原発事故の真相。驚愕の真実。 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 秋
原発事故問題。
新聞、雑誌だけでなく
専門家の本をいろいろと読んでみた。(写真上)
そうして分かってきたのは、あの3月12日の原発爆発。
あれは単なる水素爆発ではなく、大量の放射能が放出された爆発であり
東京にも多くの放射能が降り注いでいたこと。
当時、僕はすでに寝込んでいて、外出できなかったので知らなかったが、
街を行く人の多くがマスクをしていたという。
知らないのは僕だけ?
新聞記事を調べるまでも、爆発事故は大したことないと
思っていたくらいだから・・。
テレビ報道では
”あれは核爆発ではなく、水素爆発です。放射能は出ていません”
そう言っていたし、
その後の報道を見ていて、事故は収束に向かっていると思えていた。
しかし、大量の放射能が飛び散り、東京まで降り注いでいたとは・・。
放射能についても調べた。
福島第一原発から放出されたセシュウムは、(のちに広島型原爆の168個分と知る)
被曝すると、白血病や癌を発症する可能性が高くなる。
特に子供に対する影響は、大人の4倍だという。
セシュウムの半減期は、30年。
だが、チェルノブイリでは25年経っても、まだ半減していない。
どれも当時のニュースでは、ほとんど伝えていないことばかり。
なぜ、テレビは本当のことを報道しないのか?
”ただちに健康に被害はない”
をくり返してばかりいるのか?
なぜ、危険を伝えずに、安心させようとばかりするのか?
そこにはマスコミと原発の深いかかわり合いがあることが見えて来た。
原発に関連する多くの企業。
省庁との利害関係。政治家たちの思惑。
安全キャンペーンと事実の隠蔽。
ハリウッド映画もビックリの内情が見えて来る。
”カサンドラクロス” か? ”カプリコン1”か?
ウソだろう・・・?
こんなことが日本で起きているなんて・・。
原発は安全だとずっと言ってだろう?
エコなエネルギーって宣伝してただろう? 未来のエネルギーじゃなかったの?
原発事故というのは、単なる事故ではなく
日本という国の終わりの始まりかもしれない、とてつもない事件であること。
数ヶ月遅れて、ようやく知った・・。
(つづく)
カリーナの林檎、チェルノブイリの森 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
4年前の完成時にも、すでに試写で見せてもらっていたが、
改めて先日、見たときは、福島の原発事故後であり、
比べ物にならないほどの衝撃を受けた。
もう、遠いロシアの物語ではなく、それは日本のドラマなのである。
映画紹介ページ=> http://kalina-movie.com/top.html
そんなこともあり、チェルノブイリに行けなかった僕は
さらに原発に興味を持った。
そして、今年3月。日本で原発事故が起きた。
だが、過労でダウンしている僕は、テレビ画面を通じて
見つめるしかない。
少し元気になり、図書館で新聞記事を調べたことから
長年の興味であった原発事故の
衝撃の事実を知って行くことになる・・。
(つづく)
チャイナシンドローム [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
原発事故に興味を持ったのには、理由がある。
アメリカ映画”チャイナシンドローム”
当時、まだ無名だったマイケル・ダグラスがプロデュースした作品。
原発の危険性を指摘していた。
映画公開中にスリーマイルズ島の原発事故があり
それをきっかけに、アメリカは原発推進を止める。
当時、僕は高校生。映画を見て原発は恐ろしいもの・・そんな印象を持った。
時は流れて、1994年。
チェルノブイリ原発事故(1986年)。
それを題材にして先輩監督が映画を撮ることになった。
スタッフも知った人ばかりだし、
”チャイナシンドローム”以来、気になっていた原発。
そしてチェルノブイリの実状も知りたい。
僕も参加したかったが、
監督デビュー作”ストロベリーフィールズ”の撮影前だったの断念。
先輩のチームはロシアへと飛だった。
(撮影は”青い青い空”のカメラマンさんだ! 彼はその作品に参加後
僕の”ストロベリーフィールズ”の撮影を担当。4年後、”青い青い空”もお願いする)
話しは戻る。
そのチェルノブイリを扱った映画
準備のために撮られたドキュメンタリー等も見せてもらう。
想像以上に原発事故が凄惨であることを知る。
その映画こそ。
土曜から公開される”カリーナの林檎 チェルノブイリの森”だ。
つづく
ロサンゼルスでの評判? [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
この春に参加したロサンゼルスの映画祭。
ジャパン・フィルム・フェスティバル・LA
そこで僕の監督作。”青い青い空”が上映された。
そのときに取ったアンケート。その後に届いた。
紹介する。ほんと評価が高い!
「青い青い空」
リトル東京&アーバイン上映時の観客アンケート結果。
最高 70%
よかった 29%
まあまあ 0%
詰まらない 1%
(感想のいくつかをご紹介)
Wish the movie becomes available on DVD! I want to share the story with friends. Thanks!
The movie was very great
I really enjoyed it
Great !
Excellent film! Wonderful emotional Loved it
this movie was so emotional. Well made. For next year I with they add more movies!
Great Film! Awsome!
もう一度チャンスがあったら見たい
久しぶりに心あらわれる思いでした。ありがとう
歌も良かったです!
Please do a Japan film Festival every year!
I really enjoyed it
Very good film!
Very good
素晴らしい映画をありがとう
10年振りの日常生活 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
春にLAから戻り、とうとう過労でダウン。
数ヶ月間、ほぼ寝たきり。
そんな生活も、夏の半ばくらいからは通常の入院生活(?)となってきた。
本を読んだり、テレビを見たりできるようになる。
特に興味のない番組でも、ダラダラ見る。
録画しておいたドラマをDVDで見る。
買ったまま本棚に入っている小説を読む。
そんなことをしていた。
考えてみると、そんなことをするのは10年振りくらいではないか?
この10年。
2本の映画を作るために、生活の全てを注ぎ込んでいた。
それ以外のことをする余裕は全くなし。
テレビをボーと見ている時間があるくらいなら
応援してくれている人たちに経過報告のメール。
演出上で参考になる映画のDVDを見る。
ロケ地となる街の文化や歴史を調べる。
ブログの監督日記を更新する。
起きてから寝るまで、そんな感じだった。
だから、次第に、今の時代がどうなっているのか?分からなくなる。
どんなタレントが人気あるのか?
どんな歌が流行っているのか?
本当に分からなくなる。
あーーあのベストセラーを読んでみたいな・・と思っても
気づくと、5年くらい経っていたり。
その意味で、今回は本当に充電であり。リハビリでもあるようだ。
ただ、体力も気力も十分でないので
本を読むのも、DVDを見るのも、休み休み少しずつ。
それでも充電にはなっている。
(つづく)
自宅入院生活 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
最初は歩いて5分のコンビに弁当を買いに行くだけで、大冒険というほど
フラフラだった。それを2回に分けて食べる。
それが、駅まで行けるようになり
歩いて30分のファミレスにも行けるようになる。
でも、まだ、途中で休憩。
テレビでバラエティ番組が見られるようになり
ニュース番組やドキュメンタリーも見れるようになる。
後者ほど集中力が必要なのだ。
小説が読めるようになり
DVDで映画も見れるようになる。
が、映画を見ると、どうしても仕事になり、もの凄い集中力を使ってしまう。
その点、内容が分かっている過去の作品だと楽。
もう少し元気なり、未見の映画も見れるようになる。
こんなことは会社員が休日に、疲れたときにすること。
それができないというところで、疲労度のレベルを感じる。
映画でも、テレビでも、1時間続けて見ると、しばらく休憩。
そんな体力だった。
でも、よくなってくると、未見の映画も見た。
録画しておいて見ていない作品。勉強のために見なきゃいけない過去の名作。
50本くらいある。そんなものも見始める。
”渚にて” ”トンマッコルへようこそ”
”さらば夏の妹” ”愛と希望の街”等
休養だけでなく、充電期間にもなってきた。
(つづく)
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
僕の監督デビュー作”ストロベリーフィールズ”
交通事故で死んだ3人の女子高生が幽霊になって、この世に戻ってくるという物語。
詳しくはこちら=> http://t-ota.blog.so-net.ne.jp/
命というもの。
映画を作り終え、5年もたった今でも、考えてしまう。
特に自宅入院中で、1日の大半をベッドの上で過ごすとリアルだ。
”人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり”
織田信長が好んだ舞だ。
そんな彼は49歳で亡くなっている。
僕も現在49歳。今年の秋には、ついに50歳になってしまう。
人間50年・・・の時期なのだ。
本当に、”青い青い空”完成後
過労死しても、おかしくなかっただろう。
実際、同じ歳の友人たちが、続けて2人亡くなっている。
おまけに、いつもなら1−2ヶ月寝込めば元気になるのに
今回はすでに3ヶ月目に入っている。
それでも完治せず。寝たり起きたりしているのは
人生を立ち止まり、考えるべき時期でもあるのだろう。
アメリカ留学から帰国して20年。その年月を振り返り
同時に、これからの人生を見つめる。
また、東北大震災によって、日本と言う国が大きく変わってしまった。
戦後以来の大きな変化が訪れると感じる。
日本はどうなって行くのか? 日本人はどこへ行こうとしているのか?
それを見つめる期間・・でもあるように思える。
(つづく)
死んだ友人に新作公開を報告 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
デビュー作が遺作となった映画監督。
林田堅太。享年32歳。
”太田さんの次回作が早く見たいです!”
何度もそう言ってくれた。
彼のアパートの近所にある中華料理屋で、よく餃子を食べながら
一緒に酒を飲んだ。
いつも合い言葉は”そろそろ餃子でも食べませんか?”だった。
あとで、先輩がこう話してくれた、
”林田は自分と同じように、10代の少女を主人公にした映画を撮り
製作費も自分で集めて、本当に撮りたい映画を撮る太田を
凄く頼りにしていたんだ。
お前から学んで、自分もがんばろうと思ってたんだ・・”
そうだったのか・・。
けど、あとに続くものが先に死んでどうする・・。
順番から言えば、年上の僕が先だ。
彼の死から2年後。監督第2作”青い青い空”が公開。
ロケ地である浜松市で先行ロードショー。大ヒットとなった。
過労で自宅入院。少しよくなったとき。
いつもの中華料理に1人で行った。
少し前に改装されて、林田と来たときより広くなっていた。
そこで2杯のビールを頼む。1杯は林田の分だ。
”林田。お前が早く見たい!と言ってくれてた2作目が公開されたぞ。
お前に見せられないのが残念だけど、大ヒットしている。
10代の主人公たちがホント、がんばって演じてるんだ。
林田が見たら、今度は僕の作品に出てほしい・・そういうと思う。
・・・・俺も、今度こそ遺作になるかと思ったけど。まだ、今回も
違うらしい。3ヶ月近く寝込んでいるけど、少しずつ回復している。
林田の分も映画を撮れ!
と神様が言っているのかもな・・”
そう語りかけて、ビールを飲んだ。
(つづく)
若き映画監督の遺言 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
映画界の友人たちが続けて亡くなった。
思い出すのは、数年前に死んだ若い友人・林田堅太のこと。
彼は近所に住んでいて、よく酒を飲んだ。
当時、林田は映画監督デビューを目指して、がんばっていた。
僕と同じように、製作費集めからスタート。
本当に作りたい映画を作ろうとしていた。
僕の前作”ストロベリーフィールズ”を公開時に見てくれている。
号泣していた。
彼もまた死んで行く少女たちの映画を作っていたこともあり
共感し、感動してくれたのだ。
そんな彼に、こんな話をしたことがある。
”ストロベリーが完成したら、死んでもいい! そう思って作った。
デビュー作が遺作って、カッコいいだろ?
毎回、これが最後。遺作だと思ってかかってる・・”
すると林田は困った顔でこういう
”駄目ですよ。太田さんには長生きして、2作目も、3作目も作ってもらわないと!
次の作品。本当に楽しみにしているんですよ!”
しかし、そう言っていた。林田
デビュー作公開後、死んでしまった。
まだ32歳。
葬儀に出た・・・・・。彼の遺影に語りかける。
”デビュー作が遺作は俺の専売特許だったんだぞ・・
若いお前が先に逝ってどうする?”
そんな林田が死んで、ちょうど2年後
”青い青い空”が公開した。
でも、2作目を楽しみにしていた林田には、見せることができない。
その後、僕はドクターストップを無視して、休養を取らず宣伝を続ける。
そして過労で倒れた。
今度こそ駄目かと思う日々が続いたが、月日をかけ回復に向かっている。
”まだ死んでは駄目ですよ。
3作目を撮ってくれないと!”
そう、林田が言っているように思えた。
(つづく)
詳しくはこちら=> http://takafumiota08.blog.so-net.ne.jp/2008-12-06
友人の死。まだ、50歳。 [●「朝日のあたる家」序章 2012]
2011年 夏
このブログ完結後の後日談を書いている。
現在は夏の物語。
墓参りの数日後。訃報が届いた。
自主映画時代からの付き合いで、映画界でも仕事している友人が亡くなった。
僕より1つ上だから、50歳。
数年前にファミレスで会ったのが最後になった。
映画学校で仕事をしていたが、出て来ないで職員が自宅を訪ねたら
死んでいたという。
原因は心不全。
彼も結婚せず、1人暮らし。健康に気をつけてくれる人がいなかったようだ。
人ごとではない。
僕も自宅入院状態がすでに2ヶ月。
回復はゆるやかで、良くなったと思ったら、また寝込んでしまったり。
何だか人ごととは思えない。
このところ、死について考えることが多いな・・。
暑い夏は続く。
(つづく)