続・なぜ、映画館で上映するべきなのか?(11) [【再掲載】]
「朝日のあたる家」を教育映画にしてはいけない。
それが最初からのテーマ
映画の王道、笑って、ハラハラして、泣いて、感動する。
だけど、映画を見終わったとき、「誰もが原発の危険性を痛感する作品」にしたい。
そう考えた。
「原発危険ですよ! みんなで止めましょう!
子供のためにがんばりましょう」
というメッセージは正しいが、映画の中でそれを連呼すれば
教育映画と同じ、観客はそれを拒否してしまう。
どうすれば伝わるのか?
実は商業主義の映画こそが、その種の表現は得意なのである。
先に紹介した黒澤明監督がまさにその代表
「生きる」を見た人は、心の底から感動して、
「明日から人のためになる生き方をする!」
と誰もが思うはずだ。
つまり、何か大切なことを伝えるのは「教育映画」ではなく
「商業映画」の方が向いていると感じる。
思い出す、もう1本の映画がある。
「チャイナシンドローム」である。
(つづく)
2013-07-27 11:27
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