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危機管理能力のない日本政府=コロナ感染爆発はこれから?! [コロナウイルス]

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危機管理能力のない日本政府=コロナ感染爆発はこれから?!

「オリンピック延期」を首相、都知事、元首相がようやく言い出した。ここまで開催にこだわるのは、延期による大きな経済的打撃があるからだ。でも、それだけではなく大きな旨味があると思える。だからこだわる。中止になった時の責任を追求されるのを恐れるというもあるだろう。原発や戦争と同じ国策のようなもの。福島原発の汚染水もコントロールされていると嘘までついて獲得したくらいだ。

しかし、テレビで報じられるように海外はとんでもない状態。ニューヨーク、LA、ローマ、ロンドンはゴーストタウン状態。まるでSF映画の一場面。なのに日本はどこ吹く風。満員電車にお花見。ライブにK1大会。この連休は大にぎわいだ。理由の1つは日本人の危機感のなさ。海外のことは他人事。大きな危機なんて起こる訳ない。永遠に平凡な日々が続くと思い込んでいる。もう一つの理由は政府がオリンピックを開きたいために、PCR検査を制限。患者数を上げないようにしていたこと。

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そのことで「日本は大丈夫!」という意識が広がり、連休は大賑わいとなったのだろう。この構図は原発事故と全く同じ。311当時。政府は事故が大したことではないとアピールしようとしたが、実際は日本が壊滅するかもしれない危険性があった。にも関わらず、原発推進ができなくなることを恐れた東電が情報を隠し、事故後は政府も終息したかのようなアピールを続けた。自民が政権を取ってからは加速。多くの日本人は今、原発事故は過去のことと思っている。

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同じように、オリンピックを中止にしたくないので、検査をせず患者数を増やさず。日本の対策はうまく行っているとアピール。それに乗せられた人たちが花見、K1、ショッピングに出かけてしまった。この連休によって爆発的感染が起こる可能性が出てきたのではないか? 今朝のニュースでは小池知事が「首都封鎖」を発言。報道はされないが、かなりの危険性があることが伝えられたのだろう。

先週、大阪知事が感染者予測を発表。でも、それは厚労省は発表を禁じた書類。政府は大きな危機をすでに察知している。もう、流石にオリンピック開催は無理。患者数を隠し切れないと観念したのが政府対応の変化なのだろう。ただ、本当に開催したいなら、徹底して検査をし、患者を増やさないことが大事なのだが、そうはせず。隠蔽に走ったのは原発事故と同じ。もっと言えば太平洋戦争時の大本営発表も同じ。この80年。日本政府の体質は変わっていないということだ。

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そしてほとんどの日本人は戦前、戦中、戦後、現代に至っても、そんな政府に誘導され、乗せられるということ。その意味で日本人は80年間。危険察知能力が変わっていない。政府を疑い、信じるな。自分で考えろ。コロナウイルスは新しい形の戦争と考えた方がいい。日本はこれから爆発的感染が始まると思える。

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コロナウイルス=東京もこうなるのか?  新宿がゴーストタウンになったら。こんな感じ。誰もいない街。 [コロナウイルス]

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コロナウイルス=東京もこうなるのか?

新宿がゴーストタウンになったら。こんな感じ。誰もいない街。



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映画「新聞記者」に感じた疑問⑤ー終 スポンサーを見れば一目瞭然。政府批判の映画でないことは分かる? [「新聞記者」検証]

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現在アンコール上映中の映画「新聞記者」そのフェイクを解き明かす(終)「Fukushima 50 」と同様の誘導がある。

映画「新聞記者」に感じた疑問⑤ー終 スポンサーを見れば一目瞭然。政府批判の映画でないことは分かる?

前回までで疑問は全て解けた。

この映画は「安倍政権批判」とか「政治の闇にメスを入れる」という映画ではなく、昭和40年代に人気だったテレビドラマ「事件記者」タイプの物語を現代版として焼き直したもの。エンタテイメントとして見るべき映画。演出もいい。俳優も素晴らしい。カメラもいい(ただ、新聞社内のシーンだけ「24」的な手振れ感を出そうとしてやり過ぎて船酔いする)面白くできた映画だ。ただ、シナリオはしっかり取材して書いてほしい。まして「原案 望月衣塑子」と謳うのなら記者、新聞社に関しては調べて書くべき。

良くないことだが日本映画では

題材を調べずにシナリオを書くことが結構ある。僕が以前に担当した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」Vシネマだが、意欲作で実際にあった事件を実名で描くというもの。僕はその脚本を担当した。

が、プロデュサーが「時間がないから調べずに書け」と言い出した。「実名で描くのにそんなことは出来ない。あとで告訴されて困るのはあんただ!」と毎日のように衝突。が、彼だけでなく別の作品でも似たようなことがあった。他でもサッカーの物語なのにサッカーを取材せずにシナリオを書けと言われた友人がいる。取材費がないからだ。

だからライターにはサッカー漫画を読んで書く。ネットで適当に調べて書く。脚本家もPも、取材する大切を理解しない人がいる。この「新聞記者」もその1本。思わせ振りの宣伝も問題だが、僕はそちらが気になる。

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それも朝日新聞と東京新聞が協力している作品。いくらでも社内取材は出来たはず。そして内調のあのネット工作部屋を見て爆笑した人も多い。調べる気ゼロ。ネトウヨを想像だけで描いたのだろう。つまり、新聞記者という仕事。新聞社という組織。記事がどのように決まり掲載されるか?(映画のように上司が納得しただけで一面トップに記事はでない)そして政府側、総理、官房長官を描いていない(調べていない)。ほとんど取材せずに作られたドラマ。

昭和40年代に流行った物語の焼き直し。

それを観客に「安倍内閣を斬る」「タブーに挑んだ」と勘違いさせてヒットした作品なのだ。解説に5回も費やしたが、実は簡単に説明することができる。スポンサーを見れば一目瞭然。

まず、KADOKAWA。角川である。

そしてビデオ会社。朝日新聞。多分、こんなやりとりがあっただろう。朝日には「政権を鋭く批判する新聞社が活躍しますと説明。イメージアップになるので出資。角川には「原案を貴社の本にします。映画化すれば売れますよ」そう望月さんの本「新聞記者」は角川書店。だから、全く引用しなくてもクレジットから外せなかったのだ。(角川はあのフェイク映画「Fukushima50」を作った会社でもある。政権批判の映画に出資するなんてありえない)そして、もう1社。それがイオン・グループだ。

「参議院選前に公開します。政権の腐敗を描いた映画です」

そう言われれば「いいねー」と思うだろう。イオンは元民主党の岡田さんのファミリー会社。全員がニコニコ。あと、大事なのは政権を本気で批判しないこと。安倍政権がモデルだと思われないこと。横槍が入るとマズイ。だから官房長官の会見シーンはないし、総理も登場しない。伊藤詩織さんの事件もヒロインは追求しない。まして劇中で分かりやすく解説しない。そんな風に各方面から文句が出ない対応。そして観客には「安倍政権を斬る社会派」というイメージで売る。

商売として見事。

通常、政権を批判する映画は先のような大企業が出資したりしない。スポンサーの名前を見れば「政権を斬る」とか「タブーを破る」という映画でないことはすぐに分かる。物事を見抜く目の大切さ。騙されやすさ。この映画からも多くを学んだ。


追記

「日本の女優は政権を恐れて出演を拒否。

だから韓国から呼んだ」というようなことを関係者が言っていたが、そんなはずはない。探せば「出る」という知名度ある女優が日本にはいる。俳優にも根性ある人は多い。だのに、韓国の女優。その理由。その後、分かった。

この映画が公開後。韓国での上映が発表された。それを考えてのキャスティングだったんだろう。「だから韓国でも受けるように主演は韓国俳優にした」とは言わず「日本の女優は政権を恐れて出演を拒否。だから韓国から呼んだ」と言った方が宣伝になる。「日本の俳優が出演できないセンセーショナルな映画」「暗部に切り込む作品!」というアピールもできる。でも、そんな映画ではなかった。

つまり、日本の女優の多くに拒否された訳ではなく、最初から韓国公開を考えてのキャスティングだと思える。全て計算ずく? 多くの観客が見事に乗せられてしまった。



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映画「新聞記者」に感じた疑問④ 思い込みで見に行き、思い込みで賞賛。観客を誘導するテクニック? [「新聞記者」検証]

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現在アンコール上映中の映画「新聞記者」そのフェイクを解き明かす(終)「Fukushima 50 」と同様の誘導がある。

映画「新聞記者」に感じた疑問④ 思い込みで見に行き、思い込みで賞賛。観客を誘導するテクニック?

これまでのまとめを書く。この映画のヒロインは望月衣塑子さんではない。劇中に登場する政権も安倍政権と似た部分はあるが、モデルにしているわけではない。物語は完全にフィクション。新聞記者や新聞社のあり方を徹底取材したものではなく、作家が想像で書いたものである。それは作品を否定することではなく、同じような映画はたくさんあり、エンタテイメントとして楽しまれている。

言ってみればこの映画は昭和40年代に流行った「事件記者」もの。僕もよく見ていた「特捜記者」もそうだが、記者が政界の腐敗ネタを掴み記事にしようとするが、横槍が入ると言う王道の現代版。今風にするためにネット工作のエピソードや伊藤詩織さんを思わせる事件を取り入れるが、それほど深くは切り込まない。それを多くの人は「望月さんをモデルにした女性記者が安倍政権を斬る映画」だと勘違いしたと言うのが真相。というところまで書いた。

つまり、この映画は娯楽映画なのだ。

ではなぜ、望月さんがモデルでもなく、著書からエピソードを借りるわけでもないのに「原案」とクレジットしたのか? 彼女や前川さんまで特別出演させたか? そしてヤバイ話でもないのに、「ネットで攻撃を受けた」と関係者が発言したり、雑誌が「有名女優が出演拒否したので、韓国の女優を起用した」と記事にしたりしたのか? そのために観客にこう思ったのだ。

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「望月さんがモデル。安倍政権に斬り込む。

かなりヤバイ物語なので有名女優は出演拒否。韓国から呼ぶしかなかった。ネットで攻撃もされるし、伊藤詩織さん事件も描かれている。望月さんや前川さん本人が出ているし、かなり本格的な社会派だろう」

でも、そうではなかった。一般的な娯楽作品。政治や新聞についてもさほど取材せずに、想像で書かれた脚本だった。誤解したのは観客の勝手だ。制作サイドは単なる娯楽作を作ろうとした? そうだろうか? だったらなぜ、フィクションである娯楽作品に望月さんや前川さんを出演させたか? そんな形を取ることはあまりない。また「原案」と言いながら、何の引用もしない望月さんの本。

これらから言えるのは作り手も「リアルな政治ドラマ」と誤解してもらおうという意図があったのではないか? もっと、うがった見方をすれば、「これはタブーを超えた安倍政権批判」と話題にさせたい。ただ、映画がヒットして急に官邸から電話が来て「反政府映画だ!」と言われると困る。だから、物語には安倍も菅も登場しない。伊藤詩織さんの事件も詳しく説明しないし、追求もしない。批判されたら「いえいえ、これは安倍政権がモデルではありません」と言う。実際、架空の政権を架空の記者が追う物語なのだ。

でも、観客には誤解してほしい。

その意味で「特別出演」「原案」そして「主演女優拒否情報」「韓国から女優を呼ぶ」「ネットで攻撃もされている」さらには「参議院選前に公開」という演出をしたのではないか? いけないことではない。映画はその手のあざといくらいの宣伝をするもの。

その思惑は当たり。大ヒットした。僕を含め多くが思い込みで、期待して映画を見た。が、思っていた物語ではなく失望。何ら安倍政権に斬り込んだ映画ではない。内容は昭和40年代の記者ものだ。十分な取材もせずに、書かれた脚本。ただ、一部はそれに気づかず「安倍政権に斬り込んでいる。今、日本人が見るべき映画!」「よくここまで描いた!」と評価するが、どこにも斬り込んではいない。何ら闇の解明もしていない。作り手は安全地帯にいる。

(次回完結)


つづき=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-26-4


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映画「新聞記者」に感じた疑問③ この映画は安倍政権に斬り込む物語ではない? [「新聞記者」検証]

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現在アンコール上映中の映画「新聞記者」そのフェイクを解き明かす
「Fukushima 50 」と同様の誘導がある。


映画「新聞記者」に感じた疑問③ この映画は安倍政権に斬り込む物語でもない?

前回はこの映画のヒロインのモデルは、望月衣塑子さんではないということを説明した。解説にも、パンフレットにも、モデルであるとは書かれておらず、彼女の本が原案だが、そこからエピソードは使われていない。女性記者という部分だけが映画になっている。つまり映画のヒロインは完全な創作であり、望月さんがモデルとかベースではない。ただ、なぜか、彼女の本が原案としてクレジット。特別出演しているので、彼女の物語か?と勘違いする観客が多くいたということ。

では、物語を見てみよう。

ヒロインが追求する政府というのは安倍政権がモデルと思える。これも検証してみよう。まず、伊藤詩織さん事件をモデルにしたと思えるものが劇中で紹介される。が、その事件をヒロインの女記者は追わない。ただ、紹介されるだけだ。本筋は家計学園をモデルにした事件。

そして望月さんをモデルにした訳ではないにしても、彼女の本を「原案」にしているのなら、官房長官の会見の場面をなぜ入れなかったのだろう? 疲れた死神のような俳優。例えば故・天本英夫さんのような俳優に官房長官を演じさせ、ヒロインが食い下がるような場面があれば盛り上がる。が、それはない。菅官房長官を思わす役も登場しない。菅だけでなく、安倍総理を思わせる役も登場しない。もし、安倍政権をモデルにするなら、あの2人を思わせる役は欲しい。なぜ、登場させなかったのか?

伊藤詩織さんがモデルの事件も

劇中で報道されるだけであり、ヒロインの女記者が会見に臨み、直接質問したり、本人の話を聞くという場面はない。事件の再現場面もない。あの事件を思わせる報道が劇中であるだけで、ヒロインは切り込まない。総理も官房長官も出てこない。伊藤詩織さん事件にも切り込まない。もしかしたら、ヒロインが望月さんだと勘違いしたように、劇中で描かれた政権も安倍政権という訳ではないのだろうか?

加計学園を思わせる事件も、

総理と友人による癒着という説明はあるが、総理役と加計孝太郎をモデルにした人物がゴルフをしたり、ビールを飲んだりする場面もない。言葉による説明だけだ。もしかしたら、これも観客が加計学園問題だと勘違いしているだけで、架空の事件という設定なのではないか? もし、加計学園がモデルであり、現実ではできなかったことを追求する物語なら、それらしさを出すはずだが、内容的にもテレビで報道された程度のものしか描かれていない。

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内調のネット工作の場面はどうか? 

他は安倍政権でなくても成り立つが、あのネトウヨ作戦はあの政権が始めたことだ。が、ここもおかしい。実は政治の舞台裏で活躍する知人がいて、その話を聞いた。ネット工作は職員ではなく、一般の人をうまく巻き込んで政府批判者を叩くというやり方。

白いYシャツの公務員があんな風に

官庁内でネット工作をしているわけではないそうだ。他からも聞いたが「内調はいろんな省庁からの出先機関。あの手の作業をするとすぐにバレる」とのこと。つまり、あの場面も創作。

また、ヒロインの新聞記者としての振る舞い、記事が掲載されるまでの経緯もおかしい。「本物の記者に取材してないな!」と元新聞記者がどこかでコメントしていたが、その通りだろう。劇中で編集長らしき男性が承認するだけで簡単に一面トップの記事になっていたが、そんな簡単には行かない。

また、ヒロインは事件の裏付け取材もしていない。この辺はもう創作というより脚本家が調べずに書いたのではないか? 加計学園を思わす事件が物足りないのも、新聞やテレビの情報だけでシナリオを書いた。さらに望月さんにも取材していない? 望月さん本人も「映画を監修していない」という。

安倍政権に斬り込む物語と思いきや、

安倍も菅も登場せず、家計事件も輪郭だけ、新聞社も取材せずに想像で描いている。内調のネット工作も想像。ほとんどが取材せずに、想像で書かれていることが分かる。もし、政権に斬り込むのが目的なら、徹底的に取材して、僕らが知らなかった暗部を暴く展開をフィクションとして見せるはず。でも、それはない。

総合すると、この映画は安倍政権の暗部に斬り込む話ではないということ。従来のエンタテイメント。新聞記者が実際にはない架空の事件を追い、解決するタイプの昔ながらの物語であるということ。では、なんでそんな映画にしたのか? 別方向から見ると意外な答えが出る...。

(続く)

つづき=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-26-3

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映画「新聞記者」に感じた疑問② 驚愕の事実=あの記者がモデルではない? [「新聞記者」検証]

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現在アンコール上映中の映画「新聞記者」そのフェイクを解き明かす
「Fukushima 50 」と同様の誘導がある。


映画「新聞記者」に感じた疑問② 驚愕の事実=あの記者がモデルではない?

大ヒット映画の疑問を語るのは難しい。が、「私も疑問に思えた」「スッキリしない」とのコメントもたくさん頂き、同じように感じている人もいることを知り、僕だけではないと安心。さあ、続きだ。

前回は望月衣塑子・著の「新聞記者」(彼女の記者生活を描いたエッセイ)を原案として描いた映画なのに、俳優は韓国の人。設定は帰国子女に変更され、望月さんの経験がエピソードに生かされていないことを上げ、製作サイドは彼女に対するリスペクトや関心が薄いことを感じた。

アメリカ映画「大統領の陰謀」は

実在のワシントンポスト紙の記者、カール・バーンステインとボブ・ウッドワールドを主人公にした物語で、RレッドフォードとDホフマンが演じた。彼らを日本人にしたり、イタリア人にしたりと言う変更はない。それどころか2人の名優が髪型やファッションまで本人に近づけて演じていた。それに比べると寂しいものがある。

何よりの疑問は望月記者といえば、

官房長官の記者会見を一番に思い出す。無視されたり、質問できてもすぐに「手短に!」と注意を受ける。毎回、まともに答えてはもらえない。なのに望月さんは粘りつよく鋭い質問を繰り返す。そこに共感し応援したくなる。なのになぜ、彼女のそんな行動が描かれていない。そこが一番の疑問点だった。が、あれこれ調べて気がつく...。

日頃から僕は、繰り返しFacebook等で記事にしていることがある。「思い込み」の危険性だ。事実と違うことを思い込み、全体が見れなくなること。それを自身で犯していた。あの映画は望月さんがモデルではない。パンフレットを読み直し、ネットの映画解説、プロデュサーのインタビューも確認したが、モデルとはどこにも書かれていなかった。

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つまり、望月さんの本「新聞記者」を原案にしてはいるが、そこから思いついたフィクションの物語。全くの別物なのだ。「でも、原案だろ?」と思うが、映画に生かしたのは「頑張る女性記者」という部分だけ。だから、韓国の俳優が演じてもいいし、設定を帰国子女にしても問題ない。だって、望月さんじゃないから!実在しないある女性記者の物語なのだ。 


もっといえば彼女の著作「新聞記者」が原案

だと言う必要もない。女刑事のドラマを作るのに原案はいらないのと同じで、女記者もたくさんいる。わざわざ原案を謳い、クレジットする必要はない。だからリスペクトも感じなかったのだ。ではなぜ、わざわざ原案と謳ったのか? さらに、モデルでもない、原作者でもない望月さん本人をなぜ、映画に特別出演させたのか? 

その2つ。原案と特別出演があるから、僕は彼女がモデルの物語と思い込んでしまった。他の観客はどうだろうか? あなたはどうだろう? 「望月さんがモデルではない!」と思って見た人はいるのか? 原案=望月衣塑子。主人公は女新聞記者。本人が映画に特別出演。とくれば多くの人が彼女がモデルであり、主人公だと思うのが通常だ。 

では、なぜ、そんなことをしたのか? 答えは物語をじっくり見ると分かってくる。特に内調のシーンとか...


(続く)

つづき=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-26-2

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映画「新聞記者」に感じた疑問① 原案となった本。読んでいるが.....次々に疑問が? [「新聞記者」検証]

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現在アンコール上映中の映画「新聞記者」そのフェイクを解き明かす
「Fukushima 50 」と同様の誘導がある。



①映画「新聞記者」の原案となった本。読んでいるが.....次々に疑問が?

大ヒット中の映画「新聞記者」とても好評だが、僕はかなり引っかかるものがあった。そこで原作ではなく、原案とクレジットされている東京新聞の記者・望月衣塑子さんが書いた本を読んでいる。これは小説ではなく、子供時代、学生時代、東京新聞入社、新人時代から現代までの自伝的なエッセイである。

読むと、なるほど、あの官房長官に食い下がる彼女の背景がよく分かる。記者というと男性というイメージが強いが(もちろん偏見です)それを彼女は覆している。そんな望月さんの葛藤と活躍。挫折と反省が綴られた本でとても興味深い。だが、半分以上読んだが、引っかかるものがある。彼女のエピソードが映画で生かされてない。

もちろん、原作ではなく原案。

原作でも主人公のキャラクターだけ借りて別の物語ということもある。だが、望月さんという実在の人物をモデルにしているのであれば、名前は変え、多少の設定は変えても何か彼女らしいものは残すはず。逆にそれをしなければ望月さんでなくても良かったということになる。検証しよう。

映画のヒロインは帰国子女で父親も記者。その父が陰謀に嵌められて悲しい末路を辿る。その思いを継いでヒロインは記者を続けるという設定。日本の有名俳優には断られたので韓国の女優が演じたらしい。そのことで帰国子女に変更したのだろう。だが、おかしい。

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どこかの週刊誌では女優の実名を挙げ「反政府のイメージがつくからと断られた」と記事になっていた。(女優の実名が上がることは通常ありえない。これも不可思議。いずれ説明)それが本当だとしても、記事に出た候補者以外で「やりたい!」という日本人女優はきっといただろう。新人であったとしても日本の女優が全て断った訳ではないはず。

そもそも望月さんがモデルの役。

日本人女優で探すべき。なのになぜ、韓国の女優になったのか? そのことで帰国子女に設定を変えねばならない。モデルの望月さんから離れてしまう。ただ、それでも彼女の経験をエピソードに織り込むことはできる。なのに彼女の経験談を綴った本からは、今のところ、それらエピソードを映画に持ち込んでいない。さらに望月さんから離れる。それならオリジナルで女性記者ものにすれば良かったのだ。

彼女の忖度しない行動が有名であり、

その行動に共感するからこそ、映画のモデルに選んだのではないか? なのになぜ、彼女から離れることばかりするのか? もしかしたら、望月さんがモデルではなく、彼女の活躍に触発されて「女性記者ものをやろう」と思いつき、彼女の経験や人生とは関係のない、別物の新聞記者ものを作ったということか? そう思うと、ヒロインが帰国子女で、韓国の女優が演じてもおかしくない。望月さんとは関係のない別物語なのだから。

だが、映画は望月さんがモデルとアピールしているのに、彼女の存在が映画に持ち込まれていない。製作サイドの望月さんに対するリスペクトや興味が感じられない。他にも映画にはいろんな疑問がある。作り込み、外枠、表現、シナリオ。なのに、その問題点を誰も指摘していない。おかしい。このあとも様々な矛盾、疑問点が続々と出て来た。そして驚愕の事実、、、、、

(続く)

つづき=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-26-1


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