生き抜き、社会に出て結婚、子供を作った人たち。考えてみると、僕と同世代。それならば、親から「勉強、勉強」と言われて、辛かった高校時代を思い出し「そんな思いを我が子にさせたくない」と思わないのか? 疑問に思った。

学生時代から親しく、今は一児の父である友人に聞いた。彼も高校時代は「勉強は無意味だ」「親はうるさい」「大学なんて行きたくない」といって大学受験を拒否した奴。その彼が今、子供に何を伝えているか? 聞いてみた。

「とりあえず、勉強しろといってるよ....」

あれほど、勉強が嫌だ。無意味だといっていた友人がなぜ、そんなことを子供にいうのか? 

「だって、他に何を言えばいいんだよ。何をしたから生涯安泰なんてことはもうないんだよ。だから、とりあえず、勉強しろとしかいうことがないんだ...」

悲しい話だ。大学に行き。大手企業に子供が就職したとしても昔のように安定した生活が送れないことを理解しているのだ。なのに「勉強しろ」としか言えないのか....。


(つづく)



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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち① 親からの希望NO1は「「いい大学に合格すること」? [日本の教育]

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我が子を愛しているのに、ロボット工場に送りこむ愚かな親たち① 親からの希望NO1は「「いい大学に合格すること」?

(2014年の記事)

「今時、こんな受験、受験という母親なんていませんよ!」

あるテレビ局のディレクターに言われた。僕が監督した映画「青い青い空」で描いた主人公の母親の話だ。娘に「勉強しなさい」「いい大学に行かないと!」とうるさくいう存在。友人はこう感じたらしい。

「昔は受験戦争と言われ、こんなタイプの母親がたくさんいたのは知っているが、今の時代、一流大学を出て、一流企業に入ったからと安泰という時代ではない。倒産したり、リストラされたりする。そんな可能性が強くいのに、ただ、勉強して、いい大学に行けというバカな母親はもういないんじゃないですか?」

 だが、そうではない。シナリオを書く前に受験生を持つ母親、高校の先生に何人も取材をして、ひとつの高校だけではなく、複数の学校の教師から話を聞いて現状を確認してある。

「一流大学に行かせたい!」

という母親は現在も数多く存在するのだ。先生方に聞いても親からの要望の一番はこれ。

「いい大学に合格すること」

だからこそ、受験シーズンが終わると私立高校は「***大学に**人、合格」と書いた紙を張り出したりするのだ。

学校が一流大学を目指せと煽るというより、親たち、特に母親が子供を一流大学に入れたいという希望が多いとのこと。少子化で生徒を集めるのが大変な学校はその希望に応えることで、生徒を集め学校を存続させようとしている。

しかし、友人のディレクターがいうように、今や一流大学を卒業して一流企業に就職してもリストラされたり、倒産したりすることがある。昔のように終身雇用、年功序列ではなくない。にも関わらず、相も変わらず、一流神話を信じて我が子を勉強させる親たちは何を考えているのか? 次回から具体的に考えてよう。

(つづく)


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日本が三流後進国に落ちぶれたのは、国策教育の人材では通用しなくなったから?=「戦争発言」議員&オウム幹部が象徴! [日本の教育]

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日本が三流後進国に落ちぶれたのは、国策教育の人材では通用しなくなったから?
=「戦争発言」議員&オウム幹部が象徴!

「上から与えられたことを疑わずに確実にこなす」

という戦後の教育。優秀なサラリーマンを育てることが目的であったこと。ここ何回かの記事で理解して頂けただろう。その頂点が東大。まさに「与えられたことを確実にこなす」能力が高い人たちが集まる。だが、その教育でトップの大学を卒業したのが先日から話題の人。

「戦争するしかないでしょう〜」

発言をした維新の党・丸山穂高議員である。彼は東大経済学部。「何で東大出た賢い人が?」と思うかもしれないが、先にも書いた通り、日本の教育は

「上から与えられたことを疑わず...」

である。彼はどこかで(あの組織の中でしょうね?)「戦争は必要だ」と教えられたのでしょう。だから疑わず、その方向性を酔った勢いで言ってしまった。筋が通る話。オウム真理教の幹部たちも高学歴だった。当時も

「何であんなエリートばかりが?」

と言われたが、先の議員と同じ理由。

「上から与えられたことを疑わずに」

を実践したということ。だから、どこかの省では上から言われれば「公文書偽造」という犯罪でもやってしまう。オウム信者と同じなのだ。

つまり高学歴なものほど、疑わず、違法行為だと分かることでも上から言われるとやってしまう。そんな教育を10年もされて来たので、素直に従う。同時に「自分で考える」教育をあまり受けていないので余計に歯止めが効かないということだ。

与えられたことは犯罪でもやってしまうが、与えられないこと。これまでに例のない新しい局面にぶつかると何もできない。だから、バブル崩壊、リーマンショックという日本がこれまでに体験したことのない危機に対応することができなかった。にも関わらず消費税を8%に上げたことで20年に及ぶ不況から脱することができなかった。

相変わらず「不況」というと「公共事業」という発想しかなく、最近では不況からの脱却より、支配者階級と金持ちだけが生き残るために貧乏人の切り捨てにかかっている。本来、日本を経済大国にするために育てられた優秀な人たちも、新しい時代では役に立たないということが証明されたのだ。

にも関わらず、同じ国策教育は続いており、親たちは子供をそのベルトコンベアーに乗せることを躊躇しない。この先5年、10年を

「与えられることしかできない」

「上からの指示を疑うことができない」

大人に育てる教育に子供を委ねている。まあ、その親たちがその教育で「考える力」が育っていないので、自分たちが何をやっているか?も気づいていないというのが本当のところ。では、どうすれば? 考えてみたい。


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日本の教育に欠けるもの=年寄りが「最近の若い奴は文句が多い!」と言うようになれば向上している? [日本の教育]

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日本の教育に欠けるもの
=年寄りが「最近の若い奴は文句が多い!」と言うようになれば向上している?

日本は三流後進国になった今でも「優秀なサラリーマン育成教育」を続けている。そんな人材で日本再生は不可能なのだが、育てる側も「考える教育」を受けてこなかった人たちなので無理と言えば無理。ロボットがロボットを作っている状態。

幕末に上級武士が役に立たなことが分かり、下級武士からも人材を募ったことで勝海舟が登場。軍艦奉行になり、最終的には薩摩の西郷隆盛と対決。無血開城に導いたように、今は一流大学を出た人材より、はみ出しもの、オタク、芸術家、とメインストリートから外れた人たちの知恵を借りて再生するしかないと思うのだが、そんな動きもまだない。

あるいはアメリカの教育に学ぶ。ディベート、ペーパー(小論文)という自分の考えを告げる(書く)授業がある。ディベートは議論。2手に分かれて1つのテーマを論じ合う。自分なりの意見を持つことが苦手な日本人。それを人前で言うことがさらに苦手。でも、ディベートではそれを論理的に、説得力も持って相手に伝える。

その能力は実社会でとても大事。だが、それを日本では教育の場で教えない。だから、ネット右翼みたいにイチャモンをつけるだけ、揚げ足を取るだけと言う程度の低い反論しかできない大人が多くなってしまった。

さらにペーパー。小論文。これは自分の意見を文章で主張する。形式があり、まず結論。それを3つの角度から訴えて弁証し、最後に結論つける。僕も留学中に何度も書かされたが、面白かった。いわゆる推理小説のクライマックスで

「なぜ、彼が犯人であるか?」

を探偵が説明するのと同じ構図。論理性が大事。思い込みや感情的、飛躍があってはいけない。アメリカでは日本と同じ詰め込み教育も存在するが、自分の意見を持ち、主張する教育も行われている。ただ、それを導入するだけでも10年後に日本は大きく変わるだろう。ただ、年寄りからは

「最近の若い奴は文句が多い。黙って目上の言うことを聞くべきだ。非常に失礼だ!」

と言う不満は出るだろう。が、それは日本がよくなったと言うこと。何でも黙って受け入れるのではなく、意見を持ち、伝えることはたいせつなことだ。


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日本の戦後教育は国策? =戦時中と同じだったこと。ある取材で痛感。 [日本の教育]

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日本の戦後教育は国策?
=戦時中と同じだったこと。ある取材で痛感。

戦中の教育=「米英鬼畜」「欲しがりません。勝つまでは」という教育と戦後の教育が同じ構図であることを何度も伝えてきた。僕にとって10代の高校時代からの疑問であり、当時から「無意味な勉強」と思えていたが、40年近い月日の中で検証し、答えを得た。

確信するに至ったのは3年に及んだ沖縄戦ドキュメンタリーの取材だった。その中で当時を知る方々からお話を伺い、戦時中の皇民化教育とはどういうものか?を調べた。それがまさに、僕らが幼い頃から受けた戦後教育と同じ方法論であったこと。

「戦争をしろ!」

と上から命じるだけでなく、国民自らが

「戦争をせねば!」

と考え願うようになる教育。そして親や大人たちも推奨し褒め称える。戦後教育も同じ構図。

「しっかり勉強して、一流大学に行こう!」

子供達が自らそれを目指し、親たちもまた戦中と同じようにその考え、行為を褒め称える。国策は押し付けるのではなく、国民の1人1人がその価値観に賛同し、国が求める方向に努力して進むものであること。2つの時代を検証し痛感した。

もちろん、戦後は戦争といっても受験戦争。日本を経済大国にするための国策教育。その全てを否定するものではない。が、

「与えられたことを疑わずに確実にこなす」

そんな人材を育てるものなので、それ以外の素質があって、その素質に著しく欠ける者も、例外なくそのベルトコンベアに乗せられて選別され、それ以外の力を養う機会を失った。

そのような人材ばかりを育てたために、20年も続く不況を脱することができず、日本を三流の後進国に貶めた原因にもなっている。いずれにしても戦時中は戦争に反対すると

「非国民」「死ぬのが怖いのか!」

と言われた。受験戦争を批判すると

「落ちこぼれ」「お前は勉強するのが嫌なだけ!」

と言われた。国が思う方向に子供達を思想教育し育てようとすることは、賛同できないし、非常に危険であり、大きな犠牲を伴う。

だが、いずれも国策は国民全体に浸透し、それを疑うことなく親も子供も従ったことは恐ろしいとしか言えない。もし、戦争が再び起きれば、国は同じ方法論で教育を再開。国民はまた疑うことなく従い、太平戦争の悲劇を繰り返すことになるはずだ。そんなこと「沖縄戦」で取材した当時を知る方々の話を聞いていて強く感じた。その意味でも「ドキュメンタリー沖縄戦」見て頂きたい。

沖縄戦ブログ=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp



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今、親が子供たちに伝えるべきは何なのか? =騙され続けた戦後70年。日本の教育は北朝鮮を笑えない? [日本の教育]

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今、親が子供たちに伝えるべきは何なのか?
=騙され続けた戦後50年。日本の教育は北朝鮮を笑えない?

学生時代。NHKの「若い広場」とか見ると「受験戦争」とか「学校」とかをテーマに討論する真面目な番組があった。「何のために勉強をするのか?」と言う話で、ある生徒が言っていた。

「何だかんだ言っても自分のためじゃないかなあ。勉強は嫌だけど、好きなことばかりやってられないし、自分を鍛えると言うことだと僕は考えています」

それから40年ほどが経ち、それは違うこと確証したが、十分な言葉を持たない、社会経験のない10代に「勉強は無意味」と言う照明をすることはできなかった。そこにはもう一つの背景があると思える。アメリカ人は「楽しむ」と言うことを大事にする。

「Aer you enjoing?」(楽しんでいるかい?)

とよくいう。だが、日本では「楽しむ」と言うことに罪悪感を持つ部分がある。皆が働いているときに、俺だけ遊んでいていいのか?と言うような。

「遊んでばかりいたらダメだ。勉強(仕事)しなきゃ!」

と言う強迫観念はないだろうか? 僕より若い世代になる程、そんな意識が少なくなっているとは思うが、「遊ぶこと」「楽しむこと」はいけないことで「努力する」「学ぶ」「頑張る」と言うことが人として大切なこと。と言う意識が日本人は強い気がする。

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だからこそ、戦後、お父さんたちは夜遅くまで働いて、日本を経済大国した。優秀な電化製品を次々に開発して、世界マーケットをを独占した。当時は漫画を見てもスポ根ものが盛んで、ひたすら努力と練習を続ける星飛雄馬がいて、ボクシングに青春をかける矢吹丈がいた。そんな漫画を読んで育った僕らの世代は「遊んでいてはいけない」「努力しなきゃ」と言う思いが強い。

それを「勉強」と言うカテゴリーにも嵌めてしまい、勉強することは努力すること。自分を鍛えることと思い込んでしまったのではないか? 花形満が体を壊してでも鉄バットで大リーグボール1号を打つ練習をしたり(よく分からない方は読み飛ばしてください)星飛雄馬が腕の筋が切れるのを承知で大リーグボール3号を投げたり(説明大変なので気にしないでください)力石徹が体重を落とすために倉庫に寝泊まりしたり(先と同じです)

そんな努力を「苦しくても頑張る」と言う解釈にして、大人は遅くまで仕事をし、子供たちは勉強をした。ある先生がよく金八先生のように言っていたこと。

「勉強と言う字はー勉めてー強くなるーと書く。それが勉強だ」

「嫌だと思っても、勉めてやるから強くなる」

それは飛雄馬であり、丈であり、力石だ。そこまで子供が考えてはないだろうが、無意識に感じた。そして大人たちは司馬遼太郎の小説の武将や志士たちに自分を重ねた。

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先の「若い広場」の生徒の発言に戻る。今、考えれば、勉強は「自分のため」ではなく、国が経済大国を目指す重要な戦力(優秀なサラリマン)となるための訓練だった。彼が言った

「好きなことばかりやってられないし」=>

「好きなことは我慢して国のために尽くせ」と言う時代背景。

「自分を鍛えると言うこと」=>

向いているかどうか分からない優秀なサラリマーンになる努力させられていることに気づかず。「自分のため」と思い込んでいる状態。

国のため、経済大国を目指すため、それ自体は悪いことではない。が、そのために猫も杓子も動員され、知らないうちに国のためではなく、自分のためと思い込んでいる。思い込まされていること。とても恐ろしい。それはやはり戦時中と同じ構図。だが、そのシステムがもう機能していない。大人は、親は、子供達に何を伝えればいいのか?


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