SSブログ

「朝日のあたる家」製作前にも批判コメントが続いた=いつの時代も誘導される人たちがいる。 [トランプ問題]

60764999_2681749791899308_369149531398340608_n-8d7ef-51fa7-7dd60.jpg

facebook。毎日「1年前の今日」とか「7年前の今日」に書いた記事が表示される。その中で今読んでも意味があるもの。あるいは懐かしいものを再アップする。で、気づいたのは8年前の今頃は「朝日のあたる家」(原発事故の悲劇を描いた映画)の準備中だった。

ただ、その様子綴る記事のはほとんど「限定」になっている。で、思い出したが、当時、原発事故からまだ1年。東電はメルトダウンを認めず、野田総理は「国民のために再稼働します」と宣言した頃。事故の深刻さをまだ理解せず、「大したことなかった」「チェルノブイリにはならなかった」「食べて応援」「福島は気の毒」というようなことをいう人が多い時代。

なので原発事故についての記事、アップするだけで批判コメントが来た。「危険を煽るな!」「福島差別だ!」「放射脳」と書き込まれた。どんな人たちだろうと、その人のアカウントを見ると、ごく普通の人たち。ただ、原発事故の記事はほとんどなく、あっても新聞の「食べて応援」記事のシェア。つまり、原発事故に関心がない。終わったと思っている。彼らにすれば終わったことなのに、あれこれ言う奴がいる。

「ありもしない放射能の危険性を叫んで不安を煽りたいだけだ。許せない。福島の人たちに失礼だ。一言言ってやろう」

と批判コメントを書き込む。イヤがらせとか、個人攻撃という意識はなく、むしろ正義と優しさが溢れる行動だとさえ感じていただろう。だが、今振り返ると実際は、放射能の危険は増大するばかり、福島の被災者は帰宅できない。メルトダウンは隠され続けたのが現実。

それをマスコミが報道をしない、東電にプラスなニュースだけを流したことで、多くの人が鵜呑み。なので危険や現実を伝える人たちがバッシングされた。そんな時代。原発推進派という人たちより、普通の人たちがあれこれ批判をしていた。facebookでは「友達」でない人まで、あこれこれ言ってくる。事故に関心のない「友達」は「監督、ちょっと変ね」「なんか放射脳になったのかな?」とか思ったのか?コメントも「いいね」もなくなった。

ただ、真剣に原発と向き合う人。デモに参加して反対する人。自身の子供たちの将来を真剣に考える人たちからは「応援」が届いた。「ぜひ、原発事故の映画。作ってください!」とても励まされた。その頃と今、とても似ている。「公開」で大統領選を書くと、かつてコメントくれたことのない人たちが「トランプはもう負けたんだよ!バーカ」「DSなんてある訳ないだろう?」「ネトウヨに転向ですか?」というようなコメントが来た。

それらの人のプロフィールも調べたが、原発事故時と同様。大統領選に興味がない。トランプのことはテレビで聞きかじった情報しか持たない。「差別主義者」と信じ込んでいる。トランプ以上にバイデン のことを知らない。そんな人たちであることが分かる。

日本のテレビでは「バイデン が次期大統領に決定」と報道されているので、違う意見だと、「何も知らないくせによ〜」と「我に正義あり」という上から目線も多い。原発の時のような正義感というより、日頃の憂さ晴らしをするためにちょうどいい輩!という感じだろうか? 

「この人何も知らないのね?かわいそうに。トランプがどれだけ酷い人か教えてあげよう」

という親切心の人もいる。が、何も知らないのは自身であることに気付いていない。ただ、悲しいのは原発事故時にそのフェイクを見破り、東電や政府に反対を突きつけていた人たち。彼らもまたトランプの本質を見抜くことができず、同じような批判をしている。ここは限りなく悲しい。そして著名人、文化人たちも。

それをどう捉えるべきなのか? 様々な論点があるが、この先に日本の行末が見えてくるような気がしている。それは悲しいものなのか?新しい希望か?確かめて行きたい。



IMG_1219.jpeg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。