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女優を目指すモデルさん。なぜ、女優になれないのか?=35年前の思い出を手繰ってみた。 [映画業界物語]

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女優を目指すモデルさん。なぜ、女優になれないのか?=35年前の思い出を手繰ってみた。

もう35年以上前の話だが、カラオケビデオの仕事をしていた。僕はAD(アシスタント・ディレクター)というと聞こえはいいが、何でも屋だ。カラオケ・ビデオの撮影隊は監督、カメラマン。プロデュサー。そしてADの4−5人。当時はドラマ仕立てのものが多かったので、撮影自体は映画と同じスタイル。ただ、音やセリフは録音しない。

出演者が1人ということが多い。街をさまよい歩くだけのものとか、彼と2人でデートするだけのものもある。カラオケ・ビデオの予算は安く、出演するのは有名な俳優ではない。俳優ですらなく、多くはモデルさんだった。俳優というのはギャラが高い。が、人気モデルでなければ俳優に比べるとギャラが安いから。

カラオケビデオは女性がメイン。綺麗なモデルさんが次々に来る。ほぼ全員が女優志望。モデル業はスタジオで写真を撮るだけ(衣服の広告。商品を持って笑顔とかパンフレットや広告の仕事)だが、カラオケビデオなら歩いたり、笑ったり、泣いたりという演技をせねばならない。それが勉強になるので出演するという。

ただ、話しをすると「あ〜無理だなあ」と感じることが多かった。というのは僕は10代に1本、映画の助監督を経験した。その時に出会った俳優さんたちはやはり凄かった。同じ人間と思えない。綺麗とかカッコいいというだけでなく、存在そのものが凄い。新人でもエネルギーが違う。彼ら彼女らに比べると、カラオケビデオのモデルさんたちは明らかに俳優のエネルギーがなかった。

でも、そこから努力してレッスンをして俳優にステップアップ!ということもあるかもしれないのだが、当時、まだ20歳前後だった僕は生意気にも「多分、無理だろうなあ」と感じていた。というのも、特に女性モデルたちは見た目は美女、可愛い。とても見栄えがする。が、喋るとダメ。言い方はよくないが「アホだ...」と思えた。ま、20歳になったばかりのアホな僕の印象なので許してほしいが、そう感じた。

今、分析してみると、彼女たちは子供の頃から可愛く、それなりに裕福な家庭で育ったと思える。親からも周りからも可愛がられ、大きな苦労もせずに大人になる。いわゆるお嬢さんで、習い事はそこそこしたかもしれないが、何かに夢中になったことはない。児童劇団に入るとか、学生演劇をするとか経験もない。日本の教育を受けて、それこそ「考える力」もない。大学になり、「就職するより華やかな女優さんになりた〜い」と考え、知り合いのモデル事務所に所属した。

対して女優というのは中高生から事務所に入り、オーディションを受け、大人の俳優たちと演技をし、厳しいレッスンを受けている。何が違うかというと「思い」なのだ。当時出会ったモデルさんたちは女優になることを憧れている。女優になった人たちはそれが10代からの目標だった。そして名優と呼ばれるようになる人たちの多くは家庭に問題がある。それを乗り越えて来た強さがある。そこが裕福な家庭で育ったと思えるモデルさんたちとの一番大きな違いだと思える。



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すぐに辞めてしまう若手助監督=撮影現場ではどんな仕事をするのか? [映画業界物語]


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すぐに辞めてしまう若手助監督=撮影現場ではどんな仕事をするのか?

最近、撮影現場でよく聞く話。「できる助監督がいない!」「叱るとすぐに辞めてしまう」映画の世界だけでなく、会社でもそんな話は聞かれるだろう。「最近の若い奴はダメだ」という一言で結論つける人が多いが、ではなぜ、最近の奴はダメなのか?理由は何のか?考えてみた。

撮影現場の場合。スタッフ。特に助監督は物凄い量の情報把握と情報処理を求められる。まず、シナリオを理解、把握する。俳優の名前と役を覚える。衣裳(誰が何をどのシーンで着るか?)小道具(誰がどのシーンで何を持つか?)さらに監督の性格や気性を把握して、監督がやりやすいように務める。ロケ先場所の把握。地元でお世話になる人たちと交流する。土地土地によって風習や考え方も違う。東京的な対応では嫌われることもある。

さらに、お天気。俳優の体調。チーム内のトラブル。監督が粘るとスケジュールが遅れる。そんな様々な問題が溢れる中、どう対応し、処理し、進めて行くか?を予想し、把握し、考えねばならない。頭のいいやつでないと演出部は務まらない。そんな現場でなぜ「最近の若い奴」はダメなのか? 

管理教育が完成、ほとんどの子供達がそれを受け入れ、はみ出さず「与えられたことを確実する」労働者として育ってしまうからだ。それは優秀な会社員タイプ。だが、撮影現場では与えられたことだけやっていてはいけない。予期せぬトラブルが勃発。わがままな女優さんもいる。身勝手な監督もいる。雨で撮影中止になる。台風が来る。与えられたこと以外にも、自分で考えて対応せねばならない。

それが若い子たちはできない。バイトでもマニュアルがあるのは事細かく伝えないとできないから。助監督マニュアルなんてない。これが絶対に正しいなんてこともない。自分で判断し行動せねばならない。若い子たちが一番苦手なこと。そんな現実と直面する。叱られる。「俺にはムリ!」と思え諦め、逃げ出してしまう。

撮影現場には今でも武闘派の先輩たちがいる。少し前までは後輩を殴るベテランがたくさんいた。管理教育で育ち、趣味で映画を見て、スピルバーグやキャメロンに憧れていた若い子たちには、厳しすぎる世界なのだろう。今は映画の世界にそれが顕著だが、通常の企業だって、自分で考えて行動せねばならない状況に進みつつある。同様に管理教育を受けた若者では通用しなくなる。にも関わらず、ロボットのような会社員になるための学校に、今も親たちは子供を送り込んでいる。


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しんゆり映画祭での「主戦場」上映中止=映画祭の資格を失う行為ではないか? 「朝日のあたる家」上映拒否と同じケース [映画業界物語]

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しんゆり映画祭での「主戦場」上映中止=映画祭の資格を失う行為ではないか?

この件。多くの映画人が批判。上映予定だった他の映画関係者が抗議の意味を込めて、自らの作品の参加を取りやめるという自体にもなっている。詳細が分からないと「危険な映画なら上映中止もやむ得ない」と思う人もいると思うので書いておく。

少し前に話題になった愛知の「表現の不自由展」あの時は「一斗缶を持ってお邪魔します」という脅迫FAXが来たということで中止。脅迫に屈したのだ。それがまかり通れば、オリンピックも万博も、脅迫が来たら中止するのか?ということになる。非難轟々となった。その後、知事の英断で再開したが、今回は神奈川のしんゆり映画祭で、すでに決定していた映画上映を中止するという。

映画は「主戦場」僕も見たが力作だ。日本人が見るべき映画。従軍慰安婦問題の真偽を問うドキュメンタリーで、すでに劇場公開され大ヒット。何ヶ月ものロングランになっている。その映画をしんゆり映画祭でも上映しようとしたところ。川崎市から横槍が入り、映画祭側は中止にしたという。新聞、ネットニュースによると、出演者から告訴された映画であること。それを上映することで、映画祭で何らかの危険行為が行われるかもしれない。映画祭も告訴されるかもしれない。という危惧が理由という。


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が、そもそも、告訴自体がおかしい。告訴したのは出演した従軍慰安婦否定派の人たち。監督のミキ・デザキ監督によると「映画として公開することもある」との一文が入った書類に出演者全員のサインをもらっているとのこと。それを後になって「騙された」というのだ。無断で証言を変えているということではない。告訴自体がまずおかしい。

次に、映画祭に危険というのも変。告訴した人たちが上映に反対して、犯罪行為を行うというのだろうか? もし、そんな危険な人たちなら、まず映画館を攻撃目標にするだろう。だが、何ヶ月も上映されているが、そんな事件は1度もない。そろそろ上映終了という頃に、わざわざ川崎で開かれる映画祭を狙ったりするだろうか? なのに主催者側は「警備する人員が足りない」というようなことを言っている。

もちろん、今回は「一斗缶」のような脅迫は何も来ていない。どの理由も筋が通らず、無理やり感がある。つまり「告訴されるような映画を上映して、もし、誰かが何かをしたら、面倒だから、上映中止にしておこう!」と、「告訴」という事実怯え、状況を正確に把握せず、あらゆる可能性を考えていないのではないか? だから「表現の不自由展も脅迫されて中止になったから、その線を踏襲しよう」と安易な決断をした。

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僕の映画、原発事故を描いた「朝日のあたる家」でも同じことがあった。多くの映画館が上映拒否。その理由のほとんどが「どこかの誰かが、何かをしたら困るので、とりあえず上映しない」というもの。では、どこの誰が何をするというのか? 東電や経産省が火をつけにくるだろうか? そんなことはあり得ない。原発を反対する過激な人はいるが、原発を推進する過激な人はまずいない。なのにそれが心配で拒否。だが、心ある映画館は手を挙げてくれて結果、全国で27館の映画館で公開された。が、トラブルは一件も起きていない。

今回はその上映拒否の映画館と同じ発想だ。それも映画祭という看板を挙げている団体が、自分たちが「見せるべき」と考えて選んだ映画を、何ら危険がないのに、あり得ないことに怯えて中止するのは映画に対する愛も、多くの人に映画をみてほしいという思いも存在しないということだろう。臭くないものでも蓋をしろという姿勢。「これはもう、町の活性化のための客集めイベントであり、芸術や表現を真剣に考えてはいない」と言われても仕方ないだろう。それが「しんゆり映画祭」だということ。忘れないで覚えておこう。


続報。映画祭代表のとんでも発言?!=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2019-10-31


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「原発映画を作ったら、ニ度と商業映画は監督できないぞ!」と言われ作った「朝日のあたる家」=あの頃を振り返ってみた。 [映画業界物語]

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「原発映画を作ったら、ニ度と商業映画は監督できないぞ!」と言われ作った「朝日のあたる家」=あの頃を振り返ってみた。

今から8年前、テレビを見ているだけでは分からなかったが、福島の原発事故。あれこれ情報を調べていくと大変なことになっていることを知る。大変では済まない。多くの人が苦しみ、子供のたちの健康が脅かされていた。映画で見たパニック映画のような危機的な事態。当時、東京ではこう言われた。

「福島の人たち。可哀想だね...」

他人事。東京の街で輝くネオンも、電車を動かすのも、テレビが見られるのは福島で作った電気のお陰。福島は大きなリスクを抱え原発を受け入れた。だが、その電気を福島では使っていない。東京に送られる。なのに「可哀想」「気の毒」でいいのか? 何より原発事故の恐怖や悲しみを理解しているのか?

何かしたい。何かせねばならない。そう感じた。でも、何もできない。いや、そうだろうか? 僕の仕事は映画監督。映画を作ればいい。原発事故の酷さ。悲しさをを伝える映画を作ろう!テレビや新聞。ネットは情報でしかない。だが、映画は体験だ。他とは違うことが伝えられる。

ただ、映画は監督が望んだからと作れるものではない。巨額の製作費が必要。そしてもう一つ。映画界では昔から言われていたことがある。

「原発映画を作った監督は二度と商業映画を撮れない」

それは何度も聞いた話だ。先輩たちにも止められた。「せっかく青春映画の監督として評判が上がっているのにダメだよ」そう言われた。が、僕の映画のテーマはいつもこれ。

「親子に伝える大切なこと」

原発事故は特に子供達に大きな被害を与える。なのに「二度と商業映画を撮れない」からと知らないフリして過ごし、将来また「子供達に伝えること」なんて偉そうに映画を撮っていいのか? それともう一つ。毎回、監督するときに「今回は遺作」と考える。「次がある」と思うと「今回は難しから妥協して次、頑張ればいい」と考えてしまう。

遺作なら次はないから全力でかかる。そう思って仕事をする。なら、原発映画が遺作と思えばいい。遺作なら商業映画が撮れなくなっても困らない。そう考えて「朝日のあたる家」を制作、監督することを決めた。今から6年前。2013年のことだ。

だが、日頃映画に出資する大手企業は出資拒否。大手どころか会社というところから一切金が出ない。その後、市民の寄付を集める形でスタートした。今度は出演者が出演拒否の連続。完成後は映画館が上映拒否。様々な困難を超えて最後は心ある全国の映画館23館が手を上げてくれて公開。大ヒットした。企業映画では絶対に描けない内容が高く評価。その後、世界6カ国で上映された。

そして今年、原発事故と同じく、

世の中に伝えられず封印されている感がある歴史「沖縄戦」のドキュメンタリーを完成。あるスポンサーからの依頼。中身も横槍が入らず、素晴らしいものになった。原発事故と同様。沖縄の人たちの悲しみ苦しみを多くの日本人は知らない。それを伝える作品だ。秋には沖縄で完成披露試写会が行われる予定。多くの皆さんに見て頂きたい。衝撃の1時間45分となっている。



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「とんねるずが消えた理由」と言う記事を読んだ=年齢に合った芸風、歳を取ると言うこと? [映画業界物語]

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「とんねるずが消えた理由」と言う記事を読んだ=年齢に合った芸風、歳を取ると言うこと?

お笑いは好きで、1980年のMANZAIブームから芸人さんを注目していた。あの頃、イチ押しだったのはツービートでなはなく、紳助竜介だった。少し前だと「そんなの関係ない」の小島よしお。ギター侍も好き。ただ、とんねるずには昔から関心が持てなかった。

彼らの人気が出た「夕やけニャンニャン」「オールナイトフジ」が放送された時期に日本にいなかったこともあるだろう。何が面白いのか?分からない。1980年代後半にブレイク。90年代、2000年代、とテレビで冠番組を持ち続けた。凄いことだ。それが最近、気づくとテレビに出ていない。ま、テレビ見ないし、彼らの番組も見ていなかったからだが、CM等でも見ない。ある記事にその背景が書かれていた。

「とんねるずは従来の芸人のように芸がある訳ではない。でも、大学の運動部。そこの面白い先輩。コンパや宴会を盛り上げてくれるタイプ。そんな親しみやすさが受けた」

なるほどそれなら分かる。では、なぜ、テレビから消えたか? 人気がなくなったのか? 記事にはこう書かれていた。

「とんねるずはこれまで公開番組で観客に絡んだり(オールナイトフジでは生放送でテレビカメラを壊したことがある)ベテラン芸人に食ってかかったりと普通やらないことをした。それを若い人たちはいいぞ〜と声援を送った。そんな型破りなところが人気につながる。

でも、彼らも50代になり大御所タレント。それが若い芸人に絡んだりしていると、イジメに見てしまう。声援を送れなくなった。彼らの型破りが許されたのは若さゆえであり、今の年齢では単なる非常識に見えてしまうのだ」

これは納得。すでに引退したが島田紳助が昔、同じようなことを言っていた。

「20代の頃は紳助アホやな〜で笑いを取れた。けど、30代になり、40代になって、アホなだけではアカン。タレントも芸人も、その歳なりのものを要求される。漫才ブームはすぐに終わった。司会業をする。アホなだけでは司会はできへん。寛平さん。もう50や。でも、未だに若い頃と同じことしてる。アカンで〜」

と言うようなインタビューを昔、読んだ。その後、紳助さんは報道番組のキャスターを務める。政治経済のクイズ番組を企画。スーツ姿。もう、ツナギを着てリーゼントで暴走族漫才はしなかった。その彼の指摘がまさに、とんねるずに当てはまる。

映画の世界も同じだろう。俳優も、脚本家も、監督も。特に監督業はそれが言える。若い間は鋭い感性で若い世代に支持される。が、40、50代になると、さらなる若手が現れて単なるオヤジになってしまう。感性では敵わない。それで消えて行った先輩たちも多い。

僕もあと数年で60代。えーーまじかよ?と言う感じだ。あれこれ自分を見つめ直してしまう。


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バカがいるとプロジェクトで事件多発。でも、素人目にはトラブルが見えない?=悪徳も困るがバカも困る! [映画業界物語]

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バカがいるとプロジェクトで事件多発。でも、素人目にはトラブルが見えない?=悪徳も困るがバカも困る!

ビデオメーカーや製作プロダクションの若いPに多いタイプ。別業種の仕事をしていたが、映画界に憧れて転職してきた連中。大して経験を積んでないのに、先輩がどんどん辞めて行くので未熟な奴でも現場に送り込まれる。そのためにトラブルが起きる。

映画界の常識やルールは他業種。さらに世間とは違う。にも関わらず、彼らは通用しないルールを振り回し、スタッフを逆なで、怒らせる。また、「Pは偉い!」という勘違い。経験もないのに高飛車になる。また、バカでもPと言われるとスタッフは「また、仕事をもらうこともあるだろう」と下手に出ることが多い。そのためにバカPの勘違いがさらに進む。

脚本を書いたこともない。物語作りのノウハウもない。映画のあり方も知らない。そんな連中が自分の趣味でシナリオを指摘。直しを要求。悪徳芸能プロにチヤホヤされて、仕事のない俳優たちを押し付けられたり。映画製作の上で邪魔にしかならない存在となる。むしろいない方がありがたい存在だが、出資したビデオメーカーが送り込んでくるのだ。

映画製作の基本はあるが、臨機横柄に進めなければならない。台風が来れば撮影はできない。俳優が撮影前に怪我をすることもある。腕はいいが気難しいスタッフもいる。Pはその辺もカバーせねばならないのだが、むしろトラブルを生み出すばかりという奴と何度も仕事をした。必要のないことを勝手に始める。やらなければならないケアを全くやらない。そのために協力してくれる会社からクレームが来る。

なので僕は監督なのに、Pが起こしたトラブルの収拾に奔走。謝罪したり、根回しをしたり、それでもPの愚行は続くので、起こす事件を予測。先回りして手を打っていた。監督業だけでもてんやわんやなのに、そのPの対応、後始末までした。当時、血圧を測っていたらやはり200を超えていたと思える。挙句の果てに、そのPは約束のギャラを払わず。経費数百万を不払い。

なのにスポンサーはPの問題点に気づかず。「ま、大きな事件に至ってないんだから問題ないでしょう?」と言い出す。「俺が全て止めたから問題にならなかったんだろ!」と怒鳴りたくなる。Pのやらかしたことを全て暴露してやったが、スポンサーにはどれだけ大きなことか?理解できず、内輪揉めしているだけと解釈された。

その種のトラブルの原因は映画作りを知らない未熟なPが、あるいはアホな奴らがプロジェクト・リーダーとなり製作を推進するから。ただ映画界だけでなく役所や近所にもそんなタイプはいる。そんな頃から僕自身もプロデュサーという肩書きをつけるようにして、Pは入れずに僕がプロジェクトを推進することにした。それ以来、その手の事件は起こっていないのだが....結論まで行かなかったが、今回はここまで。


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どこの業界にも会社に巣食うウジ虫たちがいる?=映画界も同様だ。 [映画業界物語]

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どこの業界にも会社に巣食うウジ虫たちがいる?=映画界も同様だ。

監督業はクリエイティブだ。イメージやセンス。言葉にしづらいものを作品に持ち込み描き出す仕事。しかし、映画はそんな芸術的な側面だけでなく、通常のビジネスと同じプロジェクトでもある。会社で新製品発売プロジェクトチームを作り、推進していくような感じだ。

通常、映画の場合はプロデュサーがチームリーダーとなり、監督の希望を聞いて進める。スタッフ、キャストをどうするか? ロケ地をどこにするか? できる限り監督の要望に応えるようにPは努力する。ただ、監督が「クライマックスは大爆発の連続にしたい!」と言っても予算的にダメな場合、Pがあれこれ説得、代案を出したりする。

ジブリの宮崎駿監督と鈴木敏夫Pの関係をイメージしてもらえると分かりやすいだろう。監督というのは本当に気難しく、製作費のことなんて考えず、純粋に描きたいものを描こう!とする。対してPは現実的に予算や時間を考えて、完成後の興行や宣伝も視野に入れて、監督の希望に沿いながらも、時には止め役にもなり、プロジェクトを推進する仕事なのだ。

しかし、そんなPにはロクでもない奴が多いというのも現実。本来、ジブリの鈴木Pのように監督の思いを大切にするべき仕事なのに、立場を利用し、悪用し、私腹を肥やしたり、芸能プロダクションと癒着したりする連中がいる。予算はあるのに「もう、お金がありません。無理です」と言って製作費をかなり残して自社の収入にしたり、裏金をもらったプロダクションの俳優を監督の意志に反してねじ込んだり。

何より作品に対する愛情がない。「素晴らしい映画を作ろう!」とか、「大ヒットさせよう」という気持ちはゼロ。目の前にある映画の製作費から金を抜いて、飲み食いに使ったり。芸能プロに接待してもらったり、利権を作ったり。そんなことばかりしているウジ虫のような連中だ。先日見たドラマ「沈まぬ太陽」の舞台となる航空会社でも同じような連中がたくさん登場。

山崎豊子原作なので、モデルとなった日航には本当にあんな社員たちがいたはず。会社での立場を利用して出入り業者からマージンを取る。子会社の経費で買ったクルーザーを私物化する。裏金を作り政治家に取り入る。それでいて安全対策費を削り、大きな事故を招く。これは航空会社だけではなく、宗教団体でも、政治団体でも同じ。今の政権はそれを絵に書いたようなもの。政治の中枢に居座り、一部の人たちに莫大な利益を与えたり。加計学園とかね?

同じ構図が映画界にもある。ここからが書きたい話だったが、長くなったので、またいずれ!


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チャンスは幸せの青い鳥が運んでくるとは限らない? [映画業界物語]

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チャンスは幸せの青い鳥が運んでくるとは限らない?

本当にどうしようもないバカがときどきいる。非常識極まりない。未熟で何の実績もないのに、上から目線。「殴ったろか!」と思える連中。どこの会社や組織にも何人か、そんな輩がいる。

映画監督デビューした頃はそんな連中との仕事が多く、殴り倒したい衝動を抑えることが日課。そいつが起こしたトラブルのために、こちらの作業が遅れているのに、本人がこういわれた。

「いつまでかかっているんですか?締め切りは過ぎていますよ。みんな迷惑しているんですよ」

「そもそもは、てめえのせいで遅れてんだろ!」と、今から会社に乗り込んで反省するまで説教してやろうか!と思うことの連続。血圧計があれば、軽く200を超えていたかもしれない。

そして、彼らの努力不足と間違った対応で結局、プロジェクトが崩壊。こちらは何ヶ月も振り回されたのに、ギャラも払おうとせず、逃げまわることが多かった。映画界は契約書がないので、告訴も出来ない。いや、出来ても訴訟する費用がない。結局、バカを見て終わることになった。そんな思い出話をしていると長年の友人に言われた。

「でも、結局、そんな連中が投げ出したプロジェクトを、形を変えて継続。あるいは、そんな奴らを相手にしながらも、太田は作品を完成させたよね?」

そう言われればそうだ。相手がバカ過ぎるので頓挫しただけで、正当な形で進めて行けば完徹することができるプロジェクトだった。彼らが無能だっただけ。僕の初期の映画はそんな感じ。

友人の指摘を聞き、考えていると、元々は困ったちゃんが持ってきたネタだったが、僕が引き継ぐことで完成したとか。彼らが連れてきた業界の大物さんがいたが、投げ出したので、残った僕が大物さんから可愛がられたりということがあった。

バカが仕事を持ってきて、愚行を続けたが、投げ出しいなくなり。僕がそれを形にしたことで、次のチャンスにつながったということが何度かある。

彼らに感謝しようとは思わないが、チャンス。幸運。というのは幸せの青い鳥だけが運んでくるものではないことを感じる。もちろん、彼らのせいで1年以上を無駄にしたし、巨額の借金も抱えた。約束のギャラももらっていない。

もう2度とそんな連中とは仕事しないが、そこから大きなチャンスに繋がり、飛躍もしてきた。人生分からないものである。



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権力者の命令を聞かない官僚たち。その背景にあるもの? =では、なぜ、あの総理のために改ざんまでするのか? [映画業界物語]

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権力者の命令を聞かない官僚たち。その背景にあるもの? =では、なぜ、あの総理のために改ざんまでするのか?

仕事柄、知事、市長、町長と言う方々にお会いすることがある。地方を舞台に映画を撮る時、地元の魅力を伝えることなので、地域の長が応援してくれるからだ。そんな首長たちの悩みを知ることがある。その地区の最高権力者。なのに知られざる葛藤がある。

首長もいろんなタイプがいる。物凄く有能でやり手タイプからお飾りの方まで。映画が地元の宣伝に物凄い効果を発揮するのを把握している方から「へー映画で地元をPRできるんですか?」という人まで様々。ただ、上に立つ方々は街と市民のことを考えており、地元宣伝効果があると分かれば応援。職員に協力するように指示してくれる。

ところが、ある街では職員があれこれ理由をつけて何もしなかった。市長命令が出ているのにだ。なぜ、そんなことが可能なのか?職員はこう考えたのだ。「この忙しいのに映画だなんて....そんなものに時間も労力も取られなくないんだよ」それでなくても1時間でできる仕事を1週間、1ヶ月かけてする体質が役所にはある。思いのある職員がいても、その人が頑張ることで自分たちがサボっているように見えてしまう。皆で虐めて頑張らないように押さえ込んだりするという話も聞く。経産省の官僚だった古賀茂明さんも同じ目にあっている。

なので市長の指示を拒否するのではなく、できない理由を山ほど挙げる。現場は自分たちの方が詳しい。市長にそれを打開する方法論はない。「仕方ないな」と諦めさせる。あるいは「分かりました」と言いながら時間をかけ間に合わせなくする。秘書課は映画関係者が市長に会えないように「スケジュールがいっぱいで」と断る。会えるのは撮影が終わった頃だっり。職員が一致協力して街のプラスになる映画製作に関わらないように努力する。

市長がうるさく言えば他の懸案の進行も遅くなる。市長に対するイジメだ。「俺たちにうるさくいうと、こうなるんだぜ」という意思を示す。そんなことがあると市長は躊躇して通常の業務以外の指示を出さなくなる。職員の思う壺だ。同じことは東京でもあった。青島幸男が知事になる時の公約は「都市博中止」当選して実行。職員が何年もかけたプロジェクトを止めた。恨みを買い、誰もが知事を無視。指示を聞かなくなった。もちろん巧妙なやり方で。

同じことは大臣室でも起こる。各庁の官僚たちは「どーせ大臣はすぐにいなくなる。俺たちはずっとここにいる。そんな奴が改革だなんて張り切られても困る」と、何もできないように押えこむ。総理大臣も同じ。鳩山由紀夫総理の「最低でも県外」ーそれを阻止するために官僚たちは嘘の書類まで作って止めようとした。それが今の総理。官僚たちが協力的だ。あの人があと先考えない暴言を吐いても、それを守るために公文書を改ざんまでしてくれる。

なぜ、あの人には官僚たちは忠誠を誓うのか? 何が他の首長たちと違うのか? かつて田中角栄という人は官僚にも、記者にも支持された。が、あの人は角栄のようなやり手ではない。では、なぜ? そこのこと望月記者の本で答えを見つけた。別の機会に紹介する。



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>映画の撮影チームは監督の名前をとって「**組」という風に呼ばれる。が、スタッフはどんな指示でも聞く訳ではない [映画業界物語]

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映画の撮影チームは監督の名前をとって「**組」という風に呼ばれる。が、スタッフはどんな指示でも聞く訳ではない

黒澤組、大林組、木下組。それぞれに黒澤明監督、大林宣彦監督、木下恵介監督のチームのことを言う。山口という監督なら「山口組」と呼ばれる? 友人で山口という監督がいるが、スタッフが打ち上げの予約を居酒屋に入れた時「山口組です」と言って驚かれたという笑い話もある。

僕の場合は「太田組」ヤクザみたいだが、スタッフは「来週から太田組の撮影でさあ」と言い方をする。ただ、組だからと監督を「組長」とは呼ばない。監督は監督と呼ばれる。組はメンバーの入れ替えをしながら、次第にスタッフやキャストが固定されて来る。気の合う腕のいい。監督の好みを理解する人たちが常連になる。いい作品を作るにはそれが大切。

僕も同じように、次第にメンバーが固定化された。今は理解ある人たちが支えてくれている。彼ら彼女らがいるので、低予算でも、多くの人を感動させる作品ができる。

しかし、最初の頃は大変だった。僕のやり方は低予算のくせにハリウッドスタイル。デジタルが普及した今、それは可能なのにベテランたちは理解せず、文句ばかり言っていた。邪魔するばかり。価値観が違う。方法論が違うだけで、あれこれ批判。昔ながらの古いやり方を要求して来た。

意味のない慣習に縛られる人も多い。今では、型破りの太田組式を誰もが理解してくれているが、やはり結果を出し、いいものを作ったことで認められたと言うこと。いきなり理解はされない。なので監督たちはいろんな形でスタッフをまとめようとする。武闘派の監督は勢いや迫力でビビらせる? ビジネスライクに仕事の指示しかしない監督。いろんなタイプがいる。

映画界だけではない。会社でも同じ。部下だからと上司の指示を素直に聞くとは限らない。手抜きの仕事をする奴もいる。そんなことを考えていて、官邸のあの人はどうなのだろう?と考えた。政権のトップには誰もが従うのか? でも、鳩山由紀夫首相は「最低でも県外」と言ったのに官僚は従わず、嘘の書類まで作って邪魔をした。今の首相の場合は「戦争ができる国」を目指しているのだから逆に心ある者は従わないはず。

それがなぜか?独裁国家のように、ありえない法案が次々に強行採決。映画の世界でも黒澤、木下、市川、大林のような巨匠の指示なら絶対だが、カリスマ性のない監督が無茶な指示を出しても通らない。現総理はそちらに近いと思えるし、周りから尊敬されるタイプではないだろう。

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ヒットラーだって、実はかなり優秀な人で、ドイツの経済復興に成功している。が、こちらの方は不況を続けるばかり。外交もことごとく失敗。世界で金をバラまくだけ。なのになぜ? 独裁を完成させることができたのか? 前々から疑問に思えている。今、読んでいる東京新聞の望月さんの本に何か手がかりがあるかもしれない。



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