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腐り切った社会と政治を見つめる作品が求められている=アメリカン・ニューシネマ時代の再来? [my opinion]

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腐り切った社会と政治を見つめる作品が求められている=アメリカン・ニューシネマ時代の再来?

1960年代以前のハリウッドはエンタテイメント時代。スタジオで巨額な製作費をかけた物語を制作していた。が、それらを次第に明られて、人々は新しい波に注目する。それがアメリカン・ニューシネマである。「イージーライダー」「俺たちに明日はない」「真夜中のカウボーイ」「いちご白書」等の映画。多くはハリウッドを離れてロケに拘った。便利で快適なスタジオ撮影を避けた。そして何よりそれらの作品は時代を反映していた。1960年代後半。ベトナム戦争だ。


物語は明るく楽しいハッピーなものではなく、ひたむきな主人公たちが様々な思いをして、最後は死んで行くものが多かった。見終わって爽やかな感動は残らず、現実の悲しさ。理不尽を痛感する。そんな映画が人気を得ていた。人々は苦しい時、辛い時に映画を見て現実を忘れようとする。なのに、本当に苦しい時には、厳しい現実が描かれた映画を見るようになるのだろう。現実逃避していても何も解決しない。現実を見つめ考えねば!という思いになるのだ。

2021年の今日。不況、原発事故、安倍菅政治、戦争法案、567、枠てんと、出口の見えない暗黒の時代が続いている。ここ1−2年。ドキュメンタリー映画がヒットしている。「はりぼて」「ちむぐりさ」「君はなぜ総理大臣になれないか」「れいわ一揆」そして「ドキュメンタリー沖縄戦」皆、現実を描いた作品だ。理不尽な世の中を見据える作品が多い。これは1960年代のアメリカン・ニューシネマと同じ構図だと思える。


職場の上司がムカつく。給料が安い。恋人と喧嘩。満員電車の通勤。仕事がきつい。そのくらいならアクション映画を見れば気分爽快。政治や社会の問題は映画を見て、現実逃避しても悪夢から覚めることはできない。個人の力で解決はできなくても、まず知ること。把握すること。を始めようとするのだろう。だから、その種の社会派ドキュメンタリー映画がヒットするのだ。ドラマの方でも「半沢直樹」や「シグナル」という作品は理不尽な権力者たちに立ち向かうストーリー。恋にビジネスに頑張るトレンディドラマではない。

今、求められているのは、恋や青春の物語ではないだろう。歪んだ現実を描く作品。テレビや新聞が教えてくれない大切なことを伝える物語だと思える。市民はいつまでも馬鹿ではない。理不尽な社会のからくりを把握した時。大いなる逆襲が始まる。映画やドキュメンタリーはそのきっかけとなり、原動力となる。作り手である我々はそのことを承知した上で作品作りにかからねばと思える。


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