戦時中の空気。今と似ていたのではないか? [my opinion]
戦時中の空気。今と似ていたのではないか?
戦時中は「戦争反対」と言えなかったらしい。「日本は負けるかも?」と思っていても口に出せなかった。そんなことを言えば「非国民!」「売国奴!」「アカ!」と蔑まれ、バッシングを受けた。しかし、今の時代から振り返れば日本はどう頑張っても勝てなかった。
アメリカとは軍事力が違い過ぎる。竹槍をいくら練習しても米軍には勝てない。食糧を用意せずに持久戦はできない。にも関わらず無謀な戦いを挑み、多くの国民が犠牲になった。一刻も早く止めなければならなかったというのが正解なのに、勝てない戦いを続け、犠牲者を出し続けた。
また、戦争反対は現代では世界の願い。「戦争賛成」などと言うのは「おかしな人」か特別な団体の人たちだと思われる。多くの国民が犠牲になる戦争を望む人はいない。それを主張するのはあの人たちのグループだけだ。
にも関わらず、戦時中は「戦争反対」とも「日本負けるかも?」とは言えなかった。正しい認識であり、今の時代は多くが賛同する考えなのに、当時は言ってはいけない。疑問を持ってはいけないもの。「戦争して勝つ」ことを誰もが信じ支持したのである。
似たようなこと。今も進行していると感じる。「マスクをしろ!」と強制する人たちがいる。広い道路で1人で歩いているのに「マスクしろ」というオヤジがいた。スポーツジムでも「マスクを鼻までして」と食い下がる指導員がいた。鼻までしないと感染するのか? 感染させるのか? そんな科学的データがあるのか? だが、彼は何も説明できず強制するばかりだった。
日本人はほぼ100%マスクをしている。感染防止のためだという。しかし、ウイルスはマスクを通り抜ける。感染防止にはならない。そして三密、四蜜と言いながら、なぜ、満員電車と止めないのか? 映画館や演劇を止めても通勤電車を止めない。
「電車では喋らない」という人もいるが映画館でも喋らない。実際、感染例は出ていない。さらに言えば昨年はほぼ100%マスクをしているのに、感染者は増えていた。これはもう意味がないということだ。予防注*をした人たちも感染した。これは効果なしということ。「症状が現れない新型株」それ本当に病気なのか? 症状は「咳と鼻水」それは風邪と何が違うの?素人でも数々の疑問を持ってしまう。
なのにテレビでは恐怖を煽り続ける。死者数も毎年のインフルエンザの方が遥かに多い。正月に餅を食べて喉に詰まり死亡する人の方が多い。なのに、餅禁止にはならない。飲み屋での感染は低い。一番多いのは家庭での感染。なのに、飲み屋ばかり規制していた。矛盾、無意味。そんなことばかり続けている。竹槍で戦え、気合いで勝てという当時の軍部がダブる。
ま、政府や都は昔から間抜けた意味のないことをしてきた。が、それを批判し、正しい情報を伝えようとしていたマスコミが加担。煽るばかり。視聴率が取れるというのはあるだろうが、それだけだろうか?そして何より、矛盾や意味不明の対策を必死で守ろうとする人たちがいる。それを他人に押し付けようとする人たちも多い。FBでそんなことを書くだけであれこれバッシングされる。「非国民」と叫んだ戦時中を思い出す。
今思えば太平洋戦争は絶対に勝てない戦争だった。それに疑問を持ち、言葉にするだけで「非国民」と言われ、強制的に戦争協力をさせられた。「一億、総火の玉だ!」と一致団結した。確かに火の玉、一億総ヒステリー状態だったのだ。そのことで多くが犠牲になった。今の状況はとても似ている。どんなことでも、それが正しくても、間違っていても、双方の意見が出るならば健全。それが一方だけの意見しかなくなり、異論を挟めなくなる。バッシングされるというのは戦時中と同じ構図だ。
戦時中も一部の人たちは疑問を持ったが、口にできなかった。ただ大多数は戦争に賛同、疑問を持たなかったと思える。これも今と同じ。マスクもあれも無意味ということに気づかない。飲み屋や映画館の営業を止めることに疑問を持たない。
家庭での感染が一番多いのに、国は何ら対策しないことを不思議に思わない。思考が停止している。理由や意味を考えず、言われたことをしているだけ。そして他人に強制。こんな状態は戦争以外では思い当たらない。
恐怖で脅されたとき、人は思考停止状態となる。戦争も今回も同じ。どちらも大きな力が動いており、私たちを連れて行きたい場所があるように思えてしまう。ただ、それは僕自身が感じている疑問でしかない。多くの人たちは戦争と同じで、終わってからしか冷静に語れないこととも思えている。