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あの病の記事は難しい。すぐに批判が来る。=批判メールを紹介。でも、蓋をして触れないことが一番いけない。 [双極性障害]

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あの病の記事は難しい。すぐに批判が来る。=批判メールを紹介。でも、蓋をして触れないことが一番いけない。

精神病の記事は難しい。すぐに批判が来る。=批判メールを紹介。でも、蓋をして触れないことが一番いけない。

先に書いた「病気の社長」の記事。大好評で200近い「いいね」を頂いた。精神病の話はなかなか興味を持ってもらえないので、ありがたい。マスコミが絶対に触れようとしないその種のこと。多くの人が知ることが患者にとっても、周りの人にとっても大事。

だが、その種の記事を書くと、批判コメントが来る。「ちょっとかじった位で間違った知識を拡散すると、多くの人が迷惑するんだよ」「何も知らないくせに偉そうに、患者の苦労が分かっているのか?」と言う上から目線のものが多い。そして名前もなく、その人がどれほど精神病に精通しているか?も分からない。

今回も批判来た。が、実名であり、真面目な文面。真剣に読ませてもらった。指摘された点を上げる。

「双極性障害には他にもいろんな症状がある。そのいくつかを書くことで誤解が生じる」「読んだ人が患者に恐れを抱き危険」「医者でもないのに病気だと決めつけている」「本人(社長)が可愛そう」「偏見を助長する」

攻撃的な言葉も使っていないので真摯にな批判と思えた。が、引っかかる。僕の周りにも精神病の友人がいる。そもそもは長年の親友が発病したことで勉強を始めた。彼の苦しみを間近で見てきた。偏見を助長するような記事は書いていない。批判を分析してみよう。

「双極性障害にはいろんな症状がある」=それは知っている。だから、今回の記事ではある社長に特定し、彼の症状を紹介した。それが全てとは書いていない。「いろんな症状がある」という記述もしてある。だから特定したにも関わらず「他にもいろんな症状がある」と言う批判は当たらない。また、

「読んだ人が怖れを抱く」「偏見を助長する」=精神病に関わらず、病気というのは怖れを抱くもの。インフルエンザだって、周りにいると感染するから危険。怖れを抱く。しかし、その危険性を伝えないと周りの人に感染。インフルエンザが広がる。怖れを抱くことが感染を防ぐことに繋がる。

精神病の場合も患者であることを周りの人が気づかないことが多い。奇行や問題発言を繰り返し「嫌な奴」と思われるばかり。それは症状。隠すより、周りが病気と知ることで患者が治療するきっかけとなる。本人も病気に気づいていないことが多い。それを「偏見を助長する」だから、書かない方がいいというニアンスだ。しかし、何も知らないことこそが偏見を生む。

「医者でもないのに決めつけて」=もし、実名で社長のことを書いていたら人権問題だ。が、本人が特定できないように脚色をしている。問題は彼を糾弾することではない、症状の紹介だ。また、複数の医者に詳しいレポート読んでもらい「双極性障害である可能性が非常に高い」と確認を取った。

実在する人物、医者も認めるほぼ病気であろう人の行動言動により症状を紹介することが目的。病気だからと社長を攻撃しているのではない。そのために周りとどんなトラブルになり問題が起こるか?を説明している。「知るべき」「治療すべき」という結論に結びつけるためだ。医学レポートを書いているのではない。

こうして考えると、その批判者は「臭いものに蓋をしろ」と言っているようにも思える。ただ、その方の身近に病気で苦しむ人がいる。その種の経験があるのだろう。あるいは偏見で攻撃されたことがある。それらの経験を思い出してしまい、辛い気持ちになり、当時の心無い批判がダブり、記事を正確に読めていないところもあるだろう。何れにしても大変な思いをしている方だ。

でも、批判メールにあるように「怖がる」「偏見を生む」「可愛そう」では、誰も症状を知ることができず、先の社長のように「嫌な奴」「最悪」と社員から憎まれ諍いが続く。それはいいのか?人間として嫌われるより、病気だと分かれば社員も理解し治療を勧める。

僕の周りにも何人かの患者がいた。皆、苦しんでいた。が、同時に周りの人も巻き込まれ多くの被害を受けている。患者を憎み嫌っていた。誹謗中傷の応酬。無意味な争いで多くが心痛めた。批判メールにはその人たちへの思いはない。患者だけでなく、その両者を救うことが大事。それには隠すことではなく、症状を多くの人が知り、患者が治療すること。

そして、この手の批判がテレビ局に行くので精神病の特集ができない。批判を恐れて局は蓋をする。国民は知る術を失う。それこそが偏見を生む背景だ。「精神病は気が狂う怖い病気だ。刃物を持って暴れる」という間違った知識を持ってしまう。伝えること。知ることで偏見をなくし、患者を救済することに繋がると考える。統合失調症患者の場合は200人に1人いると言われる。僕の周りにも3人。あなたの身近にもいるはず。でも、それに気づかず「変な人」「嫌な奴」と思っているだろう。知ることから始めたい。



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続・あの人が病気であることを誰も知らない。好評なので追記。 [A政権について]

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続・あの人が病気であることを誰も知らない。好評なので追記。=双極性障害の症状

言ったことを言わない。言わないことを言った。自分はどんなことでも森羅万象、何でもできる!と思い込んでいる迷惑社長。新しい判断を連発。質問しても関係ない話をダラダラ。社員は振り回され、次々に辞める。だが、単なる嘘つきや健忘症ではない。

いろいろ考えていて、精神病か精神障害を考えた。統合失調症か?と調べてみた。一致するものも多いが、明らかに違うものもある。統合失調症によくある妄想が彼にはない。患者が持つある種のエネルギーもない。そこで社長の行動言動を思い出す限り書き出し、精神科の先生に意見を聞いた。

「この人は統合失調症ではなく、双極性障害です。似た症状があるので医師でも判断を間違うことがあります」

双極性障害? 何? と思い勉強を始めた。別名は「躁鬱病」である。陽気になったり落ち込んだりするあれ?と思ったが、それでは理解できない。症状を上げてみよう。

自尊心の肥大: 自分は何でもできるなどと気が大きくなる。

睡眠欲求の減少: 眠らなくてもいつも元気なまま過ごせる。

多弁: 一日中しゃべりまくったり、手当たり次第に色々な人に電話をかけまくる

観念奔逸: 次から次へ、アイデア(思考)が浮かんでくる。具体的には、文章の途中で、次々と話が飛ぶことなども含まれる

注意散漫: 気が散って一つのことに集中できず、落ち着きがなくなる。

活動の増加: 仕事などの活動が増加し、よく動く。これは破壊的な逸脱行動にも発展しうる。

快楽的活動に熱中: クレジットカードやお金を使いまくって旅行や買物をする、逸脱行動に出る

ほとんどが社長に当てはまった。社長は金儲けのために卑劣なことをしているのではない。人を踏みつけるのも、スタンドプレーをするのも、言ったことを言わない。言わないことを言ったと主張するのも、全て症状。そんな人が社長というトップを勤めることで、多くの社員が振り回され、傷つき、踏みつけられたということだ。

守銭奴ではない。だから、取り巻きに豪華な飯を食わせたり、飲み会もよくやっている。ま、会社の金なのに公私の区別はつかないようだ。かと思うと約束のギャラを勝手に半額にする。無意味なことに膨大な金を注ぎ込む。これも症状にある。不眠症も当てはまる。彼は双極性障害を患っているのだ。そのことを友人に相談した。

「そんな病気本当にあるの? 社長は単なる嫌な野郎だよ」

これだけ健康ブームでも、精神病を解説するテレビ番組はない。雑誌や新聞でもせいぜい鬱病。だから、一般の人は双極性障害といわれてもピンと来ない。包丁を振り回し暴れるのが精神病と思う人たちがとても多い。社長だけではない。誰もが知るあの人も同じ症状。同じ病である。悪意はなくても、病気により正常な判断ができない。彼らが組織の上に立つと多くの人が振り回され苦しむことになる。

前の記事はこちら=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp


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あの人が病気であること。多くの人は知らない。それが悲劇の始まり。 [A政権について]

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あの人が病気であること。多くの人は知らない。それが悲劇の始まり。

時々、書いているが、精神病の勉強を続けている。マスコミはその手のことには触れない。テレビでも、雑誌でも、ラジオでも、精神病の特集はしない。せいぜい「うつ病」くらい。理由は「人権侵害」という批判が来るから。僕もこの手の記事を書くと、その種の批判が来ることがある。そのほとんどは当て外れであり、精神病に触れるだけで人権侵害!というもの。

僕が書くのは風邪を引いたら咳が出る。熱が出る。というのと同じで、症状を説明しているだけ。でも「患者が可哀想だ」「差別だ」と批判してくる。精神病を知らない、無知な人である場合が多いのだが、同じことがあるので、マスコミは蓋をして触れないようにしてしまう。配慮は必要だが、それでは余計に誤解が生じたり、トラブルが起こったりする。

そのために多くの日本人は精神病を理解せず、頭がおかしく暴れるような人。映画「シャイニング」のJニコルソンのような存在だと想像することが多い。が、精神病の多くは暴れることなく、情報処理能力の欠如であることが多い。様々なものがあるのでひとくくりに説明はできないが、今一番興味があるのは、双極性障害だ。

以前は躁鬱病と呼ばれたが、それでは病状が分かりづらい。落ち込んだり、陽気になったりという病気だと思われてしまう。それだけではない。ある会社の社長がこの患者で、仕事をした時に大変だった。が、誰も社長が患者だとは気づかず、「嫌なやつ」と解釈していた。そのくらいに精神病のイメージから外れた症状なのだ。

「私は神だ!」「宇宙人に拉致された!」

というのは統合失調症に多い症状だが(他にも様々な症状はあるが)それなら「おかしい」とすぐ分かる。が、双極性障害患者のつく嘘は現実的であり、一見して嘘だと分かり辛い。先の社長で言えば何度も発言したことを、後になって「私はそんなことを一度も言っていない!」ということが多い。

それも「言ってないはずだよなあ〜」という自信のないものではなく明確に「そんな発言はしていない!」と言い切る。発言を知っている者は「白々しい嘘つきやがって!」と思う。知らない人は「あそこまで言い切るんだから、本当じゃないかな?」と考える。そのために社員同士で揉める。社長はその種の発言が多く。一度も言っていないことを「私は前々から言っている!」と主張することもある。

質問すると意味不明の説明を延々と続ける。

「社長、誤魔化さないで下さい」というと「私は何度も真摯に答えているだろう。君こそ同じことを何度も訊くのはやめなさい」と言われる。独断で物事を決めて幹部にも伝えずに進める。あるいは会議で決めたことを「新しい判断です!」と無断で結論を変えて、別の方向にプロジェクトを進めてしまう。約束を破るのは日常茶飯事。息するように嘘を吐くと皆に言われる。が、社長という権力ある立場にあるので、逆らうとパワハラで潰される。

しかし、社長の決めたことはことごとく失敗。できもしないこと。経験がないことでも自信満々。「私には何でもできる!」と思い込んでいる。森羅万象何でも来いという感じ。誰が進言しても聞かない。限られた予算しかないのに、無意味なことにバンバン金を使う。結果、大赤字になりプロジェクトは瀕死の状態になる。が、社員は見て見ぬふり、逆らうと左遷されるから。社長の行動は常識を逸脱しており、人を人とも思わぬ振る舞い。個人を踏みにじっても何とも思わない。

「あの社長は悪魔ですよ」

と社員たちはいうが、全て病状なのだ。双極性障害という病による言動、行動であり悪意でやっている訳でも、利益優先ということでもない。その証拠に会社はほとんど儲かっていない。社員は振り回されるばかり。次第に辞めて行く。取引先はそれを知らずに、元気でやる気のある社長だと思ってしまう。ここまで書けば分かってもらえたと思うが、その種の病気を抱えた人は多い。もちろん、有名なあの方もそれ。知人の精神科医に聞いたが、間違いなく病気と言われた。

「日本中の精神科医は気づいていますよ」

とまでいう。なぜ、誰も止めないのか?と言われたが、日本人の多くは彼が病気だということに気づかない。そもそも精神病がどんな病気かも知らないのだ。あるジャーナリストにもその話を下が、ピンと来ないようだった。補足として、あの人の場合は、病気そのものではなく、持病を治療するために投与している薬が抗うつ剤なので、双極性障害の躁状態に非常に近い症状が出るのだ。ちなみに先の社長の会社もガタガタだが、まだ営業している。社員は踏みつけられ、振り回されているが、周りが必死にフォローしているようだ。この国も同じ状態だと思える。


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オウム事件当時の世情を思い出す。煽られ、先導された日本人。ドキュメンタリー「A」シリーズが暴く。 [映画感想]

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オウム事件当時の世情を思い出す。煽られ、先導された日本人。
ドキュメンタリー「A」シリーズが暴く。

1995年。地下鉄サリン事件が起こったとき。連日のオウム報道。ワイドショーはオウム一色。この手の話題が好きな僕はテレビにかじりついていた。ある日、大衆食堂で飯を食いながら麻原逮捕のニュースを見ていた。仕事帰りのオヤジがビールを飲みながら、テレビを見つめて文句を言っている。

「本当に許せねえなあ。麻原って野郎は!俺にも一発殴らせろ!」

同じような発言は友人たちもしていた。が、それはおかしい。もし、彼らがサリン事件の被害者。あるいはその友人であるならまだ分かる。が、いくら相手が犯罪者とはいえ、彼らにそんな権利はない。何の被害を受けてもいないのに、例え被害を受けていたとしても、犯罪者に対して危害を加えていいと言うことにはならない。僕がそういうと、友人たちはこう言い出す。

「お前は麻原を庇うのか? オウムの味方をするのか?」

怒りのせいで理性を失っていた。「今すぐに麻原を吊るせ!」という感じ。確かに麻原も教団も想像を超えた酷いことをしている。が、彼らが憤るその情報を伝えているのはマスコミ。テレビや新聞。報じられること全てが真実なのだろうか? それらを鵜呑みにして「麻原を殴らせろ」「麻原を今すぐ絞首刑にしろ」というのはどうなのか?それでは中世の魔女狩りだ。

ほとんどの国民はオウム憎しで燃え上がっていた。各地で「オウム信者は出て行け」と住民運動が起こった。思い出すことがある。戦時中も同じ。鬼畜米英。「アメリカは許せない」一億総火の玉。大本営に煽られて日本人は戦争に突き進んだ。アメリカも同じ。

「リメンバー・パール・ハーバー!」「ジャップは許せない!」「不意打ち。汚い奴らだ!」

どちらも国とマスコミに先導され、誘導され、煽られて戦争に突き進んで行く。それは70年近い過去のことだと思っていたが、現在の日本でもそれを再現することは簡単ではないか?と、オウム事件に対する国民の反応を見ていて感じた。だが、それを指摘してもこう言われる。

「オウムを弁護するのか? だったら信者になれ。可哀想な犠牲者のことを考えたことはないのか?」

その論法はネトウヨにも似ている。人は愚かですぐに先導される。そのことを理解した人間がどこかで日本人を操っているはず。それから24年。やっと森達也監督の「A」を見た。マスコミがオウムを憎悪させる情報を選んで報じていたことを知る。それが1995年の真実だ。オウムが無実とは言わないが、マスコミは有罪だ。



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森達也監督の「A2」凄かった。オウム事件当時の教団内を紹介? 見えてきたのはマスコミと住民の狂気? テレビでは絶対に放送できない作品 [映画感想]

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森達也監督の「A2」凄かった。オウム事件当時の教団側内部を紹介? 見えてきたのはマスコミと住民の狂気? テレビでは絶対に放送できない作品

僕も映像業界で働く身なので、マスコミがいかに嘘を発信しているか?は分かっているつもりだったが、このドキュメンタリー映画を見て思い知った。1995年。僕もテレビにかじりつきオウム事件報道を見ていたが、マスコミが報道しないこんな現実があったことに衝撃を受ける。

前作「A」もそうだが、見ているとオウムの信者たちが気の毒に思えてくる。当時、そんなことを言おうものなら「お前はオウムの味方か!」「だったら入信しろ」「最低の奴らだ」と感情的に周りから攻撃されただろう。しかし、「A」で描かれたのは実行犯ではなく、彼らが逮捕された後。教団を維持することに奔走する村木広報部長ら。彼らは犯罪には関わっておらず、その計画さえ知らなかったのだ。

その構図は犯罪を起こした犯人の家族をバッシングするのと同じ。サリン事件は憎むべきものだが、事件を起こした団体に所属しているだけで、批判、バッシング、差別され、近隣の住民から出て行けと言われる。が、転出した先でも同じことが繰り返される。そして今回、描かれたのは、右翼団体の行動。最初はヤクザまがいな行動に驚かされるが、彼らは意外な発言をする。

「出て行け!では何も解決しない。解散することがオウム信者たちの最良の道だ」

ただ「出て行け」というだけの住民より理解できる。住民たちは「怖い」「危険」「だから、他へ行って欲しい」「出て行け」という自分たちのことをしか考えずに批判しているだけなのだ。だが、教団を監視していた住民グループが信者たちと仲良くなった地区もあることを映画は紹介する。最初は敵対していたが、次第に信者たちが危険な存在ではないことを理解したのだ。

しかし、その様子をマスコミは決して報道しない。トラブルが起こったときのみ、カメラを回しテレビに映し出す。「A」で描かれていたが、警察官が明らかなヤラセで信者を逮捕したり、警察、マスコミとは何なのか? 事件を起こした団体に属していれば何をしてもいいのか? イメージの悪い部分のみを報道。そうではない部分を隠してしまう。それが警察やマスコミのすることか?

この映画はオウムが悪くないと描いているのではない。マスコミや警察は本当に正しいのか? 素直に彼らを信じてはいけないのではないか? そして市民はそれらに乗せられ誘導されているのではないか?そんなことを語りかけてくる。渾身の力作。大塚のシネマハウスで明日17日まで森達也特集がつづく。



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森達也監督「 A」を見た。ドキュメンタリー映画。昔は大嫌いだった。そのスゴさに近年、衝撃を受けるばかり! [映画感想]

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ドキュメンタリー映画。昔は大嫌いだった。だが、そのスゴさに近年、衝撃を受けるばかり!

退屈。真面目。押し付けがましい。でも、それらは学校で無理やり見せられた「人権」や「差別」がテーマの映画だった。大事なテーマだが映画の作り方が悪い。説教されている気がする。あとはNHKのドキュメンタリー。これも退屈。途中で休憩したくなる。

ドキュメンタリーを作る人たちには「これは大事なことです。あなたたちは知らねばなりません!」と高いところから強いる姿勢が感じられる。「退屈とか、関係ない。文句言わずに見るべきだ」的な傲慢さがある。それほどの思いがあるから、正義感を持っているからこそ、ドキュメンタリーという儲からない仕事をしているということもある。

ただ、テーマが素晴らしくても「退屈させる」というのは許せない。僕は劇映画の監督であり、基本はエンタテイメントだ。退屈させ、見ることを強いるのは作家として技量がないと思える。その意味でドキュメンタリーだが、マイケルムーアはうまい。あざとい。とも言えるが、真面目にダラダラ見せるだけがドキュメンタリーではない。

しかし、近年、素晴らしいドキュメンタリーに数多く出会う。先に見た森達也監督の「「A」は本当に凄い。単にオウム信者を描くだけでなく、マスコミ、警察権力、それらに振り回されている一般市民とは何か?まで描いている。物事には多面性があることも分かる。そして何より商業映画やテレビでは絶対にできない作品であること。同じことは三上智恵監督の「標的の島」シリーズにも言える。三部作と「沖縄スパイ戦史」は見たが、圧倒された。

沖縄の基地問題があんな風になっていること。全く知らなかったし、マスコミはほとんど伝えていない。先の森監督も、三上監督も物凄い労力と時間を注いで作品を撮っている。それはもう仕事を超えた作業だ。その時を撮れなければ、後で撮ることはできない瞬間を捉えている。劇映画撮影も大変だが、まだリテイクができる。が、どんな高額な費用を使ってもドキュメンタリーはできない。

完成した作品はテレビや新聞のようなスポンサー付きの報道では絶対に映し出せない現実を届けてくれる。凄いとしか言えない。今回、僕は初めて長編ドキュメンタリーを監督した。12月に沖縄で上映。絶対にNHKではできない作品。これまでの沖縄戦ドキュメンタリーでは描いていない面がたくさんある。ぜひ、見て欲しい。

予告編=> https://youtu.be/81I-BLROlxY


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「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」12月9日(月)〜10日(火) 沖縄、完成披露上映会 [告知]

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「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」

予告編=> https://youtu.be/81I-BLROlxY

12月9日(月)〜10日(火) 沖縄、那覇市、

パレットくもじ(県庁前)市民劇場

9日 ①午後3時〜 ②6時30分〜
10日 午前9時40分〜



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女優を目指すモデルさん。なぜ、女優になれないのか?=35年前の思い出を手繰ってみた。 [映画業界物語]

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女優を目指すモデルさん。なぜ、女優になれないのか?=35年前の思い出を手繰ってみた。

もう35年以上前の話だが、カラオケビデオの仕事をしていた。僕はAD(アシスタント・ディレクター)というと聞こえはいいが、何でも屋だ。カラオケ・ビデオの撮影隊は監督、カメラマン。プロデュサー。そしてADの4−5人。当時はドラマ仕立てのものが多かったので、撮影自体は映画と同じスタイル。ただ、音やセリフは録音しない。

出演者が1人ということが多い。街をさまよい歩くだけのものとか、彼と2人でデートするだけのものもある。カラオケ・ビデオの予算は安く、出演するのは有名な俳優ではない。俳優ですらなく、多くはモデルさんだった。俳優というのはギャラが高い。が、人気モデルでなければ俳優に比べるとギャラが安いから。

カラオケビデオは女性がメイン。綺麗なモデルさんが次々に来る。ほぼ全員が女優志望。モデル業はスタジオで写真を撮るだけ(衣服の広告。商品を持って笑顔とかパンフレットや広告の仕事)だが、カラオケビデオなら歩いたり、笑ったり、泣いたりという演技をせねばならない。それが勉強になるので出演するという。

ただ、話しをすると「あ〜無理だなあ」と感じることが多かった。というのは僕は10代に1本、映画の助監督を経験した。その時に出会った俳優さんたちはやはり凄かった。同じ人間と思えない。綺麗とかカッコいいというだけでなく、存在そのものが凄い。新人でもエネルギーが違う。彼ら彼女らに比べると、カラオケビデオのモデルさんたちは明らかに俳優のエネルギーがなかった。

でも、そこから努力してレッスンをして俳優にステップアップ!ということもあるかもしれないのだが、当時、まだ20歳前後だった僕は生意気にも「多分、無理だろうなあ」と感じていた。というのも、特に女性モデルたちは見た目は美女、可愛い。とても見栄えがする。が、喋るとダメ。言い方はよくないが「アホだ...」と思えた。ま、20歳になったばかりのアホな僕の印象なので許してほしいが、そう感じた。

今、分析してみると、彼女たちは子供の頃から可愛く、それなりに裕福な家庭で育ったと思える。親からも周りからも可愛がられ、大きな苦労もせずに大人になる。いわゆるお嬢さんで、習い事はそこそこしたかもしれないが、何かに夢中になったことはない。児童劇団に入るとか、学生演劇をするとか経験もない。日本の教育を受けて、それこそ「考える力」もない。大学になり、「就職するより華やかな女優さんになりた〜い」と考え、知り合いのモデル事務所に所属した。

対して女優というのは中高生から事務所に入り、オーディションを受け、大人の俳優たちと演技をし、厳しいレッスンを受けている。何が違うかというと「思い」なのだ。当時出会ったモデルさんたちは女優になることを憧れている。女優になった人たちはそれが10代からの目標だった。そして名優と呼ばれるようになる人たちの多くは家庭に問題がある。それを乗り越えて来た強さがある。そこが裕福な家庭で育ったと思えるモデルさんたちとの一番大きな違いだと思える。



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精神病を知らない人。興味を持たない人。=マスコミや教育が取り上げないと人は理解できない? [精神病&精神障害]

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精神病を知らない人。興味を持たない人。=マスコミや教育が取り上げないと人は理解できない?

精神病について書いても、反響はそこそこしかない。ゼロではないが決して多くはない。その背景にあるのは「あまり知りたくない....何か怖い...」という不安。もう一つは「私には関係ないから!」という思いがあるからだろう。

僕は心理学を本格的に学びたいという思いもあったので、精神病にも関心があった。が、映画の道を選んでしまい、本格的に勉強することはできなかった。それが20年ほど前、長年の友人がおかしくなる。攻撃的になり、上から目線。つまらないことを得意げに話し、人格攻撃までしてくる。以前はそんな奴ではなかったのに...。

会うたびに心がズタズタ。何か恨みを買うようなことをしたのか? 彼の私生活で何かがあったのか? 心が荒むような経験をしたのか? あれこれ考えるが答えが出ない。悪魔が取り憑いたというのがふさわしいほどの変貌だった。

あれこれ調べて、友人は統合失調症を発症していることを突き止めた。症状がまさにそれ。「俺は神だ」とまでは言わないが、かなり症状は重かった。「お前、精神病だぞ」とは流石に言えないが、治療をするべきなので、いろんなアプローチをしたがダメ。あるとき、ストレートに伝えたら逆上。

「俺は病気なんかじゃない!病気はお前の方だ。病院でもどこへでも行け!」

と怒鳴りつけられた。自身でも

「俺はおかしい......」

と感じている部分があるので、それを認めたくないという反応に思えた。心配ではあったが、会うたびに罵倒、針むしろ、人格否定の連続。いかに自分は優れているか?を延々と話し続ける。とうとう耐えられなくなり距離を置いた。が、その後も勉強は続けた。

原因は情報処理能力の欠如。外部から入ってくる情報を正確に受け止められない。だが、その手の話をしても精神病に興味がない友人はこういう。

「その友人はただの嫌な奴だよ〜」「単なるアホじゃないの?」

だが、彼はそれなりの大学を出ているし、映画や文学にも詳しい。昔は常識ある友人で、もう20年以上の付き合いだ。決して相手をバカにしたり、踏み付けにすることはなかった。しかし、敵対するような態度。病院に連れて行くことはできなかった。ただ、本人も苦しいはず。そして多くの人は「精神病は叫んで暴れるもの」という間違った認識を持つ。だから彼が病人であることが分からない....。続きはまたいずれ。

興味ある方はこちらも=>https://cinemacinema.blog.ss-blog.jp/archive/c2305780767-1



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プロの俳優のための太田隆文監督ーワークショップ。2年ぶりに開催予定 [告知]

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プロの俳優のための太田組ワークショップ。2年ぶりに開催予定

前回は映画「明日にかける橋」の撮影前だったので、映画の準備とワークショップの準備が並行してしまい大変だった。なので今回は映画製作が決定する前に行いたい。

それでも前回、参加者の中から3人を選び、映画に出演してもらった。実力だけで言えば同等の人はそれぞれに何人かいたが、個性、キャラ、やる気。そして運。そんな観点で選ばせてもらった。ちなみにワークショップは演劇の基礎を学ぶものではなく、それなりにやっている経験者。プロの俳優を鍛えるもの。素人の方は遠慮願っている。それと、こんな思いがある。

オーディションでも俳優を選ぶが、たいていは1人、10分〜15分ほどしか時間を取れない。下手すると10人一緒で1人で5分ということもある。俳優にすれば「30分あれば本当の実力が見せられるのに!」という人もいるだろう。実力あるのに緊張するという人もいる。だから、数分で起用に芝居ができる小粒の人が選ばれがち。時間をかければ凄い演技をする役者も多いはず。

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そこで毎回、3時間を超えるワークショップを実施。徹底的に芝居をしてもらう。そして、その人の個性、魅力を見出すと共に、何が足りないか?どんな努力が必要かも指摘させてもらう。これまで僕が選んだ新人。当時は無名だったがその後、何人も大ブレイクしている。谷村美月、芳根京子、他にも最終まで残しながら、選ばなかったが、その後、ブレイクした若手が何人もいる。見る目はあるつもりだ。

僕の作品にはこれまで常盤貴子、田中美里、藤田朋子、鈴木杏、波岡一喜、板尾創路、松坂慶子、鈴木砂羽、山本太郎、いしだ壱成、長門裕之、津川雅彦、宝田明らが出演してくれている。そんな名優たちの撮影中のエピソード等も、機会を見て紹介。第1線で活躍する人たちは何が違うか?お話しする。これも勉強になるはずだ。

開催は11月下旬。10名以上が集まれば実施。有料だが、高い値段にはしない。青空映画舎が主催。会場は山手線の駅から近いどこか。現在、会場を探している。見つかり次第に、日時を告知する。ただ、参加したからと出演できる訳ではない。それは理解して頂きたい。前回出会った3人はなかなか、頑張った。今回も実力派と出会えること。期待している。

詳しくはー https://cinematic-arts.blog.ss-blog.jp/2019-10-28

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