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なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(4ー終) [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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 幸せとは何か?

 それは昔の人が皆持っていたもの。

 貧しくても、それが人々を支えていた。

 それが戦後、どんどんと失われて来た。

 それが「絆」。

 人と人の絆。家族の絆。

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 それが日本人を支えて来た。

 そこにこそ本当の幸せがあるのではないか? 

 でも、それがなかなか分からない。

 人が本当に大事なものを知るのは、実は「不幸」の時代。

 戦争があってこそ、命の大事さが分かる。

 悲しいけど、それが人。

 その意味で原発事故というのは、戦争を越える究極の不幸。

 戦争は降参すれば終わるが、放射能は降参しても何万年も放射線を出し、

 人々を苦しませる。

 そんな原発事故を見つめることで、

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 奪われた家、引き裂かれた家族、バラバラになったクラスメート。

 そんな別れと悲しみを見つめることで、

 本当に大切なことが見えて来るのではないか? 

 それを「朝日のあたる家」で描きたかった。

 それこそが「朝日」を作った意味。

 だからこそ、何があっても原発事故を描く映画を作らねばならなかった。

 それこそが僕が映画を作る意味であり、目的。

 生活のためとか、有名になりたいとか、そんなことではなく、

 映画を作ることで親子に本当に大切なことを伝えられると考えたからだ。

(この項、了)





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なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(3) [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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 そうだ。映画を作ればいい。

 僕のテーマは「親子に伝える大切なこと」

 今こそ、そのテーマを貫く時期ではないか? 

 これを伝えずして、僕が映画監督でい続けることはできない。

 ここで沈黙を決めて、真実を知らない振りして映画を監督し続けたら、

 どんなに後悔するか?

 いや、もう、「親子に伝える映画」なんて二度と口に出来ない。

 だから、作らねば!と思った。

 それともうひとつ。

 単に原発の危険性を伝えたくて「朝日」を作った訳ではない。

 僕のテーマ「親子に伝える」を突き詰めると、

 「人の幸せとは何か?」という問題に突きあたる。

 幸せとは何か? 

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 お金持ちになること。有名になること。大きな家に住むこと。

 日本人は戦後。

 アメリカのようになることが幸せだと思い、

 「お金」と「物」をたくさん手に入れることこそ幸せだ

 と信じて生きて来た。

 しかし、バブル時代に、その両方を手に入れたのに、

 「幸せ」だと感じる人がどれだけいたか? 

 むしろ、何か空しい。大切な物をどこかで失った喪失感が漂っていました。

 そう、幸せは「お金」ではなかった。

 戦後、日本人は「お金」と「物」に走ったけど、

 そのときに捨ててしまったものこそが、一番大切なものではなかったか?

 それは昔の人が皆持っていたもの。

 貧しくても、それが人々を支えていた。

 それが戦後、どんどんと失われて来た。

 それが.....

(つづく)





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なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(2) [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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2013年の記事より
 
 確かに、医学の世界ではまだ放射能の低線被曝の危険性は

 完全に証明されてはいない。

 が、それを待っていると何十年もかかる。

 その間に多くの子供たちが病気になり、原因不明として死を迎えることになる。

 ウクライナでは国を挙げて、その解明に掛かっているが日本は認めようとしない。

 何より原発ビジネスで儲けたい人がたくさんいる。

 これはもう死の商人と同じ。

 危険があるなら、それが可能性が低くても子供たちを守るべきが大人の役目。

 なのに、日本は今、それをせずに、大人たちが金儲けに走っている。

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 子供たちだけではなく、原発事故は日本を壊滅させる可能性もあるのに、

 それを続けようとしている。

 多くの人がそれに抗議。デモが続いていた。

 しかし、僕にはそれを訴える学術的知識も、

 山本太郎さんように、デモの先頭に立ち、情報を発信する知名度も、

 上杉隆さんのようなジャーナリストとして立場もない。

 何もできない。

 日本人として、子供たちが数年後にどんどんと病気になる可能性がありながら

 何もできない。

 いや、できることがある!

 (つづく)

 




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なぜ、原発事故の映画を作ったのか?(1) [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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2013年の記事より

 僕の映画のテーマは「親子につたえる大切なこと」

 今の時代、いろんな問題があり、昔のように簡単に答えが見つからない。

 だから、何かの手がかりになるメッセージを

 映画を通じて伝えるのが僕の映画。

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 「ストロベリーフィールズ」も「青い青い空」も同じ。

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 そんな中、311が起こり、原発事故が起きた。

 興味を持ち、いろいろと調べて行くと

 マスコミの伝えない福島の過酷な状況が見えて来た。

 特に子供たちへの影響が大きい。

 チェルノブイリにも行ったが、事故後に多くの子供が病気になり死んで行った。

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 でも、日本ではそこに目を向けず

 「安全です。直ちに被害はない」

 を繰り返す。なぜ、危険性を認めようとしないのか?

 それは原発ビジネスが儲かるから。

 危険性を認めてしまうと、ビジネスができなくなるから。

 だから、福島から子供を避難させない。

 むしろ、危険な地区に人々を戻そうとする。

 (つづく)

 



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原発事故を描いた映画「朝日のあたる家」=感想「映画終わったあとも、しばらく心がどっかへ行った」 [「朝日」DVD発売ー再掲載]

 
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 和歌山県の中学生、小玉虫シスターズさんの感想


 はーいはいはいはい

 またまた「朝日のあたる家」見てきましたょ。

 今度は家族4人で見ました。

 お父さんお母さんと私たち。映画の中の平田家と同じでーす

 家族で見ると両親と娘たち、それぞれの立場で見れました。

 ここはやっぱり朝日のあたる家の素晴らしいとこですよね。

 それで初めて見たウチのお母さんは

 映画終わったあとも、しばらく心がどっかへ行ってしまってました。

 お母さんは平田お母さんと、気持ちがリンクしたそうです。

 『平田お母さんの気持ちめちゃめちゃわかる。

 私もあんたら(私たちシスターズのこと)が鼻血出したらパニクるやろなぁ。

 朝日のあたる家はホンマに(心が)痛い映画やんな。

 でも映画と同じことが現実にあるんやなぁ。

 お父さんも前に言うてたけど、子供が親より早く死ぬのはアカン。

 絶対にアカンで。』って言ってました。

 帰りの車の中でもいっぱいお話しました。

 『これって真実を告げない国が犯罪をおかしてるんじゃないの?』

 またまたお母さんの言葉が鋭く心を抉りました。

 映画朝日のあたる家、大阪でもっと上映してほしいです。

 そしてもっともっと全国に上映が拡がってほしいです。

 日本人が今1番見るべき映画ですよー

 




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あなたはダマされていないか? 事件の本質を理解しているか? [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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あなたはダマされていないか? 事件の本質を理解しているか?

数年前のことになるが、先輩の監督が酷い目にあった。製作会社から依頼されて映画を監督。常識はずれの低予算映画だった。が、そのスポンサーはカタギの会社の老社長。とても良い人で、自分の古里の素晴らしさを伝えるために自費を投じた映画だった。その思いに共感。厳しい仕事だが、引き受けたという。

ただ、製作費は数百万!信じられない額。

独立系でも最低は3000万円ほど。数百万というのは、深夜ドラマか、映画学校の実習のレベルである。それでも先輩はがんばり、睡眠時間を削り、かなり自腹も切り、映画を完成させた。

が、あとで知ったのは実際の製作費は1000万だったのだ。それを製作会社が7割も取り、残りの数百万で撮影をさせたのだ。通常、製作会社は手数料を取る。でも、20%前後が相場。30%取ると阿漕と言われる。それを70%も取るのは悪徳を超えている。

そして何より、数百万の製作費ではやはり映画学校の実習レベルのものしかできない。スタッフにもまともなギャラは払えず、半分ボランティアのような形。なのに、7割もの製作費を会社が抜いて、暴利をむさぼっていたのである。

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そこで先輩は製作会社のプロデュサーを呼出し、

事情を問い出したが、のらりくらい逃げるばかり。結局、彼は何もせずに数百万の製作費を抜き、映画製作には使わず、自分の利益としたのだ。これは映画界的にも許されない行為だ。

先輩の怒りは収まらず、スポンサーである老社長に訴えた。が、彼は事件が理解できなかった。「まあ、映画はいろいろとお金がかかるのは知っています。製作会社もいろいろ支出があったんだと思いますよ。彼は彼でよくやってくれましたよ」というのだ。古里のために映画を撮ると自腹を切った製作費の大半が、映画に使われず、プロデュサーが自分のものにしたというのに、それが実感として分からないのだ。

「その社長バカなんじゃない?」

と思う人もいるだろう。が、結構、そういう人は多い。僕も経験がある。プロデュサーが無断で監督料を半額にしてしまったことがあった。ギャラを全額もらっても、借金でチャラという状態。なのに、半額にされたら、サラ金の取り立てに追われる生活になってしまう。

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抗議しても埒が空かないので、スポンサーに訴えた。

が、こう言われた。「監督がそんなお金に細かい人とは思わなかった。失望したよ」ため息が出た。先の老社長同じように、誰に問題があるのか?把握できなかったのだ。

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そんな経験は何度かある。

感じたのは、まずトラブルを理解できないこと。そのいい例が先の「報道ステ」古賀さん事件だろう。問題は何なのか? 責任は誰なのか? なぜ、あんな事件が何が起こったか? そうは考えず。「生放送でマジ、喧嘩。すげー」とかいう感想をたくさん聞いた。

「どっちも、どっち!」とか、明らかに本質を見失った批判も多くあった。どちらを支持しても構わないが、事件の背景、それぞれの立場を理解した上でのコメントは多くはなかった。イスラム国人質事件も同じ。「危ない国に行く奴が悪いんだよ。自業自得。殺されても仕方ない!」という意見を多く聞いた。

が、なぜ、後藤さんはシリアに行ったのか? 

どういう背景があるのか? それ以前に彼は湯川さんの救出に行ったことを知らない人も多い。では、湯川さんはなぜ、拉致されたのか? 何のために中東に行ったのか? その辺は報道もされていない。

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なのに「危険なところに行く奴が悪い」と事情も知らずに決めつける人

が多かった。人ごとなのだ。いや、人ごとならいい。先輩の事件のようにスポンサーの老社長が大きな被害を受けているのに、彼はそれに気づいていない。プロデュサーの悪業を分かっていない。手数料を取るなとは言わないが、相場の額にしておけば、スタッフにもまともな額を払い。徹夜徹夜で関係者が苦労することもなく、もっとレベルの高い映画ができたのだ。

それを理解できていない。ろくでもない奴が得をして、まじめにがんばる奴が損をする。スタッフは身を削って、抜かれた制作費の穴埋めをした形だ。なのに「彼は彼なりにがんばってくれた」と問題を起こした人間に感謝。「馬鹿だよねー」と思う人もいるだろう。だが、あなたも同じことをされているはずだ。

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福祉に使うと言って上がった消費税。実は

企業の税金を下げた分の穴埋めのために使われ、ほとんど福祉に使われていない。そのことを知らない人が多い。「でも、お年寄りためだから、仕方ないな」と納得している。そんなことは身の回りでたくさん起きている。人々を踏みつけ、よからぬことを考えている輩を支持し、応援する人もいる。

自分が不利益を被っていることを気づかない内はいい。が、金を取られるだけでなく、健康、仕事、古里、家族、子供まで奪われてから、行動したのでは遅すぎる。今、何が起こっているのか? どんな状態なのか? 問題は何なのか? 誰に責任があるのか? どうすればトラブルを防げるのか? 事態を見つめ、ダマされないように、真実を見極めよう。それが今の時代を生き抜く大切なことだと思えている。





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努力しない人に限って「ノーギャラで来てください!」て言う? [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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2015年3月の記事より

先に「朝日のあたる家」の上映会が多くの人の応援で毎回、盛況であることを書いた。それとは逆に本当に人が来ないイベントもよくある。でも、その種のイベント。必ず問題ある。

例えば、***先生の講演会をする。でも、人が来てくれない。映画の上映会をする。***反対のデモをする。やっぱ人が集まらない。それらのイベント、注意して見ていると、宣伝をあまりしていない。

そんな人たちに限って、僕のところにも「スピーチに来てください」「メッセージをお願いします」といってくる。もちろん、交通費もギャラもなし。依頼文を見ると、ノーギャラは当然という姿勢が見える。交通費等にも一切触れずに「いつなら時間がありますか?」とか言ってくる。

だが、映画監督業というのは、講演会や執筆というのも仕事。というのも監督料は本当に安くて、それだけでは生活できないからだ。なのに、タダでしゃべってほしい。タダで文章を書いてほしいといってくる。ハリウッド監督ならボランティアで環境団体等を支援することもあるが、日本の監督は本当に貧しい。なのに、勘違い。来るのが当然という言い方をする団体もある。

でも、それは引越し屋に行って、ノーギャラで引越しをお願いします。と頼むのと同じ。八百屋に行き、我々は社会のために活動しているのでりんごを一箱、タダでくださいというのと同じなのだ。

さらに問題なのは、そんなことを言ってくる人に限って、彼ら彼女らのFacebookを見ても、自分たちのイベントの告知。タダで出来きるネットでの告知さえ、1回アップしたのみ。ということが多い。なぜ、毎日アップしない。なぜ、何回もアップしない。何度、アップしても料金はかからない。労力を惜しんでいるだけ。なのに、人には会場に来てほしい。スピーチをしてほしい。メッセージを送ってくれと労力のかかることを要求する。

大きな勘違いがあるのではないか? その人たちのやろうとしていること。反原発でも、特定秘密保護法の反対でも、環境問題でも、それ自体は大事なことだ。素晴らしい活動をしている。でも、だからといって、他人をタダ働きさせていいことにはならない。Facebookに1回告知を出しただけで、多くの人がそれを探して読んでくれるとは限らない。

正しいことでも、間違ったことでも、まず自分たちが限界までがんばって、そこで初めて第三者に応援を求める。それでこそ共感を得られて、ボランティアでも応援してくれるのだ。それを自分たちが努力せずに、第三者にノーギャラで来てくれと当然のようにいうのでは、誰も賛同してはくれない。当然、そのイベントの客入りは悪い。なのに、彼らは「理解されていない」「集客がむずかしい」という。

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何かをするというときは、時間とエネルギーを使って伝えなければできない。それを楽してしようとしている。あるいは、正しいことだから、皆、支持してくれるはずだ。と楽観している。今の時代。正しいことを伝えるほどむずかしいことはない。それをまず認識すべき。

「朝日」をタダでレンタルしたいという団体がときどきいる。「儲かったらレンタル料を払います」という。が、自分たちがリスクを背負わずに、上映会をしようという姿勢がもうダメ。責任感が感じられない。やはり、正しいことをするのだから、あたな方も協力すべきだという姿勢が見える。中には「寄付で作った映画なんだから、儲ける必要はないでしょう?」といってくる人がいる。が、それだけで視野の狭い人だと思え、心配になる。

というのも、「朝日」のレンタル料はすでに通常の半額にしている。より多くの人に上映会をしてほしいからだ。なのに、それをさらに値切ろうとする。そして「寄付で作った映画」でも、レンタルの窓口を管理会社にお願いしている。僕は本来の仕事があり、手がまわらないからだ。当然、管理する会社では通信費や発送代がかかる。人件費もいる。ネットで公式HPを出すのも年間に何万円も費用がかかる。それを更新してもらう人にもお礼をせねばならない。そして、宣材を作ったり、自主上映募集の告知等。いろんなことで経費がかかる。個人の利益は一切取っていない。

タダで貸してほしいというのは、「今後、映画の上映募集する宣伝費がなくなっても、自分たちはタダで上映したい」ということ。それでは映画は広がらない。つまり、相手にボランティアやノーギャラを要求する人たちは、自分たちのことで精一杯になってしまって全体が見えていない。だから、全てを安易に考えて、十分な宣伝もせず。イベントが不入りで終わるのである。

これはイベント等だけではなく商売でも同じだ。金がないから宣伝できない。だから店が流行らないと思いがちだが、今の時代。タダで宣伝できるネットというものがある。でも、1、2度告知したくらいでは客は集まらない。では、どうすればいいか? それを考えることが大事。なのに、その手の人の多くは、だったら***さんに来てもらおう。タダで***してもらおうと考える。そして自身は努力をしない。

商売でも上映会でも同じなのだ。だから、僕は「ノーギャラで」「タダで」といってくる人を信頼しない。そんな人に限って十分な努力をしてないからだ。まず、自分ががんばること。人はそれを見ている。本当にがんばれば応援者は現れる。現れなければ、何か自分に問題があるということ。それを改善してまた努力する。そうすれば必ず、展開できる。どんなことでも同じだと思う。





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「そんな奴はおらんやろ〜?」シリーズ❺「悲しくなるので、原発問題は考えないようにしています」という女性 [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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2014年12月

アルバイトをしながら、ミュージシャンを目指す女の子。E子さん。30代。飲み会でお会いした。ライブで歌を聴かせてもらったこともある。心に染みるいい歌を歌う。そんな素敵な歌を歌う女性はどんなことを考えているのか? 興味があった。

僕が「朝日のあたる家」を監督したこともあり、話題は原発問題になった。友人の1人が「E子さんも、原発事故をモチーフにした歌作ったらいいのに!」と発言すると、彼女は急に表情を曇らせる。

「原発事故はちょっと興味があって、事故直後には新聞とかテレビでよくニュースを見ていたんです。本当に酷い事故で、多くの人が避難して、古里を追われて、仕事も、家もなくして、見ていて耐えられなかった.....」

実はE子さんの古里にも原発があり、人ごとではなかったというのもあるようだ。だが、その後の彼女の言葉に驚かされる。

「もし、古里で原発事故があったら、どうしよう? 両親はどうなるのか? 友達はどうなるんだろう。東京の近くで爆発したら。東京でなくても、またどこかの地方で事故が起こったら、また多くの人が古里を失い、辛い目に遭う。なのに、再稼働を進めている。

私から見ても、危険だと思うし、また福島と同じことが起こるかもしれないのに。でも、私には何もできないし、考えれば考えるほど苦しくなるので、原発のことはもう考えないことにしているんです」

えーー、何で? シンガーらしく、自分のことだけでなく、被災者のことや、古里のこと。自分とは何の関係もない地方の人たちのことまで思いやる気持ちがあるのに、考えると苦しいから考えない? どういうこと? 友達の1人がいった。「何もできなくはないさ。E子ちゃんが原発の悲惨さを伝える歌を歌って、多くの人に聴いてもらうえば、いいじゃないか? 或いは被害に遭った人を励ます歌を作ることだってできるだろう? E子ちゃんの歌はそういう力があるよ!」

でも、E子はうつむいたまま、何も言わなくなってしまった。それを見ていて、分かることがある。本論からはそれるが、だからE子はプロになれない。自分が感じる悲しみと対峙せず、逃げよう、考えないようにしようとする。それではアーティストにはなれない。楽しい歌だけ歌いたい。差し障りのないラブソングを書きたい。そんな思いだから素質はあるのに、趣味のレベルから脱することができず、プロとして勝負できない。

が、そのことは今回の文章では問題ではない。E子のようなタイプ。決して多くはないだろうが、そこそこいるような気がする。被災者の人たちの気持ちを思いやる。或いは、もし、事故が起こったら、家族は友達は....と心配する人はいるはずだ。でも、みんな彼女と同じように、「どうせ、私には何もできない」「だから、考えないようにする」「考えても悲しくなるだけ、苦しいだけ」そんな結論になる。

それを一言でいうと「見て見ぬ振りをする」ということだ。あの日、311が原因で原発事故というかつてない大きな悲劇が起きた。その事故は未だに収束せず。福島第一原発からは今も放射能が流れ出し、汚染水は海にタレ流されている。

今も14万人が家に帰れず、未だに狭い狭い仮設住宅で暮らしている。そして、分かったのは、必要と思われた原発がなくても、電気は足りているということ。なのに、再稼働しようとしている人たちがいる。原発問題だけではない。戦争をして、人々を苦しめ、踏みつける国に向かって進んでいる現実もある。

それを知らずに、彼らを支持して、さらに暴走させようとしている人たちがいる。でも、多くの人がその現実に気づきながら、E子と同じように現実から目を背けている。「どうせ、私が選挙に行っても何も変わらない」と自分を納得させる。でも、それは違う。「何も変わらない」ではなく、その人の行動は日本を変える。そう、何もしないことは、日本をより悪くするという作業を応援しているのだ。

今、大事なのは暴走する党を止めること。政権交代はむずかしい。しかし、打撃を与えることはできる。ブレーキをかけることはできる。そのためには、あの党以外が議席数を延ばすこと。勝てない党に入れても駄目。勝てそうな党に入れること。みんなで動けば可能だ。あの党はもともと組織票しかない。それに対して「投票先を決めていません」の人数はその組織票を超える数だ。

E子がいう「悲しくなるから、考えないようにしている」は「暴走するあの党を支持します!」と同じ。現実から目を反らせ、自分の世界に閉じこもることは、彼女が悲しんだ現実をさらに増やすことにつながる。目をつぶってはいけない。みんなで動けば、日本を変えることは可能だと思えている。





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「考える力」シリーズ=日本人がテレビを信じてしまう理由、背後に潜む怖い背景。 [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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僕がよくランチを食べて行く近所の店。

タクシー運転手さんの常連客が多く、マスターを中心にいろんな話をしている。映画監督業をしていると、一般の人との接点が少なくなるので、その店に行くと中高年の男性が何を考え、何に関心を持っているか?がよく分かるのでいい勉強になる。

話を聞いていると、政治経済のことが多く、さすが社会人と思える。居酒屋で学生の飲み会の話に耳を傾けても、その手の話が出ることはない。その店では特にマスターが率先して話をする。「昨日、閣議決定された***法案。あれはとても問題があるんだよ」とか、お客に解説。僕よりもひと世代以上の方なので、やはり政治に対する関心度が高いのだと思えた。

が、ある日。マスターの話を聞いていて、「あれ?」と思えた。どこかで聞いたことあるような........あ、昨夜「報道ステーション」で古館さんが言っていたのと全く同じことを言ってる。それを自分が考えたように、ほとんど一字一句同じことを話していた。通常なら「今日の『報ステ』でキャスターが言ってたんだけど...」という前置きをして話すだろう。でも、そうではない。

ネタ元を隠して、

自分が政治通であることをアピールしたいのか? とも考えたが、『報ステ」は人気番組多くの人が見ているので、すぐにバレる。いつか「それ昨日、古館さんが言ってたことだろう?」と指摘されたら、マスターの信用はがた落ちだ。それにネタ元を隠し、自分の意見としていいたいのなら、出来る限り、表現法を変えて、自分の言葉にして話せばいいのに、それもしない。昨日聞いた報道のまま。なぜだろう?

そこから分かること。ひとつにはマスターは非常に記憶力がいい。話を聞いていて昨日のニュースの再放送かと思うくらいに、正確に内容を伝える。通常、人に聞いた話でも、細部まで覚えておらず「****らしいんだ」「よく分からないけど***ということで」という表現になりがち。それを淡々とよどみなく語る。

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もうひとつには、古館さんの言葉をそのまま伝えているという意識がマスターにないような気がした。先にも上げたように自慢したいのなら表現を変えるだろう。そのまま言えばすぐにバレる。なのに、そのまま話すのは、彼の中ではそれは自分の意見になっているのではないか? 聞いた話でも、何度も話している内に自分が考えたことであると思えて来る経験。ないだろうか?

そこから分かること。

マスターは昨日の「報ステ」を見て、古館さんの解説を理解。それを無意識に自分の意見になってしまい、客に話していたのではないか?よどみなく99%ほど同じ言葉で話す。学習能力が非常に高い人だと思える。しかし、それが古館さんだからいいが、もし、これが御用学者なり、よからぬ思想を持つ政治家だとどうだろう?

というのも、マスターは古館さんの言葉に共感を覚え、その話を店でしたというより、テレビ報道だから、正しいと思いと考え、それをそのままお客にしたのではないかと思えるのだ。マスターだけでなく、多くの人が「テレビが言っていた。テレビで聞いたから本当だ」と思いがち。テレビが嘘ばかり流していること、分かって来たのは最近。311以降である。それでも今も多くの人がテレビは正しいと思い込んでいる。マスターも報道を疑いもせずに人に伝えた。それも「***さんが言っていた」ではなく、自分の意見になっている。

これは怖い話だ。それを利用すれば、間違った法案でも、おかしな条例でも、テレビを通して正しいものだと伝えれば、多くの人がそれを受け止め、自分の意見としてあちこちで話すということだ。

例えば、それを利用して

「景気がよくなった。国民の平均所得が10%上がった」

とテレビで報道すれば多くの人が、「実感はないけど、景気はよくなってるんだ。よかった。よかった」と思うのではないか? 「福島原発事故は収束しました」とテレビで流せば、「そうか、収束か! よかった。よかった」と思ってしまう。そして、都合の悪いことはテレビを通して伝えない。どかこで大掛かりな反対デモがあっても、テレビが伝えなければ、デモは行われなかったのと同じになる。

マスターを見ていて怖いと思ったのは、ニュース報道を受け売りしている意識がないこと。自分の意見だと思い込んでいることだ。このときは古館さんの言葉だったからいいが、そうでない人の言葉でも彼は受け止め。自分が気づかぬ内にそれが自分の意見になってしまうのではないか? いや、マスターだけではない、多くの人が同じ思考をしているのではないか? まるでSF映画。テレビを通じて伝えれば皆、それが自分の意見になる。怖い話だ。

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なぜ、そうなってしまったのか? それは子供の頃からの教育が大きく影響しているのだろう。日本の教育は与えられたことを疑わずに覚える。たくさん暗記した人が優秀とされる。そんな学校で、考える教育はほんの少ししかない。19年もそんな教育を受けてくれば、上から与えられるものは疑わず、記憶するという思考回路ができてしまうのではないか? それがまさに先のマスターである。いや、多くの日本人の思考回路も同じだろう。

でも、そんな思考をする人。

特に記憶力のいい人は企業にとって有効。与えたことを確実にする。上からの命令を疑わない。指示したことがいつの間にか自分の意見になる。完璧なサラリーマンロボット。これは政治家から見ても同じ。マスコミをうまく使えばどうにでもなる。どうも最近、そんなロボット人間を作るのが日本教育の目的だったこと。強く感じる。だが、それでは21世紀を生き残って行くことができないことも、分かって来た。教育で奪われた「考える力」がどれだけ大切か、次第に見えて来た...。





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「朝日のあたる家」=感想「苦しみ、悲しみ、怒りを刻むために観ておきたい映画」 [「朝日」DVD発売ー再掲載]

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 「朝日のあたる家」感想。

 SHさん。

 まさに僕が伝えたかったことを書いてくれている!

 ******************************


 映画「朝日のあたる家」豊橋での特別上映会があり、

 家族で観てきました。

 イチゴ農家のお父さん、家族を大事にしてるお母さん、

 田舎に嫌気がさし家から大学に通いつつも、卒業後は東京へ出たいと願う長女、

 無邪気に明るい次女。

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 原発から60キロのまちで、この家族と、地域の人たちが、

 地震による原発事故によって追い詰められ、避難生活を強いられ、

 ふるさとをはなれていく様子を描いた映画です。

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 幸せとは何か、

 そして(長女が嫌っていたはずの)ふるさとへの思いが、描かれてゆきます。

 全体通じて、福島第一原発の事故の時にあった、被災者の皆さんの大変なご苦労と、

 政府や御用学者などの対応の不誠実さ、

 そして被災された皆さんの苦悩がしっかりと再現されますね。

 すべて、実際に起こっていた「真実」に基づくエピソードだったと思います。

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 薄れることを懸念されている、苦しみ悲しみそして怒りを、

 しっかりと刻むためにも観ておきたい映画だと...感じました。

 最近いつも、私たちに今問われているのは

 「想像力と共感力」ではないかと思うんですね。

 インターネットもこれだけ発達をし、どこで、何が起こっているのか、

 文字面では簡単に情報を得ることができる時代です。

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 だけど、その中で一人一人の人が、どんな境遇におかれているのか、

 どんな思いを感じているのか、

 そこに思いを馳せることがあまりにも薄れてしまっているように思うのです。

 自分と違う状況の誰かに思いを馳せること。

 その人たち含めて、すべての人たちが幸せに生きていけるような世の中にしていくこと。

 震災後2年半を迎えようとしている日本で、失ってはいけない視点だと思うんです。

 興味のあるみなさんは、ぜひ見に行ってください。

 




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