SSブログ
映画監督のお仕事 ブログトップ
前の10件 | -

映画の題材を勉強せずに、撮影してしてしまう監督たち? [映画監督のお仕事]

185845115_5480863808654545_7666661290698463466_n.jpg

映画の題材を勉強せずに、撮影してしてしまう監督たち?


「議員さん。選挙で落ちればタダの人」という言い方をするが、「映画監督、映画撮れなきゃ、プー太郎」と言われそうな気もする。議員なら元の仕事に戻るとか、他にも仕事ができそうだが、映画監督なんて映画作る以外に何もできない。そのくせ、いざ映画を監督する日のための準備もせねばならない。その日まで別の仕事をして待とう!ではダメだ。

大工さんなら仕事がなくて休んでいても、依頼が来ればまた大工道具を持って仕事に行けばいい。職人さんなら皆、それで大丈夫。でも、監督業は作る作品の題材を徹底して勉強せねばならない。まあ、全く戦争の取材をせずに、戦争を背景とした映画を作る監督もいるけど、そういうのって本当に許せないし、観客を感動させる作品にはならない。

だが、その題材を勉強するのは本当に大変。時間もお金もかかる。監督には依頼を受けてから1週間くらいで、ちょこちょこと題材と同じ漫画を読んで、「はい。勉強しました〜」という人もいるが、そんなで映画撮ってしまうなんてあり得ない。僕が「青い青い空」を監督する前には書道を4年勉強した。「朝日のあたる家」では原発の取材を3年した。「ドキュメンタリー沖縄戦」では戦争。これは3年したが、今も続けている。各分野ともに、何年勉強しても十分ということはない。

特に戦争は沖縄戦が題材でも、それだけではなく太平洋戦争。ヨーロッパ戦線。ナチスドイツ。大本営。戦後の日本も勉強せねば見えて来ない。関係者に話を聞き、専門家の教えを乞い、本や資料を読み漁る。監督がその分野を徹底して把握してこそ、映画として形にできるのだ。だから、「青い青い空」の後は書家の先生方の会で1時間の講演、「朝日の」後は原発についての講演会に呼ばれた。

少なくても、その分野について講演会ができるくらいの知識と情報を持たなければ、それを題材に映画を作る資格は得られないと考える。その辺を実践する監督が最近は少なく、聞きかじっただけの知識で全く取材もせずに「記者」ものを作ったり、戦争の話を避けて戦争体験者の物語を作っている若手がいる。だったら、別の題材でやれ!と言いたくなる。

ただ、そこまで調べて勉強しても、映画が中止になることがある。そこまでかかった費用も時間も全て無駄になる。多くの監督はそれを恐れて、できる限り労力を使わずに済ませようとするのだ。依頼がなくても「いつか、その題材で撮るぞ!」と思っていても、製作費が集まらず、形にならないことも多い。生活に追われて、資料を買い、取材をする経費も出ないので、依頼が来てから本格的に勉強しようと思い、年月が過ぎて行く。

それでは例え依頼が来ても、そこから勉強したのでは間に合わない。結果、不十分な知識で監督することになる。だから、僕は依頼がなくても自分が興味があれば調べる。原発についても、そもそもは映画を作るために勉強した訳ではない。

テレビがしっかりと伝えない事故の真相を知りたくて取材を始めた。結果、映画にしたが、その間の取材費等は製作費が超低予算だったので、もらっていない。「青い青い空」の書道の資料代は、製作会社が理不尽にも支払いを拒否。そんな目に遭うこともあるのも、監督たちが題材の勉強をできる限りしないで済ませる一因。

だが、それでは作品が軽くなる。力がなくなる。説得力を持たない。感動を呼びおこせない。事実と知識の積み重ねばリアリティを産み、観客の心を揺さぶる。そのために題材を勉強し、把握することこそが映画監督の仕事だと思う。ま、いろいろ大変なのだけどね。


m_57611785_2620420724698882_5993821032744484864_n-55d86.jpg
nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

先日のワークショップで嬉しかったこと?出会い。 [映画監督のお仕事]

77080311_3212013095539639_2586329555035750400_o.jpg


先日のワークショップで嬉しかったこと?出会い。

80年代の映画やドラマを見るとお父さんは田中邦衛か宍戸錠。お母さんは吉行和子か由紀さおりみたいことが多かった。おじいさんは大滝秀治や笠智衆。皆、名優なのだが、頻繁に見かけると、その作品の現実味が落ちてしまう。田中邦衛が出て来ると「北の国から」を思い出し、息子は吉岡秀隆かと感じてしまう。

が、自身が映画監督の仕事をし出して理由が分かった。20代30代までは無名の新人がたくさんいる。だから、力ある無名を選ぶことができる。が、その後、食えなくて辞める人が多い。女性は結婚してしまう。すると年齢が上がるにつれて俳優人口は減り、ピラミッド状に上に行くほと人数が少ない。

だから、4〜50代の両親を演じる人で知名度のある俳優は限られて来て、同じような人たちが演じることになる。そして選ぶ側も安易なので、よく見かける名優を選んでしまう。その悪循環だったのだ。

実際、今も、同じ俳優が別の作品で同じような役を演じている。「シグナル」で刑事の主人公の上役を演じていた渡部篤郎は「マスカレードナイト」でも警察幹部の役を演じている。同じ役かと思ってしまう。これも先と同じ背景。製作側も相変わらず、同じような役で同じ俳優にオファーしているということなのだ。

が、僕自身。40代50代で無名の実力派を探そうとしても、難しいことを実感した。その年齢の俳優は無名でも芸歴がある。なので、オーディションに来て欲しいとキャスティング・スタッフに頼んでも「難しい」と言われる。事務所側も「売れてなくても長年やっている彼らにオーディションに行けと言いづらい」ようだ。

そんなことで、事前に会うこともできず、よくおじいさん役をやる俳優さんに出てもらったことがある。が、全然ダメで、老後の趣味で芝居をしているのか?という演技。キャバクラではないが、写真だけ見て指名するのは危険。だが、どうすれば40代、50代で顔の知れていない俳優を選べばいいのか?

そんな時、先週のワークショップ。30代以上、60代までの俳優さんたちが参加してくれた。こんなありがたいことはない。時間をかけて皆さんの芝居を見せてもらえる。実力やキャラ。得意技?も把握できる。すぐにでも出演して欲しい人が何人もいた。実際、以前のワークショップから4人に出演してもらった。通常のオーディションだと1人3分しか面接できないことが多い(大量の参加者と会うので)それが30人ほどの参加者だが、6時間対峙できた。

ぜひ、次回作にお願いしたい俳優が今回も数多くいた。そして僕の場合。シナリオを書いてそれに相応しい俳優を探すより、よく知る俳優をイメージして役を作り、物語を書くことが多い。先に役を作ると、それに100%合う俳優を見つけるのは困難。60%だとした時に物語が崩れる可能性がある。だが、当て書きなら100%で行ける。

僕の中では太田組俳優部であり、劇団のようなもの。その中から選び役を作る。そのメンバーがかなり増えた。より物語を広げることもできる。こんなありがたいことはない。


m_57611785_2620420724698882_5993821032744484864_n-55d86.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画監督の仕事とは何か?今の時代は「真実を伝えること」だ! [映画監督のお仕事]

91263793_3631240190283592_5943633270443868160_n.jpg

映画監督の仕事とは何か?今の時代は「真実を伝えること」だ!

高校時代。日本映画は本当に詰まらなかった。名作と言われる文学小説の映画化。アイドルを主演させただけの青春もの。退屈の極み。見るのは金と時間の無駄だと思えた。対してアメリカ映画はエンタテイメント。2時間の間、ハラハラドキドキ。最後は感動して泣ける。「明日からもがんばろう!」と思えた。将来、映画監督になれたら、そんな映画を作ろうと誓った。

それから45年後、映画監督としての仕事を始めた。ずいぶん遠回りしたが、劇場用映画を撮るようになる。もちろんエンタテイメントだったが、作品のテーマは「子供たちに伝える大切なこと」になった。高校時代に、映画からは学んだ大切なことを子供たちに伝え、当時の僕のように悩み迷い、大人や社会に押さえつけられる子たちを元気付ける物語を作ろうと思った。

が、すぐに気づく。「大人がバカだから子供たちが苦しむ」テーマが少し変わった。「親子に伝える大切なこと」になる。親にも大切なことを伝えないと子供がいつまでも苦労するのだ。その後も、同じ路線で映画を作ったが、「向日葵の丘」あたりから「幸せって何だろう?」と言う問いかけが強くなる。幸せの形が見えないから、親子が間違った方向に進んでしまうのだ。金持ちになること、有名になること何かではない、幸せとは何かを追求し始めた。

そして、近年。さらに具体的なものが見えて来た。「真実を伝えること」だ。政府や企業が嘘を流し、国民を誘導するから幸せになれない。だから、映画で嘘を見抜き、真実を伝えることをが大切だと思えて来た。すでに3作目の「朝日のあたる家」から実践していたことだが、それに気づいた。「親子に伝える大切なこと」その先にあったのは世間に騙されず、真実を見抜く力を育てることだと思えた。

「日本の原発は安全です」と言いながら大爆発。原発推進は電力不足のためではなく、既得権益者たちが莫大な利益を得られるから。「直ちに危険はありません」と言い、東京にも放射能が降り注ぐのを伝えない官邸とマスコミ。本当のことを伝え、国民を真剣に救おうと言う政治家たちを貶め、批判するテレビ新聞。567、枠てん、オリンピックも同じ構図だ。多くが政府や企業のフェイクを信じ、誘導されている。

感染を抑えるより利権の大きいオリンピックを強行。それも私たちの税金。それを感染対策や医療に使えばいいのに、都知事は「自宅を入院施設として使ってほしい」それは遺棄と同じ。なのに多くの国民はテレビで五輪見て「元気もらった」「励まされた」と喜ぶ。奴隷としか言いようのない状態。自分たちがどんな状態なのか?を知り、思考停止状態から抜け出すことが大事。それが親子に伝えるべき大切なことではないか?

オリンピックの裏側や567の真相を暴く物語でなくてもいい。沖縄戦を劇映画にして伝えるだけでも伝えられる。すでにドキュメンタリーは製作したが、日本政府と軍部が沖縄県民を見捨て、捨て石にしたがのが沖縄戦である。その間に本土決戦の準備をした。「県民を守る必要はない。時間を稼ぎ、米軍の体力を奪え」それが大本営からの命令だったのだ。同じことが今、日本全土で起きている。

学校では教えない、NHK特集でも伝えないない、その手の映画を大手は絶対に作らない。でも、それを知れば多くの日本人は気づくだろう。「今も同じ!」と。そんなふうに大切なことを伝えるのが、今の時代、映画監督の仕事ではないか?もちろん、映画を作るときは徹底取材し勉強する。原作ものを1冊読んで分かった気で作ってはいけない。その異意味では原発と沖縄戦はかなり勉強した。講演会をしても2時間は喋れる! 

ただ、567禍で映画撮影は厳しい。現場で費用を出してくれるところもないだろう。だからせめてFacebookやブログを通じて伝えたい。本来はマスコミの仕事だが、彼らはもうフェイクを流す側の住人。個人だと間違うこともあるかもしれないが、伝えるべきことはたくさんあるはずだ。


57611785_2620420724698882_5993821032744484864_n.jpg


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

村上龍の言葉。その意味が分かってくる。「夢を追う」ではない。それしか出来ないのだ? [映画監督のお仕事]

76702447_3195139880560294_3381954091792990208_o.jpg


村上龍の言葉。その意味が分かってくる。「夢を追う」ではない。それしか出来ないのだ?

「スーツを着てネクタイを締め。アタッシュケースを持って颯爽と街を歩くような仕事をしたい」というクラスメートがいた。高校時代である。要はトレンディ・ドラマに出てくるようなサラリーマンをイメージしているのだが、僕らの世代。男の子はほぼ「将来は会社員になるんだろうなあ」思いを持っていた。

実家が魚屋、肉屋、八百屋だとしても、後を継がずに会社に就職。多くがそんな感じだった。大学は都会。卒業しても実家に帰って農業をするのは嫌だ。田舎で就職も嫌。だから、都会に残って、会社に就職。そんな友人も多かった。

それ以外、作家になりたい。歌手になりたい。俳優になりたい。カメラマンになりたい。という友人も極々、わずかにいたが、大学時代に諦めて卒業後は会社員になった。映画学校では「俺は第二のクロサワになる」「キョンキョン主演で映画を撮る」という監督志望者がたくさんいたが、ほとんどが夢破れ、カタギの仕事に就いた。

前にも書いたが、日本という国は夢を追おうとすると、皆が寄ってたかって潰そうとする。止める。邪魔する。否定する。「いい加減に大人になれ」「現実は甘くない」そんな風に諭して、就職を進める。社会も国民も、若者を会社員にしたいかのような感じがする。

昔は終身雇用制で一度、入社すれば定年まで勤められて、安定した生活が送れて安心。定年後も年金がもらえた。が、今は違う。会社が潰れる。リストラされる。クビになる。会社員は安心安全ではない。にも関わらず、今も若者は会社員を目指し、大人たちはそれを後押ししている。

そんな時代でも「作家になんてなれない」「歌手になるのは才能が必要」「俳優は別の世界の人」という風に思い込み。夢を追う努力より、社会に溶け込み、迎合する努力を続ける。何だかプロパガンダのようだ。多くが芸能やクリエイティブの世界に行ってしまわないように、怖がらせ、失望させ、脅しているように思える。

戦時中の「鬼畜米英」のようなもの。「アメリカは卑劣。残忍。だから、日本を守るために戦わねば!」という誘導をした。今でいうとウイルス感染の恐ろしさを煽り、枠店を自主的にさせるようなものだろう。恐怖と不安で国民を誘導する。

僕が20代の時。村上龍はすでに人気作家だった。ベストセラーを連発。テレビ番組の司会までやっていた。ある人が聞いた。「どうすれば作家になれるんですか?」彼は答える。「作家にしかなれない人間しか、作家になれないんですよ」これは「才能がある人しか作家になれない」という意味にも聞こえるが、そうではない。

その意味は次第に分かってきた。「会社員になれる人には作家にはなれない。作家になれる人には会社員になれない。作家以外のどんな仕事をしても、うまく行かない。まともに仕事が出来ない人。ものを書くしか出来ない人だけが作家になれる」という意味なのだ。努力して作家になるとかいうのではない。もちろん努力はするが、その他の仕事ができるようではダメということ。

僕は現在、映画監督という仕事をしている。友人の中には「高校時代からの夢を貫徹した」とか「多くが諦め故郷に帰ったのに、お前は頑張った」と褒めてくれる奴もいる。が、それは違う。村上龍の言う通りなのだ。他の仕事が出来ない。会社員になっていれば3日で上司を殴って辞めていただろう。昔は同級生たちと違い「会社員にはなりたくない」と思っていたが、実は「会社員にはなれない」が正解だったのだ。

バイト時代もよく揉めた。理不尽を許せない。店長の筋が通らない指示によく抗議した。先日、紹介した話も同様。スポーツクラブに入会しても数日で辞めることになる。マスクの件だ。「いつまでも子供だな。我慢が足りないよ」と言う人がいるが、なぜ、多くは我慢できるのか?不思議でならない。ただ、理不尽を我慢できないから、その背景を調べ、追求し解決したくなる。

だから、上の人間と揉める。上は自分たちが都合のいいように、しわ寄せを下に押し付ける。おとなしく下が従えばトラブルにならない。なのに、僕は異議を申したるので対立してしまう。バイトの時は辞める形で終わったが、映画の仕事を始めてからは違う。Pと対立したら「だったら、俺がPをやる!」と言う解決法を取った。理不尽は許せない。そんな思いが原発事故の悲劇を描いた「朝日のあたる家」や「ドキュメンタリー沖縄戦」に繋がった。

原発がある街に住む人たちがなぜ、あんな理不尽な思いをせねばならないのか? 沖縄の人たちがなぜ本土防衛のための捨て石にされたのか? その背景を調べ伝えずにはいられなかった。そういう性格だから会社員は務まらない。バイトをしても揉める。だが、映画を作る仕事なら、それを作品に出来る。他の仕事は務まらなくても、これなら出来る。

村上龍の言うのは、こう言うことではないか? 作家は文章で、僕は映像で思いを伝える。伝えずに生きて行けない。そんなはみ出し者が表現の仕事をするのだろう。すでに60代。同年代は定年の年齢。映画の仕事がなくなっても、もう会社に就職することは出来ない。若い頃は散々「今からでも就職しろ」と親族に言われたが、もう無理だ。

長生きしたいとは思わない。が、死ぬまでにあと数本の映画は撮らねばならない。世の中、理不尽なことだらけ。伝えたいことはまだまだある。




57611785_2620420724698882_5993821032744484864_n.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画監督は「変人」というだけでなく「捻くれ者」であることが大事!=オウム事件、小沢一郎、トランプ。皆が批判する時は注意! [映画監督のお仕事]

70393717_2975302395877378_6399382184481783808_n.jpg

映画監督は「変人」というだけでなく「捻くれ者」であることが大事!=オウム事件、小沢一郎、トランプ。皆が批判する時は注意!

映画監督の多くは変人である!という話を書いた。が、僕の場合はただ変人というだけでなく「捻くれ者」でもある。人が「右」と言えば、「左」に進みたくなる。NHKでは絶対に仕事はできないだろう。高校時代も角川映画がテレビでガンガン宣伝。日頃、映画を見に行かない同級生まで「人間の証明」や「野生の証明」を見に行った。が、映画をよく見る僕だが、当時から捻くれ者で両作品とも映画館では見ていない。

特に「読んでから見るか? 見てから読むか?」なんてキャッチコピーのCMをされると「読まないし、見ない!」と思った。角川に恨みはなく、むしろ他のメジャー社より斬新で、型破り、かなり注目していたのだが、捻くれ者なので大ヒット作のどちらも見ていない。そんな性格だから、皆が「いいー!」というものは「いやーーー」と思う。何かが流行すると、それだけは絶対に追いかけない!という徹底ぶりだった。

大人になっても歪んだ性格は変わらない。オウム地下鉄サリン事件の時も、多くの人が「麻原は死刑だ!」「絶対に許せない!」とか被害に遭ってない人までがテレビの前で怒りをぶつけていた。が、まだ、オウム幹部が強制捜査で逮捕された段階。裁判も受けていない、取り調べもまだ、幹部の村井は殺害。そんな状態でオウムがまだサリン事件の犯人かどうか?決まっていないのに「死刑だ!」というのはおかしいと感じた。

が、ほとんどの友人は「オウムに間違いない!」「やりそうだ!」「あいつらに決まっている!」「麻原を殴りたい!」とさえ言っていた。なぜ、治安国家で、裁判を経ずに市民が「死刑だ」なんていう必要があるのか? 事件の真相解明も終わっていない。裏に別の組織がありオウムは利用されたのかもしれない。そして麻原の言動や行動を見ていると、そんな大それた犯罪をするだけの人物ではないと思えた。

なのに友人たちは家族が被害に遭ったかのように「許せない!」「破防法適用だ!」「全員死刑だ!」と憎しみをぶつけた。僕が疑問を投げかけると彼らは「お前はオウムの味方か?」「だったら入信しろ!」「サリン事件の被害者の気持ちを考えろ!」といわれた。戦時中と同じ。誰もが「戦争だ!」という時に「戦争は必要だろうか?」と疑問を呈すると「非国民!」「許せない!」「共産主義化!」と罵倒されたのと同じ構図?

いや、戦時中なら分かる。そのための洗脳教育。世論の誘導が行われていた。が、オウムはテレビが報道するだけ、その情報だけで「オウム憎し」「麻原許せない!」と多くの人が憎しみをぶつけたのだ。これって危険。麻原に会った訳でもなし、信者と知り合いでもなく、テレビの報道を鵜呑みにして「許せねー」と盛り上がる。で、気づいたのは常識ある普通の人たち、カタギの友人たちの方が、捻くれ者の僕より「非常識」で冷静さを失っていたと思える。

その頃から「捻くれ者」の方が真実に気づくことが多いのではないか?と考えた。それでも小沢一郎が検察の標的にされた「陸山会事件」では検察が正しい。小沢は悪代官だと感じていた。多くの人が同様に小沢一郎の逮捕、有罪を信じ、願っただろう。しかし、無罪。「許せねー」「逃すな!」「あいつが悪の権化だ〜」という声が上がった。が、あれこれ小沢一郎を勉強していくと、言われているような人ではないと思えてきた。

やはり、本人をナマで見ないと!と彼の講演会にも参加。どのような人か?確かめた。その少し前に山本太郎が自由党に参加したこともあり、確信を得た。彼は嵌められたんだ。事情通の知人から小沢に対する数百億円のネガティブキャンペーンが行われたことも聞いた。マスコミも協力。印象操作と誘導が行われた。捻くれ者の僕もそれにハマっていたのだ。

その後に突然、オウム事件関係者の処刑が行われ、麻原は何も自白せぬままこの世から姿を消す。やはり、喋られてはまずいことがあったのではないか? サリン事件の実行犯は彼らだとしても、その背景に別の団体がいたのではないか? 石原慎太郎との関わりもテレビ新聞は一切報じないし。そんな頃から「捻くれ者」であることの大切さを感じた。

が、捻くれ者の僕でもマスコミによって印象操作され、小沢一郎の本質を見抜けなかった。やはり、テレビで見ているだけでは誘導される。編集、切り取り、脚色。自分が仕事でやっていることなのに、印象操作されていた。それ以降、何事も疑ってかかる。皆が批判する人物を一緒になって批判しない。むしろ「何かある!」と考える。トランプはまさにそれだった。そう考えると「捻くれ者」であること「右と言えば、左」という性格であることは大事だと思えてきた。少なくても映画作りには必要だと思えている。


m_12527945_1003590556381915_2074457293_n.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画監督がなぜ「真実の見つけ方」なんて記事を書くの?=映画屋は嘘を作り上げるのが仕事。嘘を見抜くのも得意なのだ! [映画監督のお仕事]

IMG_2183.JPG

映画監督がなぜ「真実の見つけ方」なんて記事を書くの?=映画屋は嘘を作り上げるのが仕事。嘘を見抜くのも得意なのだ!

「フェイクニュースの見破り方」という記事も書いた。「ジャーナリストを気取ってんじゃないの? 映画監督だろう?」と言われそうだが、自身でもふとそれを感じた。そもそもはドラマを作る仕事。現実ではなく、現実には起きないドラマティックな物語を作り、退屈な日常を送る人たちを励まし、ドキドキしてもらうのが映画監督の仕事だ。

ただ、嘘の作り話を映画にするにしても、リアリティが必要だ。可哀想な少女が主人公だとして、どんな風に可哀想か?を考える。あまりにもありえない設定だと、観客が「可哀想!」と思ってくれない。同情したり共感したりしない。今でこそ「貧しい家庭の子供」は多いのでリアルな設定として通用するが、バブル時代にそれをやると「そんな子供おらんやろ〜」と言われただろう。

つまり、嘘の話であっても、いかにもありそうな嘘でなければならない。それがドラマなのだ。そんな物語を作り、いかにも可哀想な少女俳優を起用、貧しい家のセットを作り、貧しい衣装、いかにもという近所の人が意地悪する。こうして観客が同情し、応援したくなる主人公を作り上げる。が、全てありそうな嘘。さあ、分かってもらえただろう。

映画屋は巧妙な嘘を作りだす仕事。だから、他の人や団体、あるいは政府やマスコミが嘘を流しても、他の人以上にそれを敏感に感じ取る。だって、いつも自分たちがやっている事だから。ただ、映画屋は嘘で人を幸せにするが、政府やマスコミは嘘で国民を誘導、自分たちが利益を得る事が目的だ。

違いがあれど、どちらも方法論は同じ。映画でもリアリティというのは90%の真実と10%の嘘を混ぜる事だ。全部が嘘だとバレやすいし、100%真実だとドラマティックでない事が多い。なので、映画も嘘ばかりではいけない。貧しい少女なら「今時の貧しさ」を取材する。戦後の貧困とは違うから。そんな映画を限りなく事実をもとに作る監督がアランパーカーやクリントイーストウッドだ。

「ミシシッピーバーニング」「ライフ・オブ。デビッドゲイル」は実際にあった事件。嘘の部分はほとんどない。ただ、ドラマにする場合に脚色は必要。それが通常の嘘にあたる部分だ。イーストウッドの映画も事実に基づいたものが多い。「アメリカンスパイナー」「ハドソン川の奇跡」も実際にあった事件。事実を描くとリアリティが凄い。それを突き詰めて行くとドキュメンタリーに行き着く。僕の「ドキュメンタリー沖縄戦」はそれだ。

が、事実を事実として描いたのでは伝わりづらい。そこで嘘ではなく演出というものが必要になる。でないと情報が錯綜、混乱、第三者が理解しづらいものになる。事実はシンプルでない事も多い。いかに真実を曲げずに、伝えるか?がドキュメンタリーという世界。そんな仕事をしているので、マスコミの嘘はかなり気づく。編集、映像、音楽、テロップ、様々な部分で誇張や印象操作は可能なのだ。

今、多くのマスコミ報道はドキュメンタリーというより、ドラマに近いものが多い。都合のいいように曲げる。削除する。脚色する。誇張する。事実は10%しか残らない。が、巧妙に作業している。ただ、映画屋なら見ててそれが分かる。それに誘導され、印象操作されている日本人がとても多い。「朝日のあたる家」や「ドキュメンタリー沖縄戦」を作った者として、あれこれ言いたくなる。「騙されてはいけない!」そんな記事を最近はよく書いている。



60764999_2681749791899308_369149531398340608_n-8d7ef-51fa7-7dd60.jpg
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

毎日、ブログ記事を上げる理由?=いろんな意味があるけど、一番はあれ! [映画監督のお仕事]

60290175_2655687321172222_3729120327007993856_n.jpg

毎日、ブログ記事を上げる理由?=いろんな意味があるけど、一番はあれ!

「昔の彼女に宛ててメッセージしているんでしょう?」

「あれこれ批評するのは評論家の仕事じゃないか?」

「最近は取材した記事が少ないですよ。努力が足りませんね〜」

とかコメントしてくる人がいる。その意味は「映画監督は作品で語るべき」「ジャーナリストなのに努力が足りない」であり、双方共に勘違いだ。

黒澤明も昔は一切マスコミに登場せず、インタビューにも答えなかった。「作品で語るべき」「宣伝は宣伝部がするべき」と考えていたのだ。が、晩年は積極的にテレビにも出て話をした。監督作をアピールするには監督自身が前に出ることが大事。そんな時代なのだと理解したからだ。「作品で語るべき」というのは映画黄金期1960年代の発想。

また、僕はジャーナリストではない。ただ、以前にはライターをやっており、あれこれルポルタージュも書いたし、インタビューもやった。メジャー誌でも何度か記事を掲載された。そのせいで文体からジャーナリスト?と勘違いする人もいるのだろう。でも、今は映画監督業をする者として、日常を綴る、あるいは考えを語るエッセイのようなものを書いているだけだ。

それと黒澤明も考えたように、作品をアピールするには監督自身が前に出て発言することは大事。現在では宣伝時、監督はあれこれキャンペーンする時代。ただ、映画公開がないときは発信しない。著名な監督はそれでいいが、僕のようなものが宣伝になってから動いても大して注目されない。テレビ番組で番宣もさせてくれない。

60352931_2678399602234327_8595171067666890752_n.jpg

そこで日頃からあれこれ記事を書き、アップすることで、関心を持ってもらおうと、10数年前にブログを始めた。そこにFacebookが加わった形だ。最初は映画業界を目指す人。映画ファンが関心のある映画関係の話を書いていた。が、「朝日のあたる家」で原発問題に取り組んだこともあり、社会派の話も書くようになった。

原発を勉強すると、政治、企業、報道、日米関係、戦争、電力会社、広告代理店、商社、と様々な背景や闇の部分が見えて来た。そして自身の映画のテーマである「親子に伝える大切なこと」は、そんな社会問題をも見つめないと答えが出ないことにも気づいた。今の時代。単なるエンタテイメントでは観客に届く作品ができないことも痛感している。

映画は時代の反映。80年代前半は「嫌な日常を忘れさせてくれる娯楽作品」が持て囃されたが、今は「もう一度、社会を見つめ直す」作品が必要とされているように思える。昨年大ヒットの「「天気の子」も「ジョーカー」も社会性を持った作品だ。社会問題を記事にすることで、そんなタイプの映画を作るヒントになることが多い。

「ネットで愚痴を書くな!」と叱られたこともある。が、愚痴をいくらアップしても問題は解決しないが、文章を書き、問題を考えると論点が整理され答えが見つかる。それが目的なのだ。そして基本は宣伝。文章を読んで「面白い監督だなあ」と思ってもらえれば、映画にも関心を持ってもらえる。公開直前では遅い。そんな思いで毎日、記事をアップしている。


60764999_2681749791899308_369149531398340608_n.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

「自分の立場を認識する力」とは何か?=映画の世界で考える [映画監督のお仕事]

70393717_2975302395877378_6399382184481783808_n.jpg

「自分の立場を認識する力」とは何か?=映画の世界で考える

心理学の用語ではないが「自分の立場を認識する力」と言うのがある。言葉通り自分がどんな立場にいるのかを把握する力だ。

会社でも先輩と共に営業に行けば、先輩を立てる。商品説明で先輩が間違ったことを言っても「それは違うでしょう!」と先輩を批判したりしない。2人はチームであり、営業先の人が不安になるような言動や態度は取らない。営業マンという立場。先輩後輩という関係。それを理解し認識する能力だ。

これは多くの人が把握している。学校のクラブ活動では先輩後輩の関係を学ぶ。校内でも1年生は上級生を一目置く。教師と生徒の関係。教師の中でも校長は一番偉いとか、それぞれの立場を把握し、関係性を壊したり、踏み外したりしないことを学ぶ。

映画の世界でも同じだ。決めるのは監督。もちろん、カメラマンも、照明部も意見はいう。だが、最終的に決めるのは監督。それをカメラマンが「それは違うよ。次のシーンはここから撮影するべきだ!」なんて言い張るのはダメ。時々、そんな人はいるが、避けられて行くことが多い。

また、撮影部や照明部が演出部に口出しをしない。演出部が製作部にあこれやり方を押し付けないというのもある。「お願い」というのはあるが、それぞれのパートはトップに技師がいて、その人のセンスや判断で仕事をする。それらを別のパートが「そのやり方はおかしい」「そこは***するべきだ」などと指示、批判するのはご法度。専門分野は専門家に任す。俳優が演出や技術に指示するのも同様にやってはいけないこと。同時に監督以外が俳優の演技に口出しするのもアウトだ。

そんな風に映画の世界でも「自分の立場を認識する力」は大切。それを忘れて、カメラマンが演出に口出したり、照明部が俳優に演技のダメ出しをすると、現場がグチャグチャになる。にも関わらず、たまにそんな人がいる。若手監督が斬新な演出をすると、ベテランの技術スタッフがあれこれ文句を言う。「それは違うだろ」「映画じゃねえよ」と。結果、監督が困る。そのスタッフは信頼されなくなる。作品の質が下がる。そんなことに繋がる。

だが、この辺のことはどんな業界でも多くの人が理解している。自分の立場を認識していない日本人は数ない。むしろ、上が悪いことをしていても、立場を理解し、それに加担すると言う政界というところもある。大企業でも同じ。その意味のこの能力は日本人はしっかり把握している?と言える。しかし、会社から出た途端にその力を失う人もいる。次回、解説する。


60764999_2681749791899308_369149531398340608_n.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画監督は探偵に近い職業!=主演俳優を選ぶのと、トランプ問題を推理するのは同じ? [映画監督のお仕事]

IMG_3197.JPG

映画監督は探偵に近い職業!=主演俳優を選ぶのと、トランプ問題を推理するのは同じ?

僕のFacebookをいつも読んでくれている人は気づいていると思うが「トランプ」等の社会ネタの記事を書くとき。或いは映画界や俳優についての記事。何だか新聞記者と映画監督が交互に書いているかのようにジャンルが違う。

が、社会ネタでも映画界の話でも、僕からすれば同じ。どちらも現状を見て、それを分析し、問題が何であるか? 解決策は何か?というようなことを綴っているのだ。それがトランプであり、映画界の問題であり、俳優の力というトピックであるというだけ。

実は子供の頃からミステリー小説が好きで、大きくなったら探偵になろう!と思っていたくらい。だから、今も事件があると真相は何か?犯人は誰か?謎解きしたくなる。だから、ホームズではないが、疑問があると起きてから寝るまで考えてしまう。

「トランプはなぜ、あれほど批判されるのか? 嫌いな人がいるのは分かるが、誰も褒めない。これはおかしい。どんなクズでも、必ず支持する人がいるのに。不自然だ。何かあるな? 背景に何があるんだろう?では、トランプが嫌われて得するのは誰か?」

なんて考えてしまう。その考え方が大人になって持続されて「なぜ?」どうして?」と常に思ってしまう。それが意外に監督業に向いていたのだ。例えば、

「この俳優さん。いいな。いつも強い役をしている。確かに強そうだし、元気なキャラだ。でも、時々インタビュー等で見せる顔。不安げな。周りに気を使う。それに***が好き。もしかしたら、見かけは強そうだが、本当は繊細で気の弱い人かも? だったら、そんな役を演じたら、いつもと違う芝居が観れて、新しい魅力が出るのでは?」

とか考えてキャスティングする。それが大正解で、その俳優さんの作品のベスト3に入る映画だと言われたりする。その俳優の経歴、趣味、好きな映画、音楽、それらを確認し、その人が何に一番関心があるか? どんな役を演じる時に輝くか? それらを推理して、その俳優さんをイメージして役を作る。

監督業だけでなく、脚本家もそんな発想が大事。どちらも探偵のような資質が大切なのである。そんなだから、原発問題でも、沖縄戦でも、そこからいろんなことを導き出してしまう。それで見つけた答えを伝えたくなる。一つは映画で、もう一つはブログで。まだ、スゲーネタがあるんだけど、流石に書けないものもある。徐々にあれこれ紹介したい。


60764999_2681749791899308_369149531398340608_n.jpg
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

今の時代は企業経営も映画監督業も同じ発想が必要 [映画監督のお仕事]

70393717_2975302395877378_6399382184481783808_n.jpg

今の時代は企業経営も映画監督業も同じ発想が必要

「モーニングショー」を見ていて感じたのだが、ITが把握できていない社長の会社がダメになるという話。映画も同じだということ。企業の社長と映画監督は共通するものが多いこと感じた。もちろん、50ー100人しかスタッフのいない撮影チームと、何万人も社員を抱える企業では規模が違うが、構図は同じなのだ。

社長が新しいシステムを導入する。そのことで経営が合理化され、無駄がなくなる。映画も同じ。フィルム撮影からデジタルに移行して現像代やフィルム代が節約。パソコン編集が可能になり、編集室レンタルも必要なくなった。そのため、映画制作費はかなりの低予算でも可能となっている(そのための悪影響も多大ですが!)

いい話ではないが、僕は自分で編集する。そのために編集者を別に雇う必要はない。だが、同世代の監督でデジタル編集できる人はあまりいない。パソコンにソフトを入れて、少し勉強すれば誰でもできるのに皆、やろうとしない。だから、技術ある者を雇い、指示して編集させる。完全に編集を任せ、直しだけを指示するならそれでいいが、ずっと立ち会うなら、自分でやった方が早いし、経済的だ。

デジタルだけではない。特に太田組は新しいアイディアを取り入れる。思いついたら実践する。年配のスタッフがいると猛反対を食うが、今のチーム(決して若い人ばかりではないが!)面白がってくれる。これは企業経営と同じではないか? 新しい挑戦をすぐにできるか? 古くからの伝統を止められるか? 組織が大きくなるほどに難しくなる。

が、映画の場合。監督が言い出せば理解されることが多い。企業映画の場合。古い製作会社の場合は上から文句が来ることがあるが、監督に信頼があればそれができる。ただ、監督も古い監督に長年師事して来た人はその古い方法論から離れられないことが多い。反対に僕のように自主映画出身で、アメリカで勉強した輩はあれこれ、変なことを思いつきスタッフを振り回しがち?

伊丹十三監督が数々のヒット作が撮れたのも、監督になるために修行した人ではなく、俳優であり、エッセイストであり、翻訳家、タレント、デザイナーと様々な経験があるから、従来の映画にない方法論で撮影したからだと思える。メイキングを本格的に導入したのも彼。映画日記を出版したのも伊丹さん。僕はそれに学び、映画制作時には必ず日記を書く。それがまた宣伝にもなる。

今の時代は企業経営も映画監督業も同じ発想が必要なのだろう。意外だ。


60764999_2681749791899308_369149531398340608_n-8d7ef.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画
前の10件 | - 映画監督のお仕事 ブログトップ