テレビでは報道しない真実。細川候補演説が凄いことに! [都知事選14]
小泉元総理が策謀する反原発劇場ー第2幕はこれか? [都知事選14]
先に細川=小泉が真剣に反原発を掲げているのか?
それとも反原発の票を割るために出馬しているのか? 様々な視点で考えた記事を書いた。それが大好評。だからという訳ではないが、細川=小泉の謎をさらに推理してみる。
僕自身が前から一番引っかかっていたのは、なぜ、細川氏が立候補して、小泉さんが応援にまわったか?ということ。真剣に都知事を目指すのであれば、小泉さんが出馬した方が、より可能性が高くなるだろう。人気だけでも舛添さんを簡単に超えるはず。なのに、なぜ、応援なのか?
今回も映画監督的な思考で、
いろいろと考えてみた。その結果、一番、可能性があるのはこれ! 小泉さんの思惑では、都知事選は第1幕。そのあとの第2幕、第3幕があるということだ。だから、第1幕の都知事選で勝った場合は、細川さんが知事となり、原発ゼロをめざす。ただ、都知事の権限だけで全国の原発は止められない。
だから、第2幕を考えた。
そのためには、小泉さんが都知事になってはいけない。動けなくなってしまうからだ。で、細川さんが出馬した。つまり、細川さんの応援を決めたときから、都知事選のあとの戦いー第2幕。第3幕のことを考えていたのである。
では、第2幕。第3幕は何をするのか?
これがなかなか、分からんかったが、昨日、答えが報道された。都知事選で細川さんが勝利しようが、負けようが、小泉さんは、日本各地で反原発を掲げる知事候補を応援してまわるというのだ。
この記事=> http://gendai.net/articles/view/news/147583
そーーーかーーーぁ!
考え着かなかった。それが第2幕なのである。小泉さん。よく、そんな作戦。考えたなあー。都知事だけでなく、多くの知事が大きな力を持っている、新潟の泉田知事も巨大東電と渡り合っている。つまり、都知事選で万が一、細川さんが破れても、第二、第三の泉田知事を生み出して行こうというのが、小泉ー反原発劇場の第2幕なのだ。
日本各地であの小泉演説が行われる。現在、東京では大旋風!あの応援演説は感動の嵐。”小泉のいう通りだ!”聴衆が涙ぐむほど。それが全国各地で行われたらどうなるか?.....何より、応援団が小泉元総理というのは強い!ちなみに今年の知事選は以下の通り。ズラー!
都道府県知事選挙
(確定選挙)
★長崎県 2014年2月2日
★東京都 2014年2月9日
★山口県 2014年2月23日
★石川県 2014年3月16日
★京都府 2014年4月6日
(下記の任期満了知事がおり、満了日の前30日間に選挙が行われる)
滋賀県 2014年7月18日
長野県 2014年8月31日
香川県 2014年9月4日
福島県 2014年11月11日
愛媛県 2014年11月30日
沖縄県 2014年12月9日
和歌山県 2014年12月16日
宮崎県 2015年1月20日
凄いでしょう?
もしかしたら、これだけの数の反原発知事が誕生するかも?それが小泉さんの考える第2幕ではないか? 泉田知事1人でも、あの東電が苦戦しているのに、第二、第三の泉田知事が大群で登場したらどうなるのか?
そう考えると、都知事選に小泉さんが出てはいけない。さらに、そこから分かるのは、小泉純一郎。本当に原発を止めようとしているのではないか?ということだ。それどころか、安倍政権を倒そうとしているとさえ思える。
では、第3幕は何なのか?
実はこれ。想像が着いているのだが、また別の機会に書かせてもらう。さあ、面白くなって来たぞ。まずは、都知事選だ!細川=小泉は本気どころか、現政権への宣戦布告であること。ハッキリしてきた。
細川=小泉コンビをいろんな視点で見てみる [都知事選14]
僕は映画監督という仕事がら、
すぐにものごとを分析したくなる。そしてシナリオを読むように、主人公(自分)の視点だけでなく、悪役や脇役の視点でも考えてみる。そうすると、いろんなことが見えて来る。
都知事選に関して、いろんな新聞や雑誌。テレビ番組をチェックした。多かったのは細川=小泉候補への批判。背景を考える。メディアはほとんど推進派。では、あえて問う。なぜ細川=小泉を叩くのか? 答えは”推進派の舛添候補を勝たせるためだ。
いや、それ以上の理由も見えて来る。
小泉さんの応援演説を聞いた。超ストレートな安倍政権批判。これまで反原発を訴える人たちの台詞を、さらにパワーアップしたレベル。原発批判というより安倍、森を批判している。原発反対では終わらず、安倍政権にストップをかけようとしているようだ。
小泉演説。ノーカット=>http://cinemacinema.blog.so-net.ne.jp/2014-01-23-2
元総理が現総理を批判するなんて、日本国始まって以来ではないか? 反原発を掲げる議員でも、知識人でもここまで辛辣に言う人はいない。何より元総理に批判されると打撃は大きい。事実、原発を基本的なエネルギーに位置づけるという法案が先延ばしになった。
与党内の反原発支持者が同調してはマズい。
舛添が負けるだけでは済まない! つまり、細川=小泉の存在は推進派には脅威。総力を上げてメディアを使い、必死に反撃しているのだ。
推進派マスコミだけでなく、反原発を支持する人たちの一部も細川=小泉を批判する。”あれは芝居だ!反原発票を割るためだ”という。その意見を検証してみよう。もし、そうならあそこまで言わなくていいのではないか?
舛添さんのように”中長期的になくしていく。
すぐになくすのは無理”といえばいい。あとは総理2人の人気で反原発支持の票を奪えば、舛添が有利になる。なのに、”オリンピックは原発なしで出来る!””原発はなくても日本はやって行ける!”とまで断言してしまう。
さらに2人の視点に立って考えれば、引退したままおとなしくいていればいいのだ。選挙なんかに出て落選すれば、歴史に残る笑い者。プライドが高い政治家が、総理にまでなった人たちは、もう金も名誉もいらないはず。最後の最後に大恥かく可能性があることをなぜやるのか?
昇り詰めた政治家が最も避けることをしている。
もし、原発反対の票を割るなら、もっと若い議員を出馬させればいい。若い頃の汚名は挽回できるので、本人も捨て石になるだろう。なのに、御大2人は大き過ぎるリスクがあるのに、なぜ出馬したのか? 答えは想像できる。
次に原発に興味を持たない人たちの視点で考える。元総理2人の演説を聞く。”なるほど、そうだ”と思うだろう。元総理がそこまでいうなら、その通りだと感じるはず。一般の人がいうより説得力がある。そうやって原発問題に関心を持つ人が増える。それだけでも細川さんが立候補したことには意味がある。
いろんな人の視点で見ると、
いろんな疑問が生まれ、その答えを考えることができる。思い出すのは参議院選挙のとき。脱原発の吉良さんを熱烈応援していた友人。最初は山本太郎を否定していた。が、彼の演説を聞いて見直したという。その友人は凄い。批判していたのに演説を聞きに行ったのだ。素晴らしい。
反原発を支持する人の一部には、純粋過ぎるが故に思い込みが強くなり、いろんなことをシャッターアウトする人もいる。が、それでは前に進めない。だから、まず声を聞くこと。原発反対候補も、推進候補の話も聞く。それから判断しても遅くない。
ネットで互いの批判をする前に、
自分の目で耳で確かめることが大事だ。そして考える。今回の選挙は都民の眼力が試されているともいえる。
知事選。誰が敵なのか?もう一度考えよう [都知事選14]
細川支持。宇都宮支持の方々が互いに批判しあっているツイッターやFBの記事をやたらと見る。両者とも反原発。同じ目的を持つ同志を攻撃し合っている。
長々と相手の問題をあげつらい、過去の発言等の新聞記事等もアップして感情的にのししる記事も多い。それを指摘すると、批判の応酬。何度も同じことを書き続ける。
そんな記事を読むたびに、その人が支持する候補者が色あせて行く。こんな極端な人が支持する候補なんだと思えてしまう。”やっぱ脱原発の人ってヘン”と思われるだけでなく、自身で候補者を貶めていることに、その人は気づいていない。
反原発支持のみなさん。敵はMでしょう? 細川元総理が出馬したとたんに、”僕も脱原発です”なんていいだし。そのくせ昨日の会見では”すぐに原発にゼロにはできない” と発言。やる気ないのが見え見え。
要は原発を争点にすると負けるので、誤摩化しているだけ。そもそも、再稼働を強行しようとしている自民党が支持しているのに、脱原発を口にするのは、ウソだと誰でも分かる。
細川ー宇都宮支持者が互いに批判し合って喜ぶのはM陣営だけ。敵の思うつぼ。本当の意味で原発ゼロを掲げない人こそを批判し。それに対して細川、宇都宮の意義を訴えることが大事ではないか?
細川、宇都宮候補の良さを伝えることは、原発ゼロの意味を伝えることにもなる。その声は例えどちちが勝っても、意味のある声となる。批判し合うのではなく、それぞれの候補者の良さを、それぞれが発信するべきだ。敵はあちら側にいること。忘れてはいけない!
元総理が現政府を正面から厳しく批判。小泉節炸裂! [都知事選14]
東京都知事選ー日本国民VS暴走政権の戦い? [都知事選14]
知事選。ここしばらく注目して来たが、宇都宮さんのインタビュー番組を見て、細川元総理と小泉元総理の演説を聞き。ニュースで他の候補の政策を聞き。その他。いろんな人の意見を聞いて感じたこと。
今回は単なる都知事選ではなく。安倍政権VS日本国民の戦いではないか?もちろん、あの人たちに投票すると、戦いではなく、安倍政権+お仲間になって、彼等の勢いを加速させるだけだが。
まともな候補者を選べば、衆参の選挙が数年間ない中で、安倍政権の暴走を止める最後のチャンスにすることができる。それが今回の都知事選だと思いたい。
もちろん、反原発の候補が知事になったからと、すぐに劇的な大きな変化がある訳ではない。が、いろんな展開ができる。
それができなければ、日本は確実に破滅に向かってまっしぐら!になってしまう。そうならないための、意思表示の選挙なのだ。
同時に、都民の意識を問う選挙でもある。福島の事故しょせん他人ごとなのか? 大量の電気を東京に送り続けてくれた新潟を、第二の福島にしてもいい!と思っているのか?
次の原発事故を止めることより、目先の景気回復が大切か?
原発を地方に押し付けて東京は電気を使い続けるのか?”東京さえよければそれでいい!”というのが都民の本音か? ”いや、自分たちが大いなる責任を果たすべきだ”と考えるか?
そのどちらを選ぶか?の選挙でもある。
福島にリスクを押し付けた都民が責任を果たす選挙 [都知事選14]
オリンピックの開催地が日本に決まったとき。
あの国の首相はこういった。「東京は安全です!」ということは、危険なところがあるという意味。もちろん福島だ。今も収束しない原発事故。そのために多くの人が古里を失い。14万人もが帰れないでいる。その悲しみ伝えるために僕は映画「朝日のあたる家」を作った。
そして、今回の都知事選。
テレビインタビューを見ていると「原発問題は国が決めること。知事選とは関係ない」という人がいる。そうだろうか? そもそも、福島で原子力発電をしていたのは東京に電気を送るためだ。都民のために、大きな犠牲を強いられたとさえ言える。なのに都民が関係ないと言えるのか?
東京に電気を送るもうひとつの原発。
新潟の柏崎刈羽。再稼働を迫られている。ここが事故に見舞われたら、今度は新潟県民が犠牲になる。それを止めようとしているのは、新潟の知事。東京都知事ではない。「東京は安全」といわれて安心。「景気をよくしてくれ!」でいいのだろうか?
都民は責任を感じ、新潟の人たちにこれ以上の負担をかけるべきではないのに、インタビューでは「原発より景気」などと多くの人が発言する。新潟も福島と同じ惨劇に見舞われる可能性がある。そう考えれば、都民には大きな責任がある。他県を犠牲にして景気がよくなれば、それでいいのか?
その責任を果たすのが今回の知事選ではないか?
都民が原発の電気に頼らなくても生活できるようになることが、第二の福島を作らないことであり。新潟を守ることにも繋がる。それは国が決めることではなく、都民が自ら決めることではないか? それを実行するために今回の都知事選挙を生かせるはずだ。
反原発候補者を批判する、反原発支持者たちの背景? [都知事選14]
細川、宇都宮候補に対する批判記事
(批判というより誹謗中傷であることが多い)、コメントを書く人を見つけるたびに、その人のFB、ブログに行き、その他の記事を読んでみた。それらの人は推進派ではなく、ほとんどが原発反対、かなり勉強していることが多い。
ただ、自分が支持しない候補者に対しての知識があまりないようだ。聞きかじったことで、あの人は駄目。何もできない。裏切られる。本気じゃない。力がない。と判断。思い込みも強く。論理的でない誹謗中傷に近い批判をしている。
これは昔の田舎町でよくあった構図に似ている。
”最近越して来た***さんは***という噂がある。あれは気をつけないと!”ということで、よそ者を拒否する。噂が本当かどうか分からないのに、調べもしないで信じ込んむ。田舎ではよくある話。そして、正義のためとでもいうかのように、相手を攻撃する。
今回の両候補に対する批判。同じ構図を感じる。要は村社会。皆、自分がよく知っている候補は支持。知らない方は聞きかじった噂、過去に耳にした事件から想像するだけで判断。批判する。そんなふうに”よそ者は出て行け”的な発想が中傷合戦の背景だと思える。
原発反対の人たち同士でも、
よくそんな話を聞く。”俺はチェルノブイリのときから反対している。311から言い出した奴とは違う!”てなことで、若い人をバカにする。”お前はまだ勉強が足りない!もっと勉強してから参加しろ”という人もいる。そんな批判を受け反原発への意欲を失った人も数多くいる。
原発反対は料理人の修行ではないのに、なぜかそんなことを振り回す人がいる。その種の考え方、発想が原発反対運動を小さくしていないだろうか? 新人でも、不勉強でも、よそ者でも、受け入れて行かないと輪が広がらない。今回の都知事選も同じだ。
もし、本当に反原発を願うなら、
相手の主張をまず聞いてみる。相手を知る。その上で論理的な批判すればいい。もしかすると、自分にはない発想、展望を持っているかもしれない。そのことで知識が増える。輪が広がる。出会いがある。単に誰に投票するか?だけで終わっては、この機会を無駄にしてしまう。
今回は単なる都知事選というだけでなく、
原発問題を、福島をもう一度多くの人に考えてもらう機会でもある。なのに、自分たちの輪の中だけで判断、終わってしまうのは、あまりにももったいない。それぞれが支持する候補者の政策や思いを支持者が拡散してこそ。原発問題が多くの人に伝わる。それを実践したい。
「朝日のあたる家」製作と都知事選の共通点? [都知事選14]
昨年暮れに「朝日のあたる家」地元スタッフの忘年会に参加させてもらった。そこで撮影時に大活躍してくれた年配の男性がこんな話をしてくれた。
「最初、ワシらが映画を作るなんて絶対に無理だと思った。製作費を自分たちで1000万集めないといけない!と聞いてさらに無理だと思った。でも、何だかんだで完成した。地元の完成披露上映会では3千人も集まった。かつてないことだよ。
ロサンゼルスの映画祭にも参加、日本は映画館で25カ所も上映。何万人もが観てくれて大成功。こんな展開ができるなんて夢にも思わなかった。途中であきらめずに、映画を作ってよかったと思うよ。
で、何で無事に映画ができたか?考えてみたんだ。製作費集めるにも企業は一切協力してくれんかった。最初は反原発の人たちだけ。でも、その内に映画作りは面白そう!という人たちが参加してきた。テレビに出ている俳優さんを見たいと、手伝いに来た人もいる。地元で作る映画だから協力せな!という人たちも出て来た。
監督の前の映画を応援した浜松の人たちも手伝ってくれた。豊橋の団体も応援してくれた。原発反対でない人もたくさん参加してくれた。そんな人たちがいたから、製作費も集まったし、撮影もできた。反原発の人たちだけでは完成できなかったろう。
原発事故を描いた映画というと、反原発の人たちだけが応援したと思われそうだけど、実はいろんな思いの人が集まったことで完成したんだよなあ...」
今回の東京都知事選を見ていて、その話を思い出した。映画作りも選挙も同じではないか? 反原発支持者が応援するだけでは勝てないのではないか? それ以外の人が数多く賛同することが大切。強い思いがない人が安易に賛同し投票することですら大事。ミーハーな人にも支持してもらうことが大切なのだ。
「朝日」を作ろうとしたとき、「がんばったが、結局完成しなかった」では無意味だと考えていた。完成して、原発事故の悲劇を伝え、福島のことを考える機会を作り、家族の幸せとは何か?を考えるきっかけを作ってこそ意味がある。
選挙も同じだ。もし、その候補者が反原発を掲げるのであれば「がんばったが落選した」では無意味。勝って原発ゼロを実行することに意味が有る。そんなふうに考えると、答えが見てくる。
週刊現代/巻頭特集にコメントさせてもらった [都知事選14]
知事選の論点が原発推進か反対か?ということになり、また原発問題が再加熱している。
その知事選の特集記事で、週刊現代から電話取材を受けた。
細川=小泉、をどう思うか?
こんな場合。いろんな人にコメントを求めているので、採用されないこともよくある。
が、”朝日のあたる家”の監督に意見が聞きたいといってくれたのは嬉しく、
答えさせてもらった。
それが何と、今、発売中の週刊現代に出ている。
2月20 日号。 49p
”細川の大逆襲。小泉の秘策”という特集。
に短いコメントとして数行だが、まさか載せてくれるとは思わず。感激。
機会があれば読んで頂きたい。
同じ号に”ストロベリーフィールズ””青い青い空”に出てくれた
芳賀優里亜さんのグラビアが、
袋とじで着いているのも何か縁か?