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生き残るのはテレビドラマではなく、映画??=「月9」がダメになった背景! [映画業界物語]

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生き残るのはテレビドラマではなく、映画??=「月9」がダメになった背景!

テレビが普及。家庭で気楽に見られる娯楽の王者となり、その昔は「映画館はやがてなくなるだろう」とさえ言われた。が、まだ、映画館は無くなっていない。それどころかシネコンという形に変えて増えいる。これは何だろう? 映画界はかなり腐っていて、プライドが高いばかりで、努力をしない衰退産業の代表になっているが、それでも映画は生き残っている。それどころか今、テレビの方が存亡の危機だ。

テレビを見ている世代は50代以上。僕らの世代より上だけ。そのために視聴率は低く、昔は30%40%のドラマもあったが、今は10%の二桁が取れれば万々歳。紅白歌合戦なら昔は70%。今では半分近く。昨年は史上最低を記録したという。そして僕と同世代の親たちに聞くと、子供たちのほとんどがテレビを見ない。スマホに噛り付いているという。

十数年前から感じていたことだが、テレビドラマが現代のニーズに合っていないのだ。かつて「月9」は大人気ドラマ枠だったが、月曜の9時からドラマを毎週観れる人が今の日本にどれだけいるのか?僕の友人たちの帰宅時間は10時が多い。飲みに行けばすぐ終電。今時、ドラマ観たさに急いで帰宅する人はいない。

一昔前はそれでもタイマー録画した。が、面倒臭い。そもそも、何でテレビのために急いで帰宅したり、タイマーかけたりせねばならないのか? 21世紀になぜ、機械を優先した生活をする必要があるのか? それに応えたのがビデオデマンドであり、進化系がNetflixだ。観たいときに観たいものが観られる。

その背景にあるのはレンタルビデオだ。「24」がヒット。「続きどうなるの?!」と思えば、来週まで待たないでTSUTAYAに行けばいい。できれば、まとめて10枚借りてきて日曜の午後に一気見すればいい。その便利さ。面白さを経験した日本人が毎週月曜日にテレビの前で待っているだろうか?

おまけに90年代は面白いドラマがあった。「東京ラブストーリー」「101日目のプロポーズ」「ひとつ屋根の下」「ビューティフルライフ」続きはどうなるの!という見逃せない番組があった。今、月曜の9時(土曜の8時でもいいが)に絶対に観たいドラマなんて存在しない。おまけに報道番組はフェイクニュース。見る価値はほとんどない。こうして若い世代はテレビを見なくなった。

不思議なのはそのテレビ以前から存在する映画が、今も消えずにあること。考えてみよう。テレビドラマ。その時は夢中でも見ても5年後にまた見たいと思うだろうか? 映画はどうだ? 5年どころか50年前の映画でも見ることがある。一生忘れない作品もある。そして映画は映画館公開の後、テレビで、ケーブルで、衛星で、ネットで、流される。DVDにもなる。海外でも上映される。

が、テレビドラマはまず海外には行かない。ケーブル、衛星のコンテンツも圧倒的に映画。テレビドラマは「懐かし劇場」的な扱い。要はコンテツとして息が長く、時代を超えて見られる作品があるということなのだ。もしかしたら、テレビドラマは無くなっても、映画は無くならない。そしてテレビはドラマや映画を流すメディアではなくなり、バラエティと報道のみになるような気がする。

ドラマを見たければ映画館。あるいはNetflix。(DVDもなくなりそう!)時代は映画ではなく、テレビドラマを葬るように思える。映画はまだ可能性がある存在なのだろう。その理由。また、詳しく書く。



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日本映画が貧しくなった理由=アジアの国々をバカにしていたから? [映画業界物語]

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日本映画が貧しくなった理由=アジアの国々をバカにしていたから?

日本映画がダメになった話。まだまだ、いろんな検証ができるのだが、長くなるので一度まとめる。映画会社のトップが無能だったというのが一つある。他の業界と比べれば分かるが、努力が足りない。古い習慣をいつまでも引きずる。僕が何よりも感じるのは海外展開しないことだ。カンヌだ。ベネチアだ。アカデミー賞だと欧米で賞を取ると大喜びするが、アジアに目が向いていない。

1990年代から日本のテレビドラマは台湾、香港、中国を中心としたアジアで大人気だ。のりピーは今でも中国で有名。欧米で日本映画を大ヒットさせるのは難しいが、アジアなら可能。すでにドラマで実証済みだ。なのにアジア展開を多くの映画会社はしていない。バカにしているところがあり、マスコミも欧米で賞を取ると騒ぐが、アジアで受けても無視することが多い。

つまり、日本の人口は約1億2千万。1人が1年に見る映画は1.4本。そこから換算すれば映画にかけられる製作費が割り出せる。マーケットが狭い。電化製品も、自動車も海外輸出して大儲けした。ならば映画も中国、韓国、台湾、さらにはシンガポール、タイに出して行けばいい。ジャッキー・チェンはすでに実践。だから彼の映画に高額の予算をかけられる。アジアの国、全てがマーケットとなるからだ。

アメリカ映画が何百億もかけるのは、世界がマーケットだから。日本人が主演の映画で世界中でヒットさせるのは難しいが、アジアなら可能。事実、ジャッキー・チェンの映画はアジア中でヒットしている。のりピー主演で(難しいものもあるが)映画を撮れば中国マーケットが狙える。すでに韓国映画は日本で何年も前から公開されており、ヒットしている。ポン・ジュノ監督の「パラサイト」も現在、日本でヒット中だ。

もちろん、韓国での日本映画上映は、20年ほど前まではできなかった。が、その後、緩和されている。韓国こそが日本のドラマを一番理解してくれる国民。日本語曲禁止の1980年代から中島みゆき、オフコースは大人気。「泣ける、感動する」は韓国でも求められる。映画も行けるはず。欧米だって、やり方を考えれば行けるはず。ルーカス、スピルバーグは黒澤のファンだし、タランティーノは千葉真一、深作欣二のファン。ピクサーの人たちは宮崎アニメをリスペクトしている。

マーケットが広がれば収入が増える。製作費が上がる。ギャラが上がる。有能な人材が集まる。映画のクオリティが上がる。なのに、日本の映画会社はそれをしない。アジアをバカにしているからだ。関心を持たないから。ハリウッド進出というと皆、注目するが、アジア進出は話題にならない。

だが、日本映画は韓国映画にも抜かれた。クオリティはアチらが上。何だか自動車業界に似ている。「自動車王国アメリカ!」と思っていたのに、日本の車に追い抜かれた。詰まらぬプライドが会社をダメにすること。ここからも分かる。


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日本映画が貧しくなった理由=腐りきった映画人が業界をダメにした? [映画業界物語]

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日本映画が貧しくなった理由=腐りきった映画人が業界をダメにした?

僕が映画界で働き出したのは19歳の時。まだ、日本映画黄金期のスタッフもいた。が、その後、斜陽になってから働き出した先輩たちを見ていて疑問に感じることも多かった。

製作担当とか、今でいうラインPのような立場の人たち。数百万円を預けられる。が、制作中にいなくなることがある。撮影が終わり、映画が完成するとまた会社に顔を出す。預かった金のことには触れない。関係者は彼が誤魔化していることを知っている。が、いろいろあって追求しない。

助監督の先輩が後輩を連れて飲みに行く。あれこれ飲んで食べて、ボトルまで入れて、領収書をもらう。それを製作会社に持っていき「ロケハンで行きました」と金をもらう。明らかにロケハンではない。ただ、演出部でコミュニケーションを取るためには必要なこと。線を引き難い。

僕は一番下っ端だったが、時には5千円とか預けられることがある。深夜の作業で朝までかかるので、夜食代、タクシー代となる。それを見ていた先輩が寄ってきて「さっき、金預かっただろう? あれで一杯飲みに行こう!」違うだろう? そんなタカリ体質がある先輩たちもいた。

つまり、1億円とか製作費が出ると、それをあれこれ理由をつけて食い物にしてしまう人たちがいる。というより、そんな体質の人たちがいる業界なのだ。分かり易く言えば官邸と同じ。「桜を見る会」という名目で総理の支援者を呼ぶ。おまけに前夜は一流ホテルで3000円の豪華バイキング。領収書を発行したというが1枚も出てこない。支援者への御礼だったのだろう。全て税金。それを自分たちのために使っている。同じ構図が映画界でも頻繁に行われていた。共通点はどちらも長らく続く団体であること。自民党も、映画会社も、一時は隆盛を極めた。

だが、現在は違う。にも関わらず、未だにプライドだけは消えず、長年の悪癖も残る。前回紹介したSONYと同じ「おごり」もある。どうせバレない。分からない。皆、見て見ぬ振りをするはず。長年の習慣だ。いいだろう。そんな思いが背景にある。当時の映画界も同じ。

昔からそんな習慣はあったのだろう。でも、同時に素晴らしい作品を作るスタッフもいて、映画は大ヒット。利益がどんどん上がる。その中で多少のつまみ食いや流用は許されたのだ。だが、80年代。作品に質は下がり、収入も下がったのに、悪癖は治らず、作品を作るより、目先のつまみ食いを続けている人たちがいた。

素晴らしい作品を作ろう!という思いは次第に失われ、目先の利益、個人の得、楽して金が入るやり方に流される。製作費が削減されれば、現場のスタッフのギャラを削ればいいと考える上層部。現場では製作費の流用やつまみ食い。こうして、年月が流れ、現在の低予算映画はつまみ食いすらできないほどの低価格になってしまった。それでもまだ、映画界にぶら下がり、ごかましで小遣いを稼ぐ輩はいる。

自民党が国民のための政治を辞め、自分たちに都合がいいことだけを続ける現在の構図ととても似ている。そんな映画界だが、「どうせ儲からないなら、せめていい物を作ろう!」と頑張るところもある。その辺の話はまた。



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日本映画が貧しくなった理由。=脚本がダメになったのはギャラ? [映画業界物語]

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日本映画が貧しくなった理由。=脚本がダメになったのはギャラ?

僕が映画界で一番最初に仕事をしたのは1982年。今ら38年前である。まだ、黒澤明や木下恵介も活躍していた頃。日本映画黄金期のスタッフも健在。先輩たちから当時の話や匂いを感じることができた。

1960年代の日本映画はそれこそ、黒澤、小津、溝口と世界に轟く名匠がおり、世界レベルの作品を作っていた。それがテレビの登場共に、次第に映画人口が減って来て、今や日本映画は漫画原作の作品やアニメが主流。世界が評価する作品はほとんどない。(ジブリくらいか)

だから、黄金時代の話を聞くのは嬉しいものだった。が、当時を築いて来た古参映画人とは別に、その後に映画界に入った先輩たちの言動や行動は困惑するものがあった。当時の映画はメジャー会社で低予算で3000万。通常作品なら1億円くらいの製作費が用意された。スタッフのギャラも今ほど悪くなく、初任給が20万ほどの時代だが、それなりの演出部は1ヶ月で50万ほどもらっていた。

というのは映画人は会社員ではなく、フリーなので、今月仕事があるから来月もあるというものではない。そして誰でも出来る仕事でもなく、経験と技術が必要。その意味でそれなりの額が支給されていた。脚本家も1本書けば100万以上。でも、それは当然のことで、建築で言えば設計図。さらに脚本を書くにはあれこれ調べる必要もある。100万でも執筆に4ヶ月かければ1ヶ月25万。初任給に近い。決して高い額ではない。

なのに最近は脚本料が数十万ということが多い。そんな額で取材したら赤字。若手の脚本家は調べずに、お手軽に書けるシナリオを書いてしまう。ギャラが安いので脚本を目指す若者が減る。実力あるものが他の世界に行く。時間をかけて書くと生活できない。やはりお手軽に書く。それで面白い映画ができるわけがない。これも日本映画衰退の一因となる。(ハリウッドでは1本書くと3年生活できるギャラが出る。だから、時間をかけていいものを書ける)

話を戻す。黄金期時代の後、衰退が始まった時代以降に映画界で働き出した先輩たち。問題がある人たちが多かった。そこには映画界の悪しき習慣があり、それが日本映画をダメにしていった原因の一つなのだ。そのことは次回に。


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日本映画が貧しくなった理由=将来を考えない経営者たち?「カツ定食」って何だ! [映画業界物語]

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日本映画が貧しくなった理由=将来を考えない経営者たち?「カツ定食」って何だ!

今の日本映画は本当に貧しい。もちろん、テレビ局が出資する大作はそれなりに金がかかっているが、多くの低予算映画はテレビドラマより安く作られている。ヒットメーカーの園子温監督の作品でさえ、1億円以下、数千万円だ。なぜ、そんなことになってしまったのか?

SONY等の日本のメーカーが高いプライドで努力しなくなったことで、韓国に抜かれた。アメリカの自動車会社ビッグ3も、同様に日本の車に抜かれたと書いたが、どうも王者に君臨すると時代の推移と共にプライドばかりが高くなり、努力を怠り、衰退して行くという構図が見えてきた。日本映画も同じではないか?

1960年代。大映映画。勝新太郎が看板俳優。彼の映画は面白く痛快で、大ヒットした。「座頭市」シリーズ「悪名」シリーズ「兵隊ヤクザ」シリーズ。3つも人気シリーズがあり、大映はそれを順番に上映。「カツ定食」とさえ呼ばれた。勝新太郎さえいれば安泰。そんな安心感があったはずだ。同期には市川雷蔵もいたがが若くして死去。そんな大映が映画会社5社で一番最初に倒産する。

社長がかなりワンマンで問題ある人だったというのもあるが、やはりカツ定食に頼りきり、次世代を育てない。それ以外の作品で勝負しない。将来を見据えて戦略がなかったのが原因だろう。だが、他の映画会社も似たようなものだ。映画会社に関わらず、先に挙げたSONYも、アメリカのフォードも、一時代を築いた会社は皆、プライドだけ高くなり、努力を怠る。そして今の盛況ぶりが未来永劫に続くと勘違いし、将来への投資をしない。

これは経営者だけでなく、人間としての愚かさかもしれない。バブル景気のとき、多くの日本人は好景気はずっと続くと思っていたはずだ。現在のように20年も不況が続く時代が来ようとは想像しなかった。これは経営者の質ではなく、人としての問題なのかもしれない。その辺を突っ込んで行こう。映画界もテレビの登場でヤバイ!となった時、重役達はこういったという。

「あんな小さな箱のようなもので、ドラマを見ても面白くない。やはり映画の大スクリーンで見てこそ面白い。テレビなんか問題じゃないよ」

これが当時の映画会社の平均的な意見だったそうだ。現在の視点から見ると、批判するのは簡単だが、原発事故だって、震災前は多くの人が「日本の原発は優秀だから安心」と思っていた訳で、あとからなら何でも言えるというのはある。が、当時から危険を指摘していた人たちも少なからずいる。そう考えるとトップに立つ人たちがいかに時代を見据えることができないか?ということが問題なのだ。

当時の映画人たちはどう思っていたのだろう? 次回はその辺を考えてみる。


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なぜ、日本映画界は貧しくなったのか? 没落するSONYと同じ構図?! [映画業界物語]

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なぜ、日本映画界は貧しくなったのか? 没落するSONYと同じ構図?!

日本映画はどんどん貧しくなり、世界でも評価されなくなってしまった。映画人口も減り。日本人は平均1年に1.4本しか映画を見ないと言う。そのために製作費はどんどん下がり、撮影現場ではスタッフが本当に大変な苦労をしながら作品を作ると言う状況だ。園子温監督が先日、その問題を指摘したが、全くその通り。本当に酷いものがある。

その理由をテレビの普及と言う人がいるが、そればかりではない。なぜならハリウッド映画も一時はテレビのせいで衰退したが、その後は盛り返し、今でもパワフルな作品を製作、世界中で大ヒットを続けている。となると、日本映画がダメになった理由は他にもあると言うこと。あれこれ考えたみた。

「真実を見抜く方法」その1で行こう。「比較」だ。映画業界以外にも衰退した業界はある。電化製品はどうか? SONYは戦後、東京通信工業株式会社という名で誕生した小さな会社だった。が、盛田昭夫、井深大という人たちが先頭に立ち、トランジスターラジオ、テープレコーダーと優秀な商品を次々に開発。世界のSONYになる。

僕が20歳の頃は身の回りはSONYだらけ、テレビ、ラジカセ、ウォークマン。Made in Japanが大活躍。アメリカ留学をしてもLAはSONYだらけ。信頼のブランドだった。が、それから35年。今、日本の電化製品は韓国に抜かれ、ニューヨークのタイムズスクエアにあったSONYの看板はもうない。LAエアーポートのロビーに置かれたテレビも、もはやSONYではなく韓国製のLG。

なぜ、こんなことになったのか? 関係者に聞くと「おごり」だという。最初は戦後の焼け野原から出発した盛田昭夫らの時代。世界で売れる商品を作ろう!売ろう!と頑張った。80年代は「新しいものを作ろう!」という自由な社風があり、ウォークマンを開発、大ヒットを飛ばしたが、世界のSONYになって何年も経つと当時の苦労を知らずに、ブランド名に憧れて入社する若者が増える。

入社しただけで「俺はSONYで働いている!」というエリート意識。他者に対して上から目線。取引した人は「あの高飛車な態度に毎回、嫌気がさす」という。1990年代になり、iPodの登場で音楽シーンは革命的に変わる。SONYも後追いしたが、多くのシェアを獲得したのはApple。スマホで音楽が聴けるようになり、今ではamazon music。ウォークマンから始まり、iPodに進化した外出用の音楽再生機はすでに存在せず。スマホの機能の一つとなっている。

「俺たちは世界のSONYだ!」というおごりが時代から振り落とされてしまったのだ。自動車業界でも同じことがあった。アメリカの三大メジャー。フォード、クライスラー、GM。「自動車王国アメリカ!」とプライドばかりが高くなり、努力を怠り日本車に抜かれた。ソニーも同じ。そして日本の映画界も同じ構図ではないか? 娯楽のない時代。映画を作れば客は来た。大儲けできた。球団も持っていた。俳優や監督は大金持ちになった。

が、テレビの登場で大きな危機を迎えた時。そして完全に娯楽の王者の地位を奪われた時。どんな努力をしたのか? ハリウッドはテレビとは違う大画面、シネマスコープ、シネラマ。70ミリ、スレレオサウンド、大作主義、パニック映画と、テレビでは見られない作品を作り出した。ま、日本もしているんだけど、どうも高いプライドが邪魔をして、SONYの没落と同じようなことがあったように思える。次回はその辺を考えてみる。


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