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俳優はどんな芝居に燃えるのか?=彼らはチャレンジャーだ。 [映画業界物語]

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俳優はどんな芝居に燃えるのか?=彼らはチャレンジャーだ。

シナリオを書く前にすること。前回紹介した。では、シナリオを書くときに大事なこと。書いてみる。もちろん、ハラハラドキドキする展開にして。最後は感動して涙!と言うストーリーを考えること、と言うのはある。映画はまず娯楽。あまりに説教臭くなると観客は見てくれない。と言って、面白いだけでは映画館を出たら筋を忘れる作品では困る。テーマがしっかり伝わるからこそ、一生忘れない作品になる。

この辺はよく言われるし、シナリオ学校とかに行けば教えてくれること。それ以外の太田組スペシャルを内緒で紹介する。僕のシナリオは毎回、オリジナル。原作のないものだ。僕自身が物語を考えて自身で執筆、自分で監督する。その際に考えるのは俳優のこと。どうしても監督といいう立場にいると、俳優はチェスの駒になったり、操り人形的な存在になりがち。ストーリー展開に都合のいい台詞を言わせたり、主人公を引き立てるためだけに登場するキャラを作ったり。

だが、ストーリーのため、他人のために存在する役を演じる俳優は気分が悪い。「いや、どんな役でも、もらった役は全力で演じます」と言う真面目な人もいるが、どうせなら「やる気」が出る役がいい。と言って、誰もが主人公を演じられる訳ではない。そこでシナリオを書く時に、できる限り、俳優の力が入る設定を作る。と言うのは、俳優はチャレンジャー。カッコいい役をやりたいとか、可愛い役を演じたいとか思うのは素人で、プロは難しい芝居に挑戦したがる。

では、難しい芝居とはどんなものか? まず、長台詞。「渡る世間は鬼ばかり」を見ていると、やたら長いセリフがある。あれ、トチると最初から、共演者も最初から付き合う。スタッフも同じ。二度三度、トチったら、撮影自体が延びる。撮り残しを出すかもしれない。多くの人に迷惑をかける可能性がある。すごいプレッシャーなのだ。自分のせいでベテランの先輩俳優まで付き合わせることになる。その上、長台詞は難しい。どこで上げて、どこで下げて、どう着地するか? 俳優の実力が問われる。また、個性を出せる部分でもある。だから、プレッシャーだがとてもやりがいがある。

あるいは、芝居の中で芝居をする?!そもそも、俳優は自分でない他人を演じる。が、例えば刑事もので潜入捜査をする。刑事の役だが、暴力団に潜入。ヤクザの振りをする。これは芝居の中で芝居をすることになる。非常に高度な演技が必要。その切り替えが難しい。観客に「本当は刑事なのに、ヤクザのフリをしているんだ」と思わせることが必要。これもやりがいのある役。

あと、いい人より、悪役の方がいいと言う俳優さんがいる。板尾創路さんが以前「沈まぬ太陽」で悪役を演じた時、とても楽しかったと話してくれた。他にも陣内孝則、高嶋弟、とか有名どころが出ているが、皆、ノリノリで演じていた。俳優さんは基本的にいい人が多い。そしてスタッフにも気を遣う。そのせいか、毒付いたり、怒鳴ったり、と言う日常ではできないことをするのが楽しいのではないか? そして、ワルというのは優等生より、いろんなバリエーションができるので演じがいがあるのだろう。

他にも、涙を流す。物を壊す。暴れる。等、難しいがやりがいのある芝居というのがある。そんな場面を作っておくと、俳優さんのテンションが上がり、「どんな風にやろうかなあ〜?」とシナリオを読んだ瞬間から、役作りが始まる。また、過去にやったことのない役というのも喜んでくれる。俳優たちはチャンレンジャー。新しいこと、難しいことに挑戦したい人が多い。なので、挑戦しがいのある設定や役を用意する。

そのことで感動の名シーンが生まれたり、予想外の笑いが起こったりもする。俳優たちはいつも以上の力を出してくれるので、映画のレベルも上がる。俳優の力は大きい。その力を引き出すのが、監督の仕事ではあるが、その前のシナリオ段階で、彼ら彼女らをやる気にさせることも大切。俳優頑張る!=映画が面白くなる。ということなのだ。そんな思いで、毎回、シナリオを書いている。


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過労死と後輩ー映画屋の宿命。「毎回、遺作」という思い。 [映画業界物語]

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過労死と後輩ー映画屋の宿命。「毎回、遺作」という思い。

過労死という言葉を聞いたことがあるだろう。元気いっぱいの会社員。朝、妻に見送られて家を出る。午後になって会社から電話。「ご主人が亡くなられました」途方に暮れる妻。朝、あんな元気に家を出たのに...。しかし、考えてみると夫は土日も休まず、何ヶ月も、いや、1年以上も仕事を続けている。病院に行き遺体と対面。医者に言われる。「過労死です」そんなニュースを聞いたり、見たりしたことがある人もいるだろう。

その過労死に至るのが過労。休まずに働き続け、壊れてしまう。そんな話を友人にすると「働き過ぎで死んだりするもんかな?」というが、彼は会社員。仕事中はエネルギーをセーブして、仕事後の居酒屋で全力発揮するタイプ。だが、映画業界、広告業界を見ると、いつ過労で倒れてもおかしくない人たちがいる。1年どころか2年以上休みなしで働くp。1日数時間の睡眠で働く助監督。いつも局に寝泊りしているAD。制作部スタッフは映画でもテレビでも本当に大変。

長年の夢が叶い映画監督デビューした後輩がいる。家も近所でよく会っていた。僕はよく「毎回、遺作!」という。今、かかっている作品は遺作のつもりでやる。そういうと「太田さん。そんなこと言わずにいっぱい映画を撮ってくださいよ」と言われた。僕の作品を高く評価してくれていて

「もっと太田監督の作品。見たいですから....」

と言ってくれた。が、その彼がデビュー作の映画館公開直後に死んだ。過労死だった。低予算の作品。監督である後輩が何人分も働いていた。宣伝も自分でやる。監督作だけでなく、生活のために小さな仕事もいくつもこなした。見ていて、そんな仕事までしなくても....と思うようなものもやっていた。薄利多売。睡眠時間を削り、1年以上も休みなしに働き続けた。監督業のギャラは本当安い。でも、念願の映画監督デビュー。その舞台挨拶の夜に彼は逝ってしまった。僕のモットーである「毎回遺作」を本当に実践してしまった。

僕も似たようなもので、毎回7人分くらいの仕事をする。数年がかかり映画を完成。公開が終わるとダウンする。半年間寝込んだこともある。計算すると数年の間休まなかった土日祝日を全部足すと6ヶ月になった。週末は休むというのは大事なのだ。が、映画作りではそんなこと言ってられない。毎回、医者に言われる。

「休みなさい。過労をなめてはダメだよ。本当に死ぬよ」

しかし、止められるものではない。後輩もそんな気持ちだったのだろう。「沖縄戦」公開終了後からダウンしている。今回は大丈夫だと思ったが、自宅入院生活となった。考えてみると「沖縄戦」は3年がかり。映画館公開中止の危機もあった。劇映画も1本撮っている。そして「沖縄戦」はヒットしたこともあり、5ヶ月のロングランとなり、宣伝に全国を走り回った。その間に休まなかった土日祝日の仕返しが来た。

「毎回、遺作」だが、今回を遺作にする訳には行かない。まだ、やらなければならないことがある。会いに行かねばならない人、報告に行きたい人、いろいろ聞きに行きたい人もいる。が、コロナ禍もある。先方も迷惑。もう少し静養することにする。まだ、DVDを見るのも苦痛。集中力が戻らない。でも、また戦いの呼び声が聞こえて来たら、次なる場所に飛んで行こう。それが監督業のさだめじゃ。


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「細かいことが気になる悪い癖」=映画の仕事には向いていた?! [映画業界物語]

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「細かいことが気になる悪い癖」=映画の仕事には向いていた?!

小学生の頃。江戸川乱歩を夢中で読んだ。中学時代は「刑事コロンボ」が大好き。将来は探偵か刑事になろうと考えたこともある。もちろん、ホームズも、ルパンも、ポワロも読んだ。日本なら御手洗、金田一。探偵でないけど、松本、森村、も。そのせいか、今でも事件があるとあれこれ推理してしまう。

今風に言えば「細かいところが気になる。悪い癖!」という感じで、杉下右京さんにはとても共感する。が、劇中でも彼が周りから嫌われるように、僕もカタギの友人と話していると、ついその癖が出てしまい、嫌がられる。「どっちでもいいだろ!そんなこと!」とか言われたこともある。が、どっちでもよくない。そこに矛盾があり整合性がなければ、何か裏にあるはずだ。

仕事でも「あのPは怪しい...」とか感じてることがあり指摘すると、「いや、いい人だよ〜」とか否定されることがある。が、やがてそのPは大問題を起こし、金持って逃げたりする。皆「驚いたなあ〜」というが、兆候はかなり前からあった。ただ、多くが細かいことに拘らない。気にしないので見逃しているだけ。

ただ、会社員なら細かいことに気付いても、理不尽にプロジェクトが進められることもあり、指摘すると「うるさい、細かい、鬱陶しい」と言われがち。気付かない方が生きて行きやすいということあるだろう。対して映画界は細かいことが気になることが大事。撮影部でも、照明部でも、美術、製作、演出部。皆、重箱の隅を突くように仕事をする。映画が作りではそれが大事。

もちろん、監督も脚本も同じ。その意味で僕は今の仕事に合っている。そんな「細かいことが気になる」視点で社会や事件を見ると、えー?何で〜ということが時々ある。「何でそこに気づかないの?」「何でそんな発言をするの?」「それ自白したのと同じじゃん?」とか思えるのだが、周りの友人から「そうかあ?」「何が問題なの〜」と言われることが多い。

そこで疑問をFacebookやブログで書くようにした。それが自作の映画以外の記事をアップするきっかけになった。原発事故に関しても、同じように疑問を感じ、追求し、検証した。ま、刑事でもない。記者でもないので限界はあるが、あれこれ考えると真相に近づけることがある。原発事故でも最初は「メルトダウンはしていない」「放射能は漏れていない」と言われ、それを疑い、推理するだけで「デマ野郎」「不安を煽るな」「福島差別」と批判する人たちがいた。ただ、今となってはメルトダウンも、放射能が大量に拡散したことも事実となり、誰も否定しない。

そんなふうに事件があると昔からの「気になる癖」が全開。あれこれ推理してしまう。目下の興味は大統領選だ。これは国家レベルのミステリーなので原発事故以来の大きな事件。また、あれこれ書いていきたい。



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後輩を否定する先輩監督=彼が抱える歪んだ心理? [映画業界物語]

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ある中堅の映画監督。デビューからもう30年以上経つが、監督作は数本。もう10年撮っていない。その監督が10年ほど前に見た新人監督(僕の後輩です)の映画。「ダメだこリャ!」と思ったそうだ。そして昨年、その新人監督が新作を撮ったと知る。「あいつ、まだやってるのか?」と思って映画館で見た。「やっぱりダメだな〜」と思ったそうだ。が、その新人は10年の間に6本の映画を撮っていた。

その新人。その中堅監督を尊敬していたと言う。だから、その話を聞いて落胆。「まだ、やっているのか?」と言うことは「あいつは才能ない。1本で終わると思ったら、まだ、やってる。才能ないのによく撮れるよな。多少は成長したかと思って映画館に行った」と言う意味だろう。そして「やっぱりダメ」と言われたと知り、落ち込んだ。

客観的に見ると見えるものがある。実は後輩監督。その中堅監督の作品が好きなだけあって両者の作品は同じテイスト。中堅監督は後輩を可愛がってもいいようなもの。だが「ダメだ。こりゃ!」と思った。あまりに方向性が近いので近親憎悪したのだろう。もしかしたら中堅の先輩より力があった。だから認めたくない。あるいは、少しばかりテイストが違った。先輩は「それじゃダメなんだよ!分かってないな」そう考えたかもしれない。

別の推察をすると、自分はこの10年映画を監督していない。なのにその新人は6本も撮った。「許せない。あいつに才能があるのではなく、世の中が間違っている。あるいはPに取り入るのがうまい。その辺を見極めてやろう」と見た。

ただ、認める訳には行かない。認めると、同じスタイルでは後輩が優れているから何本も監督できる!と思えてしまう。絶対に認められない。後輩はダメな奴であらねばならない。そんな深層心理も働く。そこで悔しがる。憤ると言うことがあれば、まだその先輩も可能性がある。が、それを自分の価値観だけで「やっぱりダメ」と断定してしまうのは、悔しいとか嫉妬を超えて、感性が固まり自分の価値観やテイスト以外を認める余裕を失っているからだろう。

手塚治虫は若き石森章太郎に「お前のは漫画じゃない」と言ったが、あとで嫉妬だと認めて謝罪した。その嫉妬が手塚の原動力だという人もいる。「若い奴には負けたくない」。だが、その中堅監督は嫉妬ではなく否定するだけ。なぜ、自分が監督できないか?と結びつけて考えていない。映画界だけではない。どの世界も同じ。頑張る奴を「あれじゃダメだよ」と言う人に限って自分は何もせず、自身の問題点を顧みないことが多いように思える。


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映画監督はつらいよ=どうすれば「いい人」と思われずに済むか? [映画業界物語]

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映画監督はつらいよ=どうすれば「いい人」と思われずに済むか?

あるPから聞いた話。

「撮影現場でもそうだけど、あまりに皆に親切にし、愛想良くすると、どうでもいい問題まで頼ってくるですよ。それはお前の仕事だろ?というのを『どうしましょう?』って言ってくる。だから、現場ではなるべく愛想良くしないで、皆と距離を置くようにしてるんですよ」

それは大事。僕は「いい人だ」「親切だ」「優しい」と言われることがあるが、そのために「監督なら頼みごとを聞いてくれる!」と、あれこれ頼んでくる人がいる。それこそ何で俺が?という頼みごと。ノーギャラで仕事をしてほしい。寄付をしてほしい。というものまである。

そんな一例を紹介する。「感謝の気持ちを伝えね」ばと撮影後にあるお年寄りの自宅に挨拶に行った。懐中電灯を借りた。急ぎの時だったので大いに助かった。本来、監督が行く必要はない。担当者が行くのが慣習だが、その方とは何度もお会いしていたので僕も同行した。その後、こう言っていると聞いた。

「最近は挨拶に来ない。あの時だけ。盆暮れに挨拶に来るのは礼儀だろ」

だが、なぜ、その後も挨拶に行かねばならないか?と思うのだが、先方はこう考えていた。

「監督は若いのに礼儀正しい。だから節目節目で挨拶に来るはず。今時、珍しい律儀な人だ...」

そんな風に高く評価してくれていたらしい。そして映画撮影に期待し応援してくれていたという。ありがたい話だが、今はこう言ってるらしい。

「なのに最近は来ない!裏切られた。失望した....結局、ワシ らを利用して映画を作ったんだな...」

その町は東京からかなり遠い。盆暮れに挨拶に行くのは大変。費用も時間もかかる。そう考えると先のPの発想は正しい。あの時、感謝の気持ちを伝えたいと訪問したことで結果。誤解を与え、そのお年寄りを失望させた。

最初から距離を置いておけば、先方に嫌な思いをさせることもなかったのだ。子供の頃から「お世話になったらお礼を言え」「感謝の気持ちを伝えろ」と教えられていたが、結果、誤解を招き、期待させて、相手を傷つけることもある。



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「監督は優しい人だから、きっと上映時間も教えてくれる」と勝手に思い込むある女性?! [映画業界物語]

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「監督は優しい人だから、きっと上映時間も教えてくれる」と勝手に思い込むある女性?!

仕事柄いろんな会に呼ばれる。お世話になっている人たちの会もある。そんな時、業界の先輩なり、別業界の友人が連れて来たカタギの人。そんな人たちと名刺交換。後日、メールでお礼をくれたりする。業界関係の人であれば、あまり問題は起きないが、カタギの方の時はトラブルになることがある。

というのはFacebookと同じで、あれこれ質問をしてくる。まあ、先方にとっては僕のようなものでも、「映画監督と知り合えた。いろいろ話を聞きたい。女優の裏話を知りたい!」と思いがち。それをメールで聞いてくることがある。Facebook友達の場合。会ったこともない人たち一線を引く。が、この場合は一度お会いしているし、友人や先輩の知り合い、女性であれば彼女である可能性もある。あまり無茶な対応もできない。

「その後、映画準備は進んでいますか? 俳優はもう決まりましたか?」

そんなこと関係者でもないのに何で説明せにゃならん!と思う。僕のブログを読め!とか思う。そのために克明に進展を毎回、記録している。その話も会った時にしているのに、聞いてくる。これはちゃんと「あれからシナリオ直しをしています」とか一度しか会ったことない人に返事するべきなのか? 先輩が連れて来たカタギの若い女性がいた。超多忙な時にこんなメール。

「明日、監督の映画を見ようと思ってますが、新宿でもやってますか?上映は何時からですか?」

そんなことはネットで調べられるだろ? こちら猫の手も借りたいほど忙しいのに、そんなことを聞いてくるか? 先輩の彼女かも?と思ったが、そう素直に返事してした。流石にショックだったのか、それ以降メールは来なくなった。あとで聞くと

「監督は優しい人だから、きっと上映時間も優しく教えてくれると思ったのに...酷い...」

と先輩に不満を訴えていたらしい。が、そもそも僕はGoogleではない。おまけに上映中は宣伝で多忙。あれこれ関係者への連絡で追われている。自分でできることを、わざわざ聞いてくる神経が分からない。と本音を書き、映画監督は傲慢であり「親切でいい人ではない」ことを伝えたい。


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困ったちゃんとは仕事をしない=大切なのは素晴らしい作品を作ること [映画業界物語]

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困ったちゃんとは仕事をしない=大切なのは素晴らしい作品を作ること

困ったちゃん。とは仕事をしたくない。と言っても「困ったちゃん」=嫌い。ではない。まず政治家で説明しよう。「この議員さん。好き」「あの大臣。嫌い」と言う人がいるが、意味が分からない。

政治家が好みの顔である必要はない。2枚目や美女である必要はない。それより仕事する能力が高いか?誤魔化しがないか?国民のためになる仕事をしてくれるか?が評価のしどころ。だから、有能か?無能か?で判断したい。映画スタッフも同じだ。

真面目に仕事をするか? 腕はいいか? 文句ばかり言わないか? ギャラに応じて真剣度を変えないか? 誤魔化しはないか? 嘘はつかないか? 隠し事をしないか? 大声で怒鳴らないか? そんなところを見る。僕の主張の全てにYESと言わなくていい。ただ、それなら自分なりのアイディアを出してもらう。よければ採用する。ダメなら却下。決定したら従ってもらう。監督は僕だ。

それらができれば、大酒飲みで記憶をなくす奴でもいい。宗教に傾倒していてもいい(他人を勧誘せねばね!)女好きでもいい(女優にチョかいださねばね!)風俗大好きでもいい。しっかり仕事をしてくれればOKだ。監督が1人でいくら頑張ってもダメ。優秀なスタッフがいなければ素敵な作品はできない。

しかし、先に挙げたように金に執着する。ギャラが安いと手を抜く、やる気をなくす。文句を言う。腕が良くても、そんなスタッフはダメ。周りにも影響する。先輩が手を抜くと、後輩が真剣にやりにくい。1人があれこれ文句を言うと、他のスタッフも文句を言い出す。文句を言ってギャラが上がるのならいいが、最初から出せる限りの額を出している。無理なら最初から参加しないでいい。

そんな風に困ったちゃんを入れると、他のスタッフの士気も下がり、仕事がやりづらくなる。不満を抱えると誰かに当たる。若いスタッフが目の敵にされる。やる気をなくす。現場の空気が悪くなる。何もいいことはない。

悪意がなくても、そのようなタイプは「小池する」いや「排除する」。「仲間だろ?許してやれよ」と言われるかもしれないが、映画製作は「仲良しクラブ」ではない。手抜きを見て見ぬ振りをすることではない。そもそも、そんな輩は「仲間」とは言えない。やる気のある者を入れないと素晴らしい作品はできない。

会社ではそうは行かないかもしれない。嫌な奴でも、困ったちゃんでも、チームであれば、一緒にやるしかない。でも、映画スタッフは違う。現場は学校ではない。困ったちゃんを更生させる場所ではない。大切なことは「素晴らしい作品」を作ること。それがチームであり、映画製作なのだ。

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脚本の仕事をしていると、人の言葉が気になる=人の本心が見えてくることがある? [映画業界物語]


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脚本の仕事をしていると、人の言葉が気になる=人の本心が見えてくることがある?

映画監督。脚本は脚本家に頼んで書いてもらうのが基本。でも、自身で書いてしまう人もいる。僕の場合がまさにそれ。誰とも共作しない。誰かに書いてもらったこともない。原作もない。全てオリジナルでシナリオを作る。

男性だけでなく、女性のセリフも自分で書く。若い人のセリフ。お年寄りのセリフ。だから、電車に乗るとそれらの人たちがどんな言い回しで、どんな風に、何を語るか? 注意して聞いてしまう。学生たちが話していると、近い席に座り、会話を聞く。女子高生のグループにそれをすると痴漢と間違われるので注意。

日頃からそんなことをしているので「言葉」が凄く気になる。そもそも言葉というのは「背景」がある。その言葉の背景を探ると、真意が見えてくる。例えば喫茶店で若いカップルが注文する。女性が「コーヒーがいいわ」というのと、「コーヒーでいいわ」というのはどう違うだろう?「が」と「で」の違いだが、これがずいぶん違う。

「コーヒーがいいわ」というのは、いろんな飲み物の中で「コーヒーが飲みたい」という意味だ。が、「コーヒーでいいわ」というのは、いろいろ解釈できる。「大したことない店だから、どの飲み物も大したことないはず。だから、無難なコーヒーでいいわ」という意味にも取れる。あるいは「彼氏は金ないから、高いもの頼んでも困らせるだけ。あとで愚痴聞くのも嫌だから、コーヒーでいいわ」という場合もあるだろう。

「が」と「で」だけで、その言葉を発した人の心理があれこれ想像できる。「直ちに健康被害はありません」という有名な言葉がある。あれも聞いたときは「放射能は出ていないのだ、健康被害が出る状態ではないんだ。あーよかった」と思えたが、よく考えると「直ちに」が付いている。つまり、「今は大丈夫だけど、あとは分からないよ」「あとで健康被害は出るかもしれないけど、今すぐに被害は出ないよ」と言っているだけなのだ。

言葉を巧み使い嘘は言っていないが、誤解を招き安心させるような言葉使い。そんな言い回しをする人は信頼しづらい。この枝野発言は有名だし、すでに多くの人が本当の意味に気づいている。が、脚本業をやっていると、言葉の裏側がとても気になる。杉下右京ではないが、細かいところが木になるのが私の悪い癖。ということが多い。

昔は友達に「お前、細かいんだよ」「どっちでもいいだろう!」「言葉のあやということもあるだろう」と言われたりしたが、言葉には無意識に本心が出るもの。「あれ?この人、言ってること変だな」とか思う。友人は「そうか? 別に普通の人だと思うけど」というが、大きなトラブルを起こしたりすることがある。そんな経験は多い。やはり言葉に本心が出てしまうのだ。また、そんな話を書かせてもらう。



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俳優とはプライベートで会わない。連絡も取らない=全ては最高の作品を作るため? [映画業界物語]

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俳優とはプライベートで会わない。連絡も取らない=全ては最高の作品を作るため?

よく聞かれること「女優さんと飲みに行ったりすることあるんですか?」ー答え。「ない!」映画監督というと、女優にモテて、一緒に飲みに行ったり、あれこれおしゃべりしたりするのかな〜。いいな〜。と想像するのだろう。

もちろん。そんな監督もいる。女優の卵には「監督が飲み会をする」と聞けば馳せ参じる人もいる。監督のお眼鏡に叶えば映画出演ということもあるからだ。あるいは親しい女優さんと飲みに行って次回作の打ち合わせをしたり......と想像するのだろうが、僕はしない!女優だけではない。俳優とは基本、連絡も取らない。

だから、ダイレクトに連絡が取れるFacebookでは基本、俳優からの「友達申請」は承認しないことにしている。俳優とは知らなかった。あるいはかなり以前に「友達」になっている人は別にして、俳優とは距離を置く。すでに「友達」でも仕事についての問い合わせには答えない。

連絡を取り合える環境にいると、俳優は「監督。次の作品にもぜひ、よろしく。。。と挨拶をせねば!」と思ってしまう。あるいは「次の作品に役ないですか?」と聞きたくなる。また、監督も「**さん。次の作品に出てほしいなあ。最近人気だしな」と人気目当てにオファーしたい。事務所を通すと「スケジュールがない」と言われるかも?「だから本人に!」と考えてしまうかもしれない。

しがらみは映画をダメにする。親しいから出演させる。友達だから依頼する。それは「仲良しクラブ」だ。毎回、出演してもらっている俳優でも、次の作品は依頼しないこともある。その人に相応しい役がなければ頼まない。無理に出すのはいけない。親しいと「なんで、次は俺の役ないの?」と言われる。こちらも気遣って「すみません。次は依頼しませんが、プライベートではよろしく」というのも変だ。

また、プライベートで揉めたことでしこりが残り、現場に響くのも良くない。だから、俳優とは個人的に付き合わないし、交流を持たない。その人が必要な時だけ事務所を通して依頼する。現場で撮影。終われば、打ち上げで一緒に酒は飲むが、そのあとは会わない。次に会うのは撮影現場だ。もちろん、舞台やライブであれば、楽屋に挨拶に行く。が、そこで終わり。

全ては俳優たちに素敵な芝居をしてもらうため。そして妥協したり、忖度したりして欲しくないから。「監督と仲良くしておくと仕事もらえる」とか、僕も「仲良くしておくと、また出てもらえるかも?」と考えたくない。真剣勝負したい。だから、プライベートでは会わない。連絡もしない。連絡先も聞かない。全ては最高の作品を作るためだ。


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映画製作を混乱させる人たち?=利用したい人たち。悪意はないのに混乱させる人たち。なぜ、そうなるのか? [映画業界物語]

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映画製作を混乱させる人たち?=利用したい人たち。悪意はないのに混乱させる人たち。なぜ、そうなるのか?

映画製作を混乱させる人たち?=利用したい人たち。悪意はないのに混乱させる人たち。なぜ、そうなるのか?

黒澤組、木下組、深作組と監督の名前で組(チーム)が呼ばれるように、僕のチームは太田組と呼ばれる。今は素晴らしいスタッフ、キャストが集まっており、予算以上のクオリティ高い作品を毎回作ることができている。監督1人の力ではない。スタッフ、キャストのおかげである。

だが、映画を作ると必ず良からぬ輩が寄って来て、入り込もうとする。当初は「僕のような監督のために、応援したい!参加したい!と言ってくれるのはありがたい!」と一般の人も受け入れていた。が、中には映画に関わることで利益を得ようとする者。有名俳優に近づきたいだけの人。工作員のような輩も出て来た。その辺は見つけ次第「小池!」ではなく「排除」する。

逆に悪意はない。むしろ好意的。見返りは求めない。あれこれ応援してくれる。ありがたい存在もいる。だが、その手の人も問題が出て来た。映画についてよく知らないのに、次第にあれこれ意見するようになる。いつしか気分はベテランスタッフ!?採用しないと「だったら、勝手にしろ!親切で言ってんだ」と言い出し、アンチになってしまう。

あちこちで批判を始める。というより悪口を言っているだけ。注意すると「あれは苦言だ」と言う。だったら直接本人に言え。なぜツイッターで発信必要がある? 彼らは映画に対して監督に対して独自のイメージを作り上げ、それから外れると「裏切られた!」「許せない!」「騙された!」と憤慨、批判する。

映画製作を知らない一般の人が、ハマりやすいところ。悪意はない。むしろ純粋で、まっすぐな人たち。でも、熱く、思い込みも強い。「こうだ!」と思ったら突き進んでしまう。別の世界の価値観を持ち込んで「違う」と言ったりする。こんな人もいた。「この映画のテーマ。おかしいですよ」と言う。彼が言うのは「俺ならこう言うテーマにします」ということ。「監督は優しい人だから、俺のアイデアを受け入れてくれるはず」と思った。

が、それは出来ない。何年も考え抜いたテーマ。思いつきで言わて変えることは出来ない。「監督はいい人だと思ったのに失望した! 俺のテーマの方がいいのに!」と以降、批判して回るようになった。ただ、彼にも悪意はない。むしろ勘違いさせてしまった僕に、責任がある。監督は「いい人」でいてはいけない。勘違いさせてしまってはいけない。ある時期から一線を引くことにした。

映画の世界は一般の世界と価値観が違う。分かりやすく言うと映画作りは民主主義ではなく独裁政治。1人のクリエーターの思いをプロフェッショナルが形にする世界。それを知らない人たちは「身勝手だ!」「みんなの意見を聞け!」「多数決で決めよう!」「会議を公開しろ」と言い出すことがある。それでアートはできない。そこが分からない人には、悲しいが外れてもらうしかない。

ここしばらくバッシングされているあの人。同じ構図ではないか? それぞれが、それぞれの価値観を掲げて「違う!」「変わった」「それではダメだ」と批判している。悪意はないのに愛しさ余って憎さ百倍。その「怒り」を「苦言」と称している人がいるのも同じ。先に上げた「利用しようとする人たち」と同様の存在も多数、見え隠れ。余計に混乱。さらに「この期に彼を潰そう!」と企む団体の思いも交差....多くが踊らされている。そんなことを感じてしまう。

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