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女川原発 ー311でも大きな被害を出してない。理由は東電の管轄ではないから [原発問題]

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女川原発

ここは311でも大きな被害を出していない。理由は東電の管轄ではないから。東北電力管内だから。同じく太平洋側の東海第二も大きな被害なし。実は津波対策をしていた。管轄はここも東電ではない。

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上写真はPR館。来館すると記念にボールペンがもらえた。もちろん、僕らが払った電気代で購入したものだろう。

原発事故の悲劇を描いた映画「朝日のあたる家」(山本太郎出演)
公式HP=> http://www.asahinoataruie.jp

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駅で見たポスター なるほど!公務員(自衛隊)は「国民」を守るのではなく 「国家」を守る仕事? [2020]

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昨日、駅で見たポスター

なるほど!公務員(自衛隊)は「国民」を守るのではなく

「国家」を守る仕事なのね?太平洋戦争時代と同じ。

沖縄戦も住民を守らず、犠牲を強いても日本国を守る戦いだったしね。


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原発事故関係の本。読みづらい。ー理由を考えた。 [原発問題]

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原発事故関係の本。読みづらい。ー理由を考えた。

原発事故の追加勉強で読んでいるが、新聞記者や弁護士の書く文章は非常に読みづらい。教科書や専門書を読むような感じ。何を言っているのか分からない?結局、どうなのか?が伝わらない部分もある。

特に記者の場合。新聞記事を読めば多くの読者が感じることだと思うが、視点は誰なのか? 個人ではなく三人称?それって神の視点?書いてるのは人間だろ?記者だろ?何で上から目線?とか感じる。対して週刊誌は一人称が多く、読みやすく分かりやすい。

どうも、新聞社の伝統なのか?プライドが高いのか?独特の書き方。そんなことが若者が新聞を読まない。ー僕が10代の頃からーと言われ、発行部数を下げて来た背景ではないか?僕自身の読む力が低いので、読みづらいのか?と長年思っていたが、それだけではないと思える。


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NHKでも指摘。東電は大津波を防ぐ機会があったのに、あえて潰し原発事故を招いた。 [原発問題]

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NHKでも指摘。東電は大津波を防ぐ機会があったのに、あえて潰し原発事故を招いた。

昨日、アップした記事。「東電原発裁判ー福島原発事故の責任を問うー」(岩波新書 添田孝史)の内容を紹介し、東電の呆れた体質を伝えた。先日放送されたNHK番組の再放送を見ると、同じことを指摘していた。

原発事故までに3回の津波予測がされ、対応のチャンスがあったのにいずれも東電が潰してしまい、あの事故を招いたと伝えていた。物事を証明するには複数の意見を見る必要があるが、元朝日新聞の科学記者が調べたこと。裁判での判決。そしてNHKが同じ結論にたどり着いている。東電の体質。危険を察知しても、対策を講じるより、その指摘を潰すために金と労力をかける。

まあ、安倍政権のコロナ対策と似ているが、どちらも日本をメチャメチャにしている。そんな体質の組織や会社は改善ではなく、解体して、作り直さないと何度も同じ過ちを繰り返す。公開中の映画「F50」も同様。NHK が指摘した津波の予測を一切描かず、東電職員は命をかけて頑張り日本を救ったという嘘の物語を作り上げている。こちらも東電体質だ。

昨日の記事=> https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-19-3

NHK=> https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586233/?fbclid=IwAR3cC7a_k2g1-kO0mfsU6ZUS6J9Ld_70uqZMudYTMnKCuFNY0VKfxPomsFY


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週刊文春ー話題の記事。朝1番に書い、マックで読み始めた。が、辛すぎる。 [事件]

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週刊文春ー話題の記事。朝1番に書い、マックで読み始めた。が、辛すぎる。

辛すぎて、一気に読めない。財務省職員の苦悩。追い詰められ死を考える。

誰のせいか? そう、あの能天気な人の軽々しい発言がきっかけだ。




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誤魔化しと隠蔽の体質ーそれが東電。映画「F50」もそれを引き継いだ? [Fukushima50を検証]

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誤魔化しと隠蔽の体質ーそれが東京電力。映画「F50」もそれを引き継いでいるのか?

「東電原発裁判ー福島原発事故の責任を問うー」(岩波新書 添田孝史)は裁判を通じて分かったこと。様々な資料から事故の真相を明かし、責任を問うもの。読んで分かるのは、東電という会社は本当に誤魔化しと、嘘と、隠蔽に金と労力をかけて、本来の意味での安全対策をいかにしないで済ませるか?ばかり考えている会社であるということ。

映画「Fukushima50」で英雄のように描かれている吉田所長(渡辺謙が演じた)は2007年から2010年までの津波想定を担当する原子力設備管理部長を務めていて政府事故調にはこう答えている。

「こんなところで(津波が)起きたらどうだと言っているだけの話ですから、それを本当にいろいろな先生の指示を得られるかというと、いろいろ聞いても、荒唐無稽といったらおかしいですけれども、そうおっしゃる人もたくさんいて」

つまりは「そんな大津波は起こらないと専門家も言ってるんだよ」ーという意味。そして東電は学者たちには意見を聞くたびに金を渡し、東電側に都合のいい証言をしてもらう。そんなことを繰り返している。今、問題となっているコロナウイルス対策がダブる(2020年3月時点)。政府もオリンピックを本当に開催したいのであれば、検査を減らして、患者数を上げないという誤魔化しをするより、正確な患者数を把握して治療し、感染を防ぐべき。

同じように東電も、津波対策をするのではなく、「津波は来ない。対策の必要はない」と決めつけ危険な原発稼働を続けたのだ。2017年3月17日。前橋地裁で下された判決でも「東電は津波を予見し事故を防ぐことをできた」とし、住民への賠償を指示している。なのに、当時、東電の幹部が言っていたのは「1000年に1度の大津波。想定外。事故は仕方ない」という言い訳。だが、東電側は想定していた。費用をかけたくなかっただけなのだ。

それが東京電力の体質なのだ。映画では吉田所長と共に50人が残り、命がけで事故と戦った姿が描かれているが、何年も前に事故は想定されていた訳で、その時に対応しなかったツケを払わせれたということなのに、映画では「あの50人が日本を救った」と描いている。後になり嘘を交えて自己弁護に走る映画は、まさに東電の体質そのもの。東電を描くために映画の演出も東電風にしたということなのだろうか? 酷い話である。


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コロナウイルスは騒動ではなく、新しい形の戦争? 結果、日本は大きく変わる? [コロナウイルス]

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コロナウイルスは騒動ではなく、新しい形の戦争だ。結果、日本は大きく変わる。

最初は懐疑的だった。「新型インフルエンザで騒いで、テレビは視聴率を上げようとしてんのか?」と感じていたが、日を追うごとに「あれ?」と思う。一番、引っかかったのは「感染率は高いが、死亡率は低い」という報道。だったら、そこまで騒がなくても?と思えたこと。海外でも対応に右往左往。報道できない重大なことがあるんじゃないか? 隠しているのでは?ということか?

その後の展開を見ていると、とんでもないことになった。飲食店、イベントは人が大きな被害を受け。電通、資生堂も自宅勤務。ディズニーランド、UFJも休業。ショッピングセンターも閑散としている。日本政府の対応は後手後手で、未だにPCR検査を大々的にやらない。患者数を上げないようにして、この場に及んでもオリンピック開催にこだわるからだ。アメリカはカナダとの国境も閉鎖。ニューヨークではブロードウェイ、映画館も休業。戒厳令が出そうな勢い。

僕も50年以上生きているが、こんな事態は初めて。リーマンショックや東日本大震災。原発事故は経験したが、それらとは違う。経験はしていないが、あえて近いものをあげると「戦時中」なのではないか? 他国と戦争が始まる。映画、演劇は中止。飲食街は閑散。国民は家で待機。被害はどんどん拡大。爆弾が落とされないだけで、細菌兵器を使った新しい時代の戦争と言えるのではないか?

建物は破壊されないが、目に見える爆弾やミサイルは飛んで来ないが、目に見えないウイルスが襲ってくる。ある意味で世界大戦の構図。違うのは国が敵ではなく、ウイルスであること。ただ、どの国も大きな犠牲が出るのは戦争と同様。もはやインフルエンザの蔓延とかいう状態ではなく、やはり「戦争」が進行中というのが近いと思える。

今後はどうなるのか? 戦争は大きな被害を与える。そのことで世界は大きく変わる。日本も太平洋戦争後に民主主義国家となった。同じ展開でいうと黒船来航から江戸幕府が開国。近代化を歩んだ。そのレベルの事態と思える。コロナウイルスによって日本の経済が破壊され、ゼロから立て直さなければならない事態になるはず。それは以前に戻るのではなく、歴史に学べば別の新しい展開をすることになるだろう。

多くが病に苦しみ、死亡者数も増えるだろう。だが、日本を暴走させた人の多くは戦後に淘汰されたように(そこで生き残ったのがあの総理の祖父)時代の波は国も世界も変えて行く。今回も日本を食い物にしている人たち(その祖父の孫たち)も淘汰され、新しい時代を迎える。大いなる力。時代の波による時代の変化になるように思える。価値観も方法論も大きく変わるはず。僕らはそんな新しい時代をどう生きて行けばいいのか?


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「熱くならない。批判しない」=80年代に影響された若者たちが今も! [my opinion]

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先日書いた記事ー「熱くならない。批判しない」がカッコいいと80年代に若者に浸透させたのが、コピーライターの糸井さん。「政治?興味ないなあ」がクールだぜーと、若い人は政治に関心をなくす。そのことで政治家たちが好き勝手、日本はこんな国になった。という記事を書いたら、多くの読者から「腑に落ちた」「目から鱗」というコメント多数頂いた。で、もう少し書いてみる。

ある先輩から「Facebookに愚痴を書くな!」と叱られたことがある。愚痴ではない。批評であり、批判だ。それを先輩は「愚痴」と解釈した。「愚痴」は言っても仕方のないことを言うこと。「批判、批評」は問題点を挙げて、その理由を考えること。そこから解決策や代案を導き出すためのもの。それを先輩は「愚痴だ」と決めつける。また、こんな人もいる「俺は人の悪口は言わない主義だ」「人の悪口を言う奴は最低だ」「私は政治の話はしません」「政治の話をする奴は気をつけないとな」等々。まとめると「批判するのは恥ずかしい。良くない」に集約できる。

「悪口」=「批判」=「愚痴」=「文句」は同じものだという、解釈でもある。嫌なことがあっても我慢。文句は言わない。耐える。それが大事。カッコイイと思う人もいるだろう。しかし、「悪口」「愚痴」と「批判」「批評」は別物だ。20年近くも不況が続くのは政治が悪いから。批判してなぜ、いけないのか? 企業は莫大な額を貯めこんでいるのに、それを社員に還元しない。批判して何が悪い?

多くの人に前回書いた糸井イズムが浸透していて、批判=文句=愚痴=「カッコ悪い」と思い込んでいるようだ。「文句を言わない」「愚痴を言わない」さらに「批判しない」「批評しない」それって喜ぶのは政府と企業だけ。それは何をされても文句を言わない、子羊のような国民と言うこと。

批判どころか、意見を言わない日本人も多い。そんな友人に聞いたらこう答えた。「あれこれ考えると、文句を言いたくなる。でも、言っても無駄。何も変わらない。だから考えないようにする」そしてこうもいう「私、原発とか興味ないから。政治? 関係ないし」友人はそれがかっこいいと思っているようだが、単なるアホ。人間であることをやめている。そんな風に「考えない」=「批判しない」=「カッコイイ」に結び付けたのが糸井イズム。それで多くの若者が何も考えず、批判もしなくなった。

つまり、支配者側に都合のいい仔羊なのだ。「国民は何も考えるな、意見を言うな、批判をするな、ただ従えばイイ」それを推進したのが糸井イズム。これ、新興宗教が良く使う洗脳と同じ。オウムでも、どこでもやっている。様々な教義や修行で信者の考える力を奪い。教祖の言うことだけを聞くように洗脳する。だからオウム信者はサリンをまいた。会社員は安月給で過労死するまで働く。それと同じ洗脳が80年代行われていたと感じる。一昨日、糸井さんはこんなツイートをした。

「人間は、たぶんとても弱いのだ。いまこの時期の、人びとのこころには、『自由は苦しい、制約を決めてくれ』という願いが、そこはかとなく漂っているような気がする」

怖い...。「管理され、命令され、従えば楽だよ」「何も考えずに支配されなさい」と言っているのだ。んー確信犯だったのか...。日本人の急務は糸井イズムからの脱去だろう。その真逆で生きているのが山本太郎だ。熱くなる。そして批判する。その考え方こそがこれからの日本を築くはずだ。

前回の記事=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-11



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80年代に憧れたのはあの「イズム」今、必要なのは「太郎イズム」=若者はこうして政治から興味をなくした? [my opinion]

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80年代に憧れたのはあの「イズム」今、必要なのは「太郎イズム」=若者はこうして政治から興味をなくした?

糸井重里さんは80年代。僕らの世代のヒーロー的存在だった。何よりコピーライターという新しいカッコいい仕事を認知、広めたた人だ。パルコの「おいしい生活」ウッディアレンを起用したCMが話題になったが、あのコピーが糸井さんである。

本人が出演、当時の人気女優・石原真理子と共演したポカリスエットのCM。NHKの若者向け番組「YOU」の司会。また、矢沢永吉の「成り上がり」も彼がインタビューし、まとめた本。彼は80年代の若者の憧れであり、オピニオンリーダーだった。その後、美人女優と結婚。金も、名誉も、美女も手に入れ、若い世代は「彼みたいになりたい!」と多くがコピーライターを目指した。

「渋谷で石を投げればコピーライター志望に当たる」と言われたほど。が、そんな彼が近年、コピーライター業を辞め「ほぼ日刊イトイ新聞」の発行をするようになってから、批判されるのをよく聞く。過去に彼が作ったコピー「まず総理から」ー戦争を揶揄した有名なものだが、「あれは無理やり書かされた」というような言い訳をしているとの話。また、今回も「Fukushima50」を「2時間ずっと泣いていた」という絶賛のツイートを出して炎上するなど。体制寄りの発言が目立つ。

友人に聞くと、あの新聞は政府がスポンサーだとかで、批判的なことを言えない立場らしい。もともと、コピーライターというのは企業をヨイショする仕事。「裏切った」とかいうことではない。が、あるツイートを見て、80年代から引っかかっていたものが解明できた。糸井さんを個人的には知らないし、嫌いではない。が、なぜか引っかかるものがあった。その理由が分かった。

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ある方のツイート。「批判せず、熱くならないのがカッコいい」というのが彼のスタイルと指摘。なるほど。それが80年代。特に20歳前後の若者に受けた。僕らの上が「スポ根世代」涙と汗と努力!で、勉強もスポーツも頑張ろう!」というスタイル。その上が全共闘世代。いずれも一生懸命。でも、そんな人たちが頑張り、経済大国日本を築いた。

なのに戦争を知らない、貧しさを知らない僕らの世代は、オヤジたちを見て、汗と涙はカッコ悪いと感じた。そのくせにオヤジたちが築いた経済大国を謳歌した。渋谷や六本木に行き、都会暮らしを満喫。「汗まみれになる仕事は嫌だ。カッコ悪い」そんな時に登場したの糸井重里。「批判せず、熱くならないのがカッコいい」ー共感した。「批判せず」というのは政治のこと。だから、僕らの世代は「政治なんか興味ないねー」はカッコいいと思っていた。

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でも、それは政治家たちの思う壺。日本は水面下で大いなる搾取の国になって行った。経済が伸びていた頃は弊害がなかった。「熱くならない。汗を流さない」で行けた。だからペン1本で短い文を書いて人気者になれるコピーライターに憧れる。もちろん、本当はそんな簡単な仕事じゃない。けど、若者たちはそこまで知らない。同じ理由で大手企業に就職したい。恥ずかしくない会社で働きたい。カッコよく生きたい。

DCブランドがブームもその頃。一流ブランドを着るだけで、自分も一流になった気分になる。熱くならず、汗をかかず、カッコよく生きる。そんな若者たちの思いを体現したのが糸井重里だった。決してモデルのようなイケメンではないが「あのくらいなら俺も行ける?」と思わせる。テレビやCMで活躍。若者の憧れ。リッチでカッコいい!そして文化人!

が、彼は非常に努力家。一行のコピーのために電話帳何冊分の厚さの企画書を書く。若者たちはそれを知らない。表面だけに憧れる。ただ、糸井さん自身も熱くなり戦う人ではなかったと思える。政権が戦争をしたがれば、察して「あのコピーは無理やり書かされた」といい、思想操作する危険な原発映画を絶賛する。まさに「批判せず」だ。先のツイッターにさらに綴っていることがこれ「彼はいじめを黙認する先生」。

そんな日本は不況が20年近くも続き、アジアの貧困国に落ちぶれた。もう「批判せず、熱くならないのがカッコいい」なんて言ってられない。単に政治に利用されている都合のいいだけの存在だ。糸井重里が意図したか、時代がそうさせたかは分からないが、熱くならない、批判しない生き方に憧れた日本人たちが、政治家たちを野放しにして、この国をダメにしたのだ。

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しかし、それに気づいた人が現れる。「批判し、熱くなるのがカッコいい」それが山本太郎だ。ただ、糸井世代は今も、それがカッコ悪いと感じてしまう。否定し認めようとしない。糸井イズムから抜け出せない。ただ、今の時代に必要なのは太郎イズム。批判し、熱くならないと、政治家たちに利用され、搾取され、さらなる貧困へと突き落とされる。れいわ新選組人気。日本人はようやくそこに気づき始めたのだと思える。

続き=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/2020-03-18-2


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コロナウイルス騒動は新しい形の戦争=誰が、何のために、どうして?を考える。 [コロナウイルス]

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コロナウイルス騒動は新しい形の戦争=誰が、何のために、どうして?を考える。

「陰謀論。好きだね〜」という人の多くは想像力が貧しい。あるいは目の前の現実で精一杯。21世紀はこれまでに誰も体験したことのない現実や事件と対応せねばなら無くなりそうだ。過去の知識や経験が全く役に立たない状況が生まれてくるだろう。そこでコロナウイルスについて、事情通のある友人に聞いてみた。

「コロナウイルスは新しい形の戦争なんだよ。戦争をしたいある種の人たち。もう、以前のような形だと弊害が多い。ミサイルは建物やインフラまで破壊する。そこで人間だけを殺す細菌兵器での戦争を始めたんだよ」

映画ではその種の話は少なからずある。また、どの国もそんなことを考えて長年研究を続けていると聞く。日本軍でさえ、太平洋戦争中に731石井細菌部隊が捕虜で人体実験をして、ペスト菌が入った爆弾を作り実際に使用している。現代において細菌兵器がない訳がない。もし、コロナが細菌兵器だとすれば、誰がどんな目的で使用したのだろう?

「まず、中国。経済成長が著しいが、今回の件で止めることができる。アメリカも打撃を受けている。そのことでトランプが困る。被害拡大を止められない。支持率が落ちれば、彼を潰したい勢力が喜ぶ。そして増えすぎた人口を削減。各国の社会福祉費を抑える。その辺が目的だと推測できるね」

よく分からないところもあるが、そうかもしれない....と思える部分も多い。だとすると犯人は誰か?

「確定的ではないけど、ディープステイトの可能性が高い。軍を使った戦争はトランプに押さえつけられてもう何も出来ない。そこで軍を使わない反撃でトランプを攻撃。同時に中国にも打撃を与える。日本支配も強める」

つまり、追い詰められ壊滅寸前の彼ら、軍産複合体の最後の反撃ということか? そういえばケネディはベトナム戦争を止め、FRBに手をつけようとして、彼らに暗殺された。同じように、自分たちの利益を奪おうとするトランプを追い詰めるための攻撃はありえる。実はトランプ暗殺計画は何度も行われたが、全て失敗に終わっているらしい。クーデターを起こすにも軍もすでに掌握されている。だから本人を狙わず、中国で細菌兵器を捲く。これは誰にも止められない。

ただ、この攻撃ではトランプを引き摺り下ろし、戦争屋が政権を奪還するまでは行かないだろう。とすると、幕末の白虎隊のように討ち死に覚悟の反撃ということか? 何れにしても、突然変異でウイルスが突然発生して人類を襲ったのではなく、誰かが意図的に拡散したものだろう。これは21世紀に置ける新しい形の戦争なのだと思える。


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