原因を把握できず、怒りに駆られる人たち。これってジョーカーの思う壺パターン。 [双極性障害]
原因を把握できず、怒りに駆られる人たち。これってジョーカーの思う壺パターン。
血圧がまた上がっている。とても言えない値。クソ野郎と対応していると、結局こうだ。僕は滅多なことでは怒鳴りつけたりはしないが、先日はもう乗り込んで大暴れしてやろうか?と思うほどだった。クソと対峙するのは健康に良くない。今回は患者ではないが、似たようなことが10年ほど前にあった。その社長は双極性障害の患者。だが、周りは誰も気づいていない。
皆が、散々振り回された。
必要のないことを独断で進め、製作費が無駄に消えていく。必要なことをしようとしない。指摘すると「もうやってある」というが、取引先から「何の連絡もない」と怒りの電話。僕が謝罪して、あと始末をしてまわる。さらには先回りもして社長がトラブルを起こせぬようにし阻止してまわった。が、社長に悪意はない。症状。
そのことには誰も気づかなかった。「嫌な奴」「2度と仕事しない」と毛嫌いするだけ。その後、僕は半年ほど寝込んだ。当時は血圧計がなかったが、危険値の連続だったのに違いない。
その後も、大変なことがあった。
別の症状だが、トラブル自体の大きさよりも、周りの人たちが相手が患者であることに気づかず、激怒してしまう。例えば外国人が家に来て、靴を脱がずに畳に上がっても「ああ、習慣が違うからなあ」と思い、激怒はしないで、優しく注意する。が、日本人の大人がそれをすると意図的な嫌がらせと思ってしまい、いきなり殴る人もいるだろう。
それと同じで、相手に精神障害があった場合。悪気がなくても、事実ではないことをあれこれ言い出す。前回、言ったことをなかったかのように180度違うことを言い出したりする。が、相手は患者とは分からないので、嘘、誤魔化しと解釈。病気だと分かると「ああ、そういうことね」と理解するが、見た目は元気な社会人ので病気とは考えない。
患者が同じことを続けると、相手は激怒し、恨み、疑心暗鬼
となる。何か思惑があり、騙しにかかっているとさえ想像してしまう。が、そういうことではなく障害があるので、発言が一貫しないだけなのだ。悪意も騙す気もない。これも相手が外国人なら言葉のコミニュケーションが問題なのか? 生活習慣が違うからか?と考えるが、日本人同士だとそうは考えない。結局、諍いとなる。
患者の方も自分が病気だと気づいてないことが多く、自分が一貫した発言をしていない。矛盾した発言をしている自覚がない。
「嘘を言うな」「誤魔化すな」
と言われると
「僕は誠心誠意やっているのに、なんて酷い人だ!」
と思い、感情的になり、諍いがエスカレートする。そもそもの問題は患者なのだが、それに気づかぬ相手はこう考える。
「嫌な奴だ」「失礼だ」「常識がない」「許せない」
患者も自分の病を自覚していないと
「あいつこそが失礼だ。許せない」
と考える。患者は思考の一部に問題があるだけで、他は人と何ら変わりにない生活ができる。もともと悪意はない。常識に照らしても相手が悪いと判断する。患者はまず自分が病気だと気づかない。相手がそれに気づくしかない。
が、日本のマスコミはその種の症状を伝えない。蓋をして触れようとしない。だから、多くが気づかず、無意味な争いに巻き込まれてしまう。「ダークナイト」でジョーカーが人々を先導し争いに巻き込んだ方法はそれと同じ手法である。
映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね? [映画感想]
映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね?
映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね?
この数年、僕が出会った「クソ野郎」と言いたくなる人たち。「ウジ虫」「困ったちゃん」「アホ」などと呼んで来たが、映画製作を邪魔したり、足を引っ張ったり、心ある人たちを踏みつけたりした連中。ドラマなら悪役となる人たちだ。ただ、昔の映画ならその手は権力欲が強く金のためなら人を殺し、踏みつける金持ち、政治家だった。だが、今の時代は多種多様。そんないろんな「クソ野郎」たちが見事に「ジョーカー」では描かれている。
①ブルース・ウェインの父 本来は街を浄化しようし、息子であるブルースに影響を与えた人物だが、この映画では庶民の痛みを理解しない実業家として登場。日本で言えば経団連会長や大企業のトップ。あるいは官邸にいるあの人のイメージ。ただ、これは従来からいる「クソ野郎」タイプ。そして、この人たちだけが悪でないことを映画は描いている。その他を以下で紹介。
②アーサーの上司 ピエロ派遣会社のマネージャー。彼はアーサーを「皆が君は変だというが、僕は君が好きだ」などと煽てて使うが、アーサーが災難に遭っても(子供たちに看板を盗られ壊されても)理解しようとせず、頭ごなしに非難。拳銃の件では会いもせずに電話でクビにする。社員を労働力としか見ず、問題点や職場環境を考えず、社員の苦労を理解しない。日本にも多い、ブラック企業の上司のような存在。この種のバカヤローが社員を苦しめる。
③アーサーの母 精神病による妄想で、ありもしないことを信じて、周りの人たちを巻き込む。本人は病気であり、悪意はない。が、息子がその妄想を信じたためにトラブルになり、人生が壊れて行く。実際、日本でもその種の事件は多い。患者が「私は酷いことをされた」と妄想し発言。周りが振り回され、罪のない人が加害者だと思われ関係者からバッシングを受け、そして反撃。諍いとなる。病気が原因での発言とは誰も思わず、無意味な争いを続ける。
④アーサー 病気の母の言葉を信じたばかり希望を持ち、そして破滅して、暴走して行く。彼自身が被害者なのに、加害者になってしまう。僕の周りにいた人たちも似ている。善良な市民だが、患者の妄想で酷い目に遭った被害者を加害者だと思い込み、批判、攻撃して追い詰め、孤立させ「当然の報い」と考える。妄想に巻き込まれたジョーカーが自分に正義があると感じたように、彼らも間違った正義を振りかざし、罪のない人を踏みつける自らの行動を把握できていない。
いずれのキャラも悪意はなく、自身の行動が誰かを傷つけていることに気づいていない。悪の組織や悪徳政治家だけではない。その種の人たちもまた、多くの人々を苦しめる。むしろ自分たちが被害者だと感じ、正義を振りかざすので始末に悪い。最後のシーンで暴動を起こす市民もまた同じ。もはや被害者ではなく加害者になっていることに気づかない。
そんな部分まで描かれていることで、多くの人が自分を重ね、いろんなことを感じたのだ。まさに日本も同じ。映画「ジョーカー」はそんな現代を映し出した作品である。
「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」監督日記、連載中! [2019]
「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」監督日記、連載中!
ここ=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp
2019年秋、沖縄にて完成披露試写会を準備中。