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「熱くならない。批判しない」=糸井イズム。80年代に影響された若者たちが今も! [my opinion]

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「熱くならない。批判しない」=糸井イズム。80年代に影響された若者たちが今も!

先日書いた「糸井イズム」ー「熱くならない。批判しない」がカッコいいと80年代に若者に浸透させたのが、コピーライターの糸井重里。「政治?興味ないなあ」がクールだぜーと僕も当時は感じていた。が、そのことで日本人は政治に関心をなくし、政治家たちは身勝手なことができて、日本はこんな国になった。多くの読者から「腑に落ちた」「目から鱗」というコメント多数。また、別のことにも気づいた。

以前に書いたが、ある先輩から「Facebookに愚痴を書くな!」と叱られたことがある。愚痴ではない。批評であり、批判だ。それを先輩は愚痴と解釈した。「愚痴」=言っても仕方のないことを言うこと。「批判、批評」=問題点を挙げて、その理由を考えること。そこから解決策や代案を導き出すためのものだ。が、それを先輩は「愚痴だ」と決めつける。

政治家を批判したり、事件のことをFacebookに書くと注意してくる人たちもいる。「他人を批判するべきではないよ」と軽蔑している感もある。こんな人もいる「俺は人の悪口は言わない主義だ」「人の悪口を言う奴は最低だ」「政治の話はしない」「政治の話をする奴は偏っている」等々。まとめると「批判するのは恥ずかしいこと」に集約できる。

「悪口」=「批判」=「愚痴」=「文句」は同じものだと、解釈している。先輩もそうだし、世間でも、その手の人は多い。嫌なことがあっても我慢。文句は言わない。耐える。それがカッコイイ。しかし、「悪口」「愚痴」と「批判」「批評」は別物だ。20年近くも不況が続くのは政治が悪いからだ。それを批判することがなぜ、いけないのか? 企業は莫大な額を貯めこんでいるのに、それを社員に還元しない。それを批判して何が悪い?

が、多くの人に糸井イズムが浸透していて、批判=文句=愚痴=カッコ悪いと思い込んでいる。「文句を言わない」「愚痴を言わない」さらに「批判しない」「批評しない」だから我慢する。黙っている。それってカッコいい?喜ぶのは政府と企業ばかり。それは何をされても文句を言わない、子羊のような国民と言うこと。

批判どころか、意見を言わない日本人も多い。あれこれ考えると、何か言いたくなる。だから考えない。意見が言えなくなる。批判もしない。それはもうアホ。人間であることをやめている。でも、「考えない」=「批判しない」=「カッコイイ」に結び付けてしまうのが糸井イズム。それで多くの若者が何も考えず、批判もしなくなった。

つまり、支配者側にめちゃめちゃ都合のいい仔羊ちゃんたち。国民は何も考えるな、意見を言うな、批判をするな、ただ従えばイイ。それを推進したのが糸井イズム。実はこれ、ある種の新興宗教が使う洗脳と同じ。オウムでも、どこでもやっている。様々な教義や修行で信者の考える力を奪い。教祖の言うことだけを聞くように洗脳する。だからオウム信者はサリンを平気で巻いた。会社員は安月給で過労死するまで働く。一昨日、糸井さんはこんなツイートをした。

「人間は、たぶんとても弱いのだ。いまこの時期の、人びとのこころには、『自由は苦しい、制約を決めてくれ』という願いが、そこはかとなく漂っているような気がする」



ー怖い。「管理され、命令され、従えば楽だよ」「何も考えずに支配されなさい」と言っているのだ。んー確信犯だったのか...。日本人の急務は糸井イズムからの脱去だろう。その真逆で生きているのが山本太郎だ。熱くなる。そして批判する。その考え方こそがこれからの日本を築く。

前回の記事=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-11



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80年代に憧れたのは「糸井イズム」今、必要なのは「太郎イズム」=若者はこうして政治から興味をなくした? [my opinion]

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80年代に憧れたのは「糸井イズム」今、必要なのは「太郎イズム」=若者はこうして政治から興味をなくした?

糸井重里さんは80年代。僕らの世代のヒーロー的存在だった。何よりコピーライターという新しいカッコいい仕事を認知、広めたた人だ。パルコの「おいしい生活」ウッディアレンを起用したCMが話題になったが、あのコピーが糸井さんである。

本人が出演、当時の人気女優・石原真理子と共演したポカリスエットのCM。NHKの若者向け番組「YOU」の司会。また、矢沢永吉の「成り上がり」も彼がインタビューし、まとめた本。彼は80年代の若者の憧れであり、オピニオンリーダーだった。その後、美人女優と結婚。金も、名誉も、美女も手に入れ、若い世代は「彼みたいになりたい!」と多くがコピーライターを目指した。

「渋谷で石を投げればコピーライター志望に当たる」と言われたほど。が、そんな彼が近年、コピーライター業を辞め「ほぼ日刊イトイ新聞」の発行をするようになってから、批判されるのをよく聞く。過去に彼が作ったコピー「まず総理から」ー戦争を揶揄した有名なものだが、「あれは無理やり書かされた」というような言い訳をしているとの話。また、今回も「Fukushima50」を「2時間ずっと泣いていた」という絶賛のツイートを出して炎上するなど。体制寄りの発言が目立つ。

友人に聞くと、あの新聞は政府がスポンサーだとかで、批判的なことを言えない立場らしい。もともと、コピーライターというのは企業をヨイショする仕事。「裏切った」とかいうことではない。が、先に紹介したツイートを見て、80年代から引っかかっていたものが解明。僕は糸井さんを個人的には知らないし、嫌いではない。が、なぜか引っかかるものがあった。その理由が分かった。

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ある方のツイート。「批判せず、熱くならないのがカッコいい」というのが彼のスタイルと指摘。なるほどと思えた。それが80年代。特に僕ら20歳前後の若者に受けた。僕らの上が「スポ根世代」涙と汗と努力!で、勉強もスポーツも頑張ろう!」というスタイル。その上が全共闘世代。いずれも一生懸命。でも、そんな人たちが頑張り、経済大国日本を築いた。

なのに戦争を知らない、貧しさを知らない僕らの世代は、オヤジたちを見て、汗と涙はカッコ悪いと感じた。そのくせにオヤジたちが築いた経済大国を謳歌した。渋谷や六本木に行き、都会暮らしを満喫。「汗まみれになる仕事は嫌だ。カッコ悪い」そんな時に登場したの糸井重里。「批判せず、熱くならないのがカッコいい」ー共感した。「批判せず」というのは政治のこと。だから、僕らの世代は「政治なんか興味ないねー」はカッコいいと思っていた。

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でも、それでは政治家たちの思う壺。そのために日本は水面下で大いなる搾取の国になって行く。が、経済が伸びていた頃はまだ弊害がなかった。「熱くならない。汗を流さない」で行けた。だからペン1本で短い文を書いて人気者になれるコピーライターに憧れる。もちろん、本当はそんな簡単な仕事じゃない。けど、若者たちはそこまで知らない。同じ理由で大手企業に就職したい。恥ずかしくない会社で働きたい。カッコよく生きたい。

DCブランドがブームもその頃。一流ブランドを着るだけで自分も一流になった気分になる。熱くならず、汗をかかず、カッコよく生きる。そんな若者たちの思いを体現したのが糸井重里だったのだ。決してモデルのようなイケメンではないが「あのくらいなら俺も行けるかも?」と思わせる。テレビやCMで活躍。若者の憧れ。リッチでカッコいい!そして文化人!

が、彼は非常に努力家だと聞く。一行のコピーのために電話帳何冊分の厚さの企画書を書く。でも、若者たちはそれを知らない。表面だけに憧れる。また、糸井さん自身も熱くなり戦う人ではなかったと思える。政権が戦争をしたがれば、察して「あのコピーは無理やり書かされた」といい、思想操作する危険な原発映画を褒める。まさに「批判せず」だ。先のツイッターにさらに綴っていること「いじめを黙認する先生」なのだ。

そんな日本は不況が20年近くも続き、アジアの貧困国に落ちぶれる。もう「批判せず、熱くならないのがカッコいい」なんて言ってられない。単に政治に利用されている都合のいいだけの存在だ。糸井重里が意図したか、時代がそうさせたかは分からないが、熱くならない、批判しない生き方に憧れた日本人たちが、政治家を野放しにして、この国をダメにしたのだ。

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しかし、ようやく、それに気づく人たちが現れる。「批判し、熱くなるのがカッコいい」それがまさに山本太郎なのだ。ただ、糸井世代は今もそれがカッコ悪いと感じてしまう。否定し、認めようとしない。糸井イズムから抜け出せない。が、今の時代に必要なのは太郎イズム。批判し、熱くならないと、政治家たちに利用され、搾取され、さらなる貧困へと突き落とされる。れいわ新選組人気。日本人はようやくそこに気づき始めたのだと思える。

続き=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-18-2


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コロナウイルス騒動は新しい形の戦争=誰が、何のために、どうして?を考える。 [コロナウイルス]

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コロナウイルス騒動は新しい形の戦争=誰が、何のために、どうして?を考える。

「陰謀論。好きだね〜」という人の多くは想像力が貧しい。あるいは目の前の現実で精一杯。21世紀はこれまでに誰も体験したことのない現実や事件と対応せねばなら無くなりそうだ。過去の知識や経験が全く役に立たない状況が生まれてくるだろう。そこでコロナウイルスについて、事情通のある友人に聞いてみた。

「コロナウイルスは新しい形の戦争なんだよ。戦争をしたいある種の人たち。もう、以前のような形だと弊害が多い。ミサイルは建物やインフラまで破壊する。そこで人間だけを殺す細菌兵器での戦争を始めたんだよ」

映画ではその種の話は少なからずある。また、どの国もそんなことを考えて長年研究を続けていると聞く。日本軍でさえ、太平洋戦争中に731石井細菌部隊が捕虜で人体実験をして、ペスト菌が入った爆弾を作り実際に使用している。現代において細菌兵器がない訳がない。もし、コロナが細菌兵器だとすれば、誰がどんな目的で使用したのだろう?

「まず、中国。経済成長が著しいが、今回の件で止めることができる。アメリカも打撃を受けている。そのことでトランプが困る。被害拡大を止められない。支持率が落ちれば、彼を潰したい勢力が喜ぶ。そして増えすぎた人口を削減。各国の社会福祉費を抑える。その辺が目的だと推測できるね」

よく分からないところもあるが、そうかもしれない....と思える部分も多い。だとすると犯人は誰か?

「確定的ではないけど、ディープステイトの可能性が高い。軍を使った戦争はトランプに押さえつけられてもう何も出来ない。そこで軍を使わない反撃でトランプを攻撃。同時に中国にも打撃を与える。日本支配も強める」

つまり、追い詰められ壊滅寸前の彼ら、軍産複合体の最後の反撃ということか? そういえばケネディはベトナム戦争を止め、FRBに手をつけようとして、彼らに暗殺された。同じように、自分たちの利益を奪おうとするトランプを追い詰めるための攻撃はありえる。実はトランプ暗殺計画は何度も行われたが、全て失敗に終わっているらしい。クーデターを起こすにも軍もすでに掌握されている。だから本人を狙わず、中国で細菌兵器を捲く。これは誰にも止められない。

ただ、この攻撃ではトランプを引き摺り下ろし、戦争屋が政権を奪還するまでは行かないだろう。とすると、幕末の白虎隊のように討ち死に覚悟の反撃ということか? 何れにしても、突然変異でウイルスが突然発生して人類を襲ったのではなく、誰かが意図的に拡散したものだろう。これは21世紀に置ける新しい形の戦争なのだと思える。


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