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村上龍の言葉。その意味が分かってくる。「夢を追う」ではない。それしか出来ないのだ? [映画監督のお仕事]

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村上龍の言葉。その意味が分かってくる。「夢を追う」ではない。それしか出来ないのだ?

「スーツを着てネクタイを締め。アタッシュケースを持って颯爽と街を歩くような仕事をしたい」というクラスメートがいた。高校時代である。要はトレンディ・ドラマに出てくるようなサラリーマンをイメージしているのだが、僕らの世代。男の子はほぼ「将来は会社員になるんだろうなあ」思いを持っていた。

実家が魚屋、肉屋、八百屋だとしても、後を継がずに会社に就職。多くがそんな感じだった。大学は都会。卒業しても実家に帰って農業をするのは嫌だ。田舎で就職も嫌。だから、都会に残って、会社に就職。そんな友人も多かった。

それ以外、作家になりたい。歌手になりたい。俳優になりたい。カメラマンになりたい。という友人も極々、わずかにいたが、大学時代に諦めて卒業後は会社員になった。映画学校では「俺は第二のクロサワになる」「キョンキョン主演で映画を撮る」という監督志望者がたくさんいたが、ほとんどが夢破れ、カタギの仕事に就いた。

前にも書いたが、日本という国は夢を追おうとすると、皆が寄ってたかって潰そうとする。止める。邪魔する。否定する。「いい加減に大人になれ」「現実は甘くない」そんな風に諭して、就職を進める。社会も国民も、若者を会社員にしたいかのような感じがする。

昔は終身雇用制で一度、入社すれば定年まで勤められて、安定した生活が送れて安心。定年後も年金がもらえた。が、今は違う。会社が潰れる。リストラされる。クビになる。会社員は安心安全ではない。にも関わらず、今も若者は会社員を目指し、大人たちはそれを後押ししている。

そんな時代でも「作家になんてなれない」「歌手になるのは才能が必要」「俳優は別の世界の人」という風に思い込み。夢を追う努力より、社会に溶け込み、迎合する努力を続ける。何だかプロパガンダのようだ。多くが芸能やクリエイティブの世界に行ってしまわないように、怖がらせ、失望させ、脅しているように思える。

戦時中の「鬼畜米英」のようなもの。「アメリカは卑劣。残忍。だから、日本を守るために戦わねば!」という誘導をした。今でいうとウイルス感染の恐ろしさを煽り、枠店を自主的にさせるようなものだろう。恐怖と不安で国民を誘導する。

僕が20代の時。村上龍はすでに人気作家だった。ベストセラーを連発。テレビ番組の司会までやっていた。ある人が聞いた。「どうすれば作家になれるんですか?」彼は答える。「作家にしかなれない人間しか、作家になれないんですよ」これは「才能がある人しか作家になれない」という意味にも聞こえるが、そうではない。

その意味は次第に分かってきた。「会社員になれる人には作家にはなれない。作家になれる人には会社員になれない。作家以外のどんな仕事をしても、うまく行かない。まともに仕事が出来ない人。ものを書くしか出来ない人だけが作家になれる」という意味なのだ。努力して作家になるとかいうのではない。もちろん努力はするが、その他の仕事ができるようではダメということ。

僕は現在、映画監督という仕事をしている。友人の中には「高校時代からの夢を貫徹した」とか「多くが諦め故郷に帰ったのに、お前は頑張った」と褒めてくれる奴もいる。が、それは違う。村上龍の言う通りなのだ。他の仕事が出来ない。会社員になっていれば3日で上司を殴って辞めていただろう。昔は同級生たちと違い「会社員にはなりたくない」と思っていたが、実は「会社員にはなれない」が正解だったのだ。

バイト時代もよく揉めた。理不尽を許せない。店長の筋が通らない指示によく抗議した。先日、紹介した話も同様。スポーツクラブに入会しても数日で辞めることになる。マスクの件だ。「いつまでも子供だな。我慢が足りないよ」と言う人がいるが、なぜ、多くは我慢できるのか?不思議でならない。ただ、理不尽を我慢できないから、その背景を調べ、追求し解決したくなる。

だから、上の人間と揉める。上は自分たちが都合のいいように、しわ寄せを下に押し付ける。おとなしく下が従えばトラブルにならない。なのに、僕は異議を申したるので対立してしまう。バイトの時は辞める形で終わったが、映画の仕事を始めてからは違う。Pと対立したら「だったら、俺がPをやる!」と言う解決法を取った。理不尽は許せない。そんな思いが原発事故の悲劇を描いた「朝日のあたる家」や「ドキュメンタリー沖縄戦」に繋がった。

原発がある街に住む人たちがなぜ、あんな理不尽な思いをせねばならないのか? 沖縄の人たちがなぜ本土防衛のための捨て石にされたのか? その背景を調べ伝えずにはいられなかった。そういう性格だから会社員は務まらない。バイトをしても揉める。だが、映画を作る仕事なら、それを作品に出来る。他の仕事は務まらなくても、これなら出来る。

村上龍の言うのは、こう言うことではないか? 作家は文章で、僕は映像で思いを伝える。伝えずに生きて行けない。そんなはみ出し者が表現の仕事をするのだろう。すでに60代。同年代は定年の年齢。映画の仕事がなくなっても、もう会社に就職することは出来ない。若い頃は散々「今からでも就職しろ」と親族に言われたが、もう無理だ。

長生きしたいとは思わない。が、死ぬまでにあと数本の映画は撮らねばならない。世の中、理不尽なことだらけ。伝えたいことはまだまだある。




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