3年前、2012年の今日はモスクワ空港にいた! [思い出物語]
3年前、モスクワ空港にて、
パソコンでメールチェック。
ウクライナへ取材に行く途中。
【初日舞台挨拶に席を取れ!という友人。勘違いする困った人たち】 [思い出物語]
映画が公開初日になると、思い出す話がある。僕の作品が公開初日を迎える前、友人からこんな連絡が来た。
「初日の舞台挨拶。友人と観に行くので5席押させてほしい」
はあ? 何それ? 何でそんなことしなきゃいけないのか? もちろん、映画を観てくれるのは嬉しい。だが、初日舞台挨拶はたいていの場合は争奪戦になる。出演者のファンが前日から並んだりする。その頃はまだネット予約もなく、早く行って並ぶ!ことで席をゲットできたのだ。
それを並ばずに事前に手をまわして席を、それも5席も押さえろとはどういうことか? もし、友人が連れて来る人たちがマスコミ関係者で、映画の記事を新聞に書いてくれる。或はテレビで紹介してくれるというのなら宣伝になるので考えるが、単なる友人なら席を押さえることはできない。
初日というのは映画公開にとってとても大事な日であり、ヒットするか? しないか?を決める。その日は関係者ではなく、一般の人に観てもらい、口コミを広げてもらうことが大事。そんな日に友人を呼んでも、映画の口コミは広がらない。友人はすでに映画の存在を知り、いずれかの機会に観てくれるだろう存在。初日である必要はない。
出演者のファンが初日に観てくれてこそ、その感動や喜びをあちこちで話してくれてこそ意味がある。その旨、友人に話すと、連れてくるのはマスコミ関係者ではなかった。「でも、彼らは友達が多いので、あちこちで宣伝してくれるよ〜」というが、どーだかなぁー。詳しく聞くと単に人気上昇中の出演者たちの舞台挨拶を観たいというだけのようだ。
彼らは友人が僕と親しいので、頼めば裏から手をまわしてもらえると思ったようだ。そして「友達が多いから宣伝する」とメリットがあるかのようにアプローチした。だったら、宣伝しなくていい。本当に観たければ他の人と同じように前日から並べ!
何より、僕と親しいから、宣伝するから。という理由で「初日に席を取れ」というのはダメ。初日は関係者ではなく、一般のお客様のもの。その一般のお客様に来てもらうために、出演者が勢揃いするのだ。それを友人だから、関係者だからと裏から頼んでくるのは絶対に許さない。そう告げると友人はこういう。
「だったら、2日目にもう一度、舞台挨拶をしてよ。でないと、僕の顔が立たない!」
やはり、「監督とは親しいから、席を取らせるよ」とかいっていい顔をしたのだろう。だが、そもそも、監督の一存で舞台挨拶はできない。出演者のスケジュール。映画館側の都合。それらを何ヶ月前から配給会社が調整して行うのだ。数日前に言われてできるものではない。それ以前に単に若手女優を生で観たいだけの連中のために、2度も舞台挨拶をする必要はない。
映画に貢献した訳でなない。会ったこともない。いや、映画に貢献していたとしても、初日に席を取るというのは筋違い。初日は一般のお客様のものだ。観たければ朝から列に並ぶのが筋。それでダメなら仕方のないこと。もう、その友人との縁が切れてもいいと思い断った。僕はその辺、真面目で、友人でも、プロデュサーでも、スポンサーでも、筋の通らぬことはできない。だから損をすることが多い。
でも、友人のせいで5人の一般のお客が映画を観られなくなるのは、あまりにも理不尽。前日から並べばいい。運がよければ当日でも入場できるはずだ。万が一、満員御礼で当日、入れないと嫌なので、裏から手をまわして来ただけなのだ。もちろん、初日に特別招待をする方々もいる。が、皆、それなりの意味がある。単に若手女優を生で観たいというのとは違う。
友人は「だったらいい!」と怒っていた。が、そんな理不尽を通そうとする奴と友達関係を続ける必要はない。結局、彼は上映終了間近に映画館で観てくれたらしい。連れてくるはずだった友人は誰も映画を観ないで終わった。友人は「詰まらない映画だった!」と酷評。そもそも、彼の趣味でないことは分かっていた。が、今も交流は続いている。
ただ、僕が融通の効かない奴だと分かってくれたようだ。映画は身内に便宜を計るより、一般のお客様に観てもらうことが何よりも大事なのだ。
「ファンです!」という人たち。でも、その俳優の映画は見ない? [思い出物語]
もう何年も前になるが、ある町で映画のロケをした。出演している人気俳優のNさんがオフの日に町のカフェを訪れた。そこの店長は彼の大ファン。大喜びでサインをもらい、店に飾ったという。その話を聞いて「それなら!」と、僕はポスターと大量のチラシを持って、その店を訪れた。
「今月の*日から公開。頼むぜ!」というと、店長は「うちの店員は全員Nさんのファンですから!」と笑顔で答えてくれた。店から映画館までは1分足らず。チラシも置くだけでなく、客に配ってくれそうだし、店員さんは毎日でも映画を観に行ってくれそうな勢いだった。
映画が公開され、あの店のチラシもなくなっただろうと思い、再度訪ねてみた。ら、チラシは結構、残っていた。そして「店長さん。映画観てくれた?」と訊くと「忙しいんで、まだ行ってないんですよ」との答え。チラシも店頭に置いているだけで、積極的に配ってくれてはいないようだった。
本当にNさんのファン? そんな気がした。が、レジの横に彼のサインは飾られている。それはウソではないようだった。映画は大ヒットして、3ヶ月のロングランになった。で、三たび店を訪れてみた。チラシは相変わらず残っている。そして店長はいう。
「忙しくて観てないんですよ〜」
店は夜の7時まで、定休日もある。映画は夜の部もあり。毎日上映している。3ヶ月もやっていて行けない訳がない。チラシはすでに他のチラシの下に埋もれている。Nさんのファンといいながら、応援している訳ではないことを感じた。その後、ある人気俳優がその件を解説してくれた。
「ファンです!という人は多いのよ。ま、ウソじゃなくて、サインすれば喜んでくれる。でも、多くの人は私たちの映画や芝居を観に来てくれるほどのファンでなく、たまたまテレビで観ていて、あーこの人いいなーというレベル。私たちの出た映画のチラシを配ってくれたり、宣伝してくれたりというファンは本当に一部。ほとんどはファンだといいながら、ドラマや映画も観てくれない。そのくせ会うとサインしてほしい。写真を撮ってほしいと言われるの...」
なるほど、そういうことか。その店の店長は確かにNさんが好きで憧れを持っていた。といって、わざわざ彼の映画を観に行かない。チラシを配り、彼の映画をより多くの人に観てもらいたいとも思わない。個人的に思うのだが、ファンを名乗り、サインをもらったのなら、それも地元で撮影された映画に彼が出ているのなら、映画を観に行くのが筋ではないか? それも3ヶ月も上映していたのだ。
だが、有名俳優さんはこういう。「ファンってほとんどが、そんな感じよ。ファンはありがたいけど、同時に信頼すると大変な目に遭う。忙しくてサインを断ると、私のブログに悪口を書き込んだり。結構大変」そんな話を聞くと悲しくなるが、近い話は僕のまわりでもよくある。それを思い出すと分かる部分が多い。その後、その店を訪れると、閉店していた。客が来ないので潰れたようだ。
結局、店長や店員たちは映画を観たのだろうか? 経営危機で借金に奔走。時間がなかったのか? でも、店員たちは時間があったはず。それもまた「ファンです!」という人たちなのだと感じる。
映画が公開され、ラジオ番組に出演して回った頃 [思い出物語]
その昔、僕がトラブルメーカーと呼ばれた理由? [思い出物語]
その昔、僕がトラブルメーカーと呼ばれた理由?
以前、先輩から「太田はトラブルメーカーだからな!」とよく言われた。といっても僕は仕事先で暴れたり、怒鳴ったりしたことはない。飲んで取り乱したこともない。にも関わらず、なぜ、トラブルメーカーと呼ばれるようになったのか?
映像の仕事はいろんなことがある。ま、通常の会社でもそうだが、理不尽なことや筋の通らないことがときどきある。上司が無茶なことを言い出したり、これまでの努力が水の泡になることもある。
あるとき、製作会社の社長から直接、任せられていた仕事があり、それが始まるのを待機。他の仕事を入れないでいた。ら、その仕事がすでに違うスタッフがやっているという話を聞いた。どうーなっているのか? 担当者に連絡すると、「別の人間に任せましたよ」という。だったら、まずこちらに連絡をして、同時に謝罪するのが筋というものだ。
そのためにスケジュールを空けて待っていたのだ。仕事がなくなったからと、すぐに別の仕事がある訳ではない。今月の収入がゼロになる。来月どーやって生活すればいい?ということになる。が、担当者は悪びれず「誰に任せるかは、こちらが決めることだよ」と開き直る。が、すでに僕は社長から依頼を受けているのだ。それを部下が勝手に依頼先を変えてどーする?
そんな理不尽なことが映像の世界ではよくある。が、ほとんどは仕事をもらうフリーのスタッフが泣き寝入りして終わる。文句をいって印象を悪くしたら、次から仕事がもらえなくなるからだ。だが、僕は許せなくて、殴り込みに行こうかと考えた。が、それは良くない。徹底して抗議。何週間も揉めて、結局、社長が謝罪した。仕事は戻らなかったが、キャンセル料が出た。そんなことがよくあった。
それを人から見ると「また、太田がトラブルを起こしている」となるのだ。つまり、おとなしく、理不尽に耐えればトラブルは起きない。悔しくても、我慢すれば平穏な日々が続くのだ。仕事もまたもらえるかもしれない。それを抗議するから「トラブルメーカー」と言われるようになった。つまり、僕自身は事件を起こさないのだが、理不尽な奴がいると、黙ってられなくなり、抗議する。それを「またトラブルを起こした」と思われたのだ。
そのために、いくつもの製作会社から追い出され、二度と仕事をくれないプロデュサーも多い。大手の会社から嫌われたことがある。が、踏みつけられているのに笑顔で仕事を続けることはできない。「太田はまっすぐだが、バカだ」と皆に言われた。
けど「トラブルメーカー」と名付けた先輩は意外に僕を理解。原因は他にあること把握していた。ただ、こうもいう。「普通、許せないことでも、相手が会社の人間とか、社長だと、仕方ないなと諦めるのに、お前は平気で抗議する。相手が強気に出たら、余計に対抗して行く。不思議な奴だよな?」
それから10年以上が経ち、今は仕事を依頼されるより、自身で企画し、僕が中心となってプロジェクトを進めることが多くなった。上からものいう奴がいなくなり、その種のもめ事はなくなる。が、こちらが依頼した製作会社や取引しているタレント事務所が理不尽なことを始めたら、対抗処置はとる。バカなことをするプロデュサーは追放し、いい加減な俳優は出入り禁止だ。
けど、それを「また、太田がトラブルを起こしているよ」とはもう言われない。ようやく、トラブルを起こしたのだが誰か? 理解される環境になったということか? ま、僕は言い出したら聞かないので、まわりが何とかしようとしてくれたりはする。ただ「***さんの顔を立てて我慢」とか、「***社とは今後も取引があるので穏便に」にはしない。映画を歪めたり、足を引っ張る奴はそこで終わりと思っている。
「監督。もう少し大人になりましょうよ?」と若いスタッフにも言われたこともあったが、それは譲れない。まわりにいい顔をしたり、無難に仕事ができることではなく。大事なのは素敵な映画を作ること。誰かの機嫌を取ることではない。それも次第に理解されて、今では大きな事件になることは少ない。が、「トラブルメーカー」で居続けることは大切だと思う。
おとなしく、我慢して、理不尽に耐えていても、次のステップには上がれない。大事なのは耐えることではなく、どうすれば問題を解決できるか? を考えることだと思う。喧嘩すればいいというものでないことも分かっている。が、じっとしても問題は解決しない。どんなときでも足掻き、声を上げ、抵抗することは大事。そんなふうに考える。
今まであまり書いたことはないが、実はミステリー小説が好き! [思い出物語]
小学校時代に江戸川乱歩、シャーロック・ホームズに始まり、ルパン、クリスティ、(何で著者と主人公がごっちゃに?)高校時代には金田一耕助、刑事コロンボ、等。大学時代は松本清張、森村誠一を読みあさり。
30代は島田荘司、綾辻行人、我孫子武丸、法月綸太郎、宮部みゆき....監督業を始めてからは、なかなか読書の時間がないが、テレビでは「古畑任三郎」や「ガリレオ」は欠かさず見ている。先日も映画「ソロモンの偽証」(前後編)を2日に渡り観た。
本格ミステリーから、社会派推理小説まで。謎解きが本当に好き。履歴書には趣味=「謎解き」と書きたいほど、謎や動機を解き明かすことに興味惹かれる。少し前だと、福島の原発事故。「日本の原発は絶対に事故は起こらないと言われていたのに、何で事故になったの?」と思えて、大勉強してしまった。最終的には福島に取材に行き、結果、映画まで作ってしまった....
最近だと、イスラム国人質事件。これはさすがに現地に行くことはできないが、ネット関連でいろいろ調べて、事件の経緯を組み立てたり、動機や背景を推理。古賀さんの「アイアム・ノット。アベ」発言まで記事にしてアップ。その批判も分析。ブログで連載した。
が、友人に事件のことを話すと、凄く嫌がられた。「酷い話だから、考えたくない〜」と拒否されることもあったが、それでは一部の人たちの思うつぼ。表面だけ見て、間違った現実を受け止めている人もとても多く残念な思いをした。
そんなふうに現実にもミステリーはたくさん存在している。疑問を感じると、謎解きをしてしまう。テレビニュースでは「****」と言われているが、本当にそうなのか? 「*****はなかった」と口を揃えるが、本当はどうなのか? と考えてしまう。
僕が撮る映画のほとんどは「青春もの」なのだが、いつかミステリー映画を監督したいと思っている。実は、10年以上前に書いたミステリー小説がある。女探偵が活躍する物語で、結構、評価は高い。映画でなく、テレビシリーズで1クール12本でもいい。
ま、12本だと謎を考え出すのに苦労すると思うし、死に物狂いの戦いになるだろうが、2年くらい、それに没頭するのも楽しそうだ。が、その前にまず新作の「向日葵の丘」公開を成功ささねば......ミステリーへの道はまだまだ遠い。
「朝日のあたる家」がシネコンで上映されていた頃④ [思い出物語]
先日の浜松市上映会も大盛況!100人を超える動員で、ほぼ満員御礼となった。映画館公開終了から、もう1年。なのに、多くの人が関心を持ち、映画を見てくれている。2月以降も2カ所から上映依頼が来ている。まだ、正式な発表はできないが、東北と関東地区。お近くの方はぜひ。
写真下は九州のシネコンでロングランヒットを祝い、作ってくれた垂れ幕。映画館の座席、一番後ろに貼られた。公開前に大きなポスターを宣伝で貼ることはあるが、公開後にこのような形でロングランを祝う巨大な垂れ幕を作っることは稀。
映画の大ヒットとロングランがいかに凄いものだったか? 伝わってくる。多くの人の応援で全国30カ所近い映画館、シネコンで公開されたのは2年前。でも、イベント上映会はまだまだ続いている。