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フランダースの犬」なぜ、毎回、悲しいお話なのか?=物語が大人に問いかけること。 [映画感想]

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「フランダースの犬」なぜ、毎回、悲しいお話なのか?=物語が大人に問いかけること。

この物語が放送された日曜の夜の「カルピス劇場」は何か優等生的な感じがあり見ていない。ただ、「最終回」特番等で最終回のラストシーンが紹介されるのは見たことがある。もう、誰もが知る涙なしで見れない場面だ。

昨年からMXTVで再放送が始まった。何の気なしに見始めたのだが、これが凄い。毎回、悲しみの連続!といっても不治の病ではないし、極端な貧乏もない。家族が鬼に殺されるのでもない。なのに毎回、胸が締め付けられれる。

主人公は少年ネロ。両親を幼い頃に失い、お爺さんと2人暮らし。親友とも言えるのが犬のパトラッシュ。そんなネロの田舎の生活を描いた物語。舞台は19世紀のベルギー(これが意外に知られていない。オランダと思っている人が多い)朝、牛から搾ったミルクを大きな缶に入れて、お爺さんと共に小さな荷車で街まで届ける。(パトラッシュが馬の代わりに引く)収入はそれだけ。学校にも行けない。

でも、ネロは絵が上手い。いつか絵の勉強をしたいと思うが、お爺さんのことを考えると、そうもいかない。ネロと仲良しなのが幼なじみのアロア。けど、地主であるアロアのお父さんはネロを嫌っている。彼の下で働くハンスも意地悪だ。大自然を舞台にネロの日常が描かれる。ただ、それだけの話なのだが、心に染みる物語なのだ。

ネロはいつも辛い思いをする。パトラッシュを連れ去ろうとする金物屋。おじいさんからも金を巻き上げようとする。大好きなアロアとの別れ。母代わりだったヌレットおばさんがいなくなる。「神様。何とかしてくれよ!」と叫びたくなる。一体、この作品の製作者は何を視聴者に伝えたいのか?最終回が悲しいのはよく知っているが、それ以前に十分悲しい。アロアとの別れは涙なしで見れない。

ただ、次第にテーマが見えてくる。悲しみに涙を誘うだけの物語ではない。子供番組だが、もしかしたら、一緒に見ている親たちへのメッセージが? ネロが悲しい思いをするのは、いつも大人たちのせい。金、金、金と金物屋。権力と金に従順なハンス。悪人ではないが、常識で凝り固まり、それを押し付けるアロアの父。

そんな人たちのために、ネロやアロアが悲しい思いをする。絵描きになりたいネロの夢を否定し、踏みつける。嫌がるアロアをネロから引き離しイギリスへ留学させてしまう。そんな展開をテレビで子供たちと共に親が見ることで「自分はどうだろう?」「子供たちに間違った価値観を押し付けていないか?」「子供の幸せって何だろう?」「親として大人として、どう子供に接すればいいんだろう?」そんな問いかけをしているように思える。

子供が見るだけの物語ではなく、一緒にテレビを見る両親に「大切なことは何か?」訴え、考えさえる物語ではないか? ただ、この先のエピソード。タイトルだけ見ていると、ネロにはさらに悲しい展開が待っていることが分かる。これは辛すぎる....。そして、あの有名な最終回。見ると立ち直れないかもしれない。でも、これは大人が見なければならない。子供たちの未来を考える物語なのだ。


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