SSブログ

映画監督という生き方? 「人並みな生活がしたい!」と思ったらアウト? [映画業界物語]

59693_431192630288380_297665567_n.jpg


映画監督という生き方? 「人並みな生活がしたい!」と思ったらアウト?

映画監督というと、多くの人は文化人、芸術家。金持ち。女優にモテる?とか思うようだが、かなり違う。もちろん、巨匠と呼ばれる人は文化人であり、芸術家なのだが、多くの監督は単なる現場仕切りの仕事であったりする。

監督で金持ちはほんの一握り。ほとんどが貧乏人といえる状態。新入社員より年収が低いだろう。ただ、熱い思いを持つ人が多く「俺はこれを描きたい!」ということで自分を支えて映画作りに励んでいる。とは言え、低予算でも1本の映画を撮るだけでも、本当に大変なこと。チャンスを掴むだけで宝くじに当たるようなもの。なのに、終わると残るのは借金だけ!ということが多い。

ある意味で劇団で頑張る俳優のようなもので、テレビにも出れない。食えない。アルバイトの毎日。でも、芝居が好きで続けている!というような感じだ。監督業も映画だけでは食えない。あれこれ他の仕事もする。AVに誘われて、そのまま帰って来ない監督も多い。監督作品は1本だけで、その後の十数年、1本も撮っておらず。それでも「監督!」と呼ばれている人もいる。

いや、1本すら監督していない監督もいる。撮り続けるのも大変。ヒットさせるのはまず無理。そして監督できても、自分が好きな作品なんてまず撮れない。企業映画だと「なんじゃこれー」というシナリオを渡されて撮影。評判が悪いと「あいつはダメだな」と烙印。好きでもない作品を撮ってもいいものは出来ない。

本当に自分が撮りたいものを撮れるのは、奇跡を願うようなもの。企業ではバカが寄ってたかって作品をダメにする。ただ、そんな魑魅魍魎たちに言われた通りの、ありきたりの作品を撮らないと、次の仕事ももらえない。映画が撮りたくて入った世界。監督業を続けるには「撮りたくないもの」を撮らねばならず。自分がやりたいもの!なんて、誰も金を出してくれない。それが監督業の現実だ。

そんな中で僕は「自分が撮りたいものしか撮らない!」と決めた。そんな子供のワガママが通用する世界ではない。が、儲けようとか、また仕事をもらおうとか、まともな生活をしょうとか、人並みな幸せを得たいとか思わなければ、できるものだ。ここまで5本の長編映画。2本の長編ドキュメンタリーを監督した。全部、自分がやりたい作品だ。

依頼された作品もあるが、全て「やりたい!」と思ったもの。ただ、やりたいものをやると、結局、人並みな生活は出来ない。結婚も出来ない。家庭も築けない。老後の貯金もない。いつか野垂れ死する覚悟がいる。貯金も出来ない。来月の家賃が払えない!は何度もある。友人たちには迷惑をかける。女優にモテることもなく、フリーターと変わらない、むしろそれ以下の生活水準。

それでも「撮りたい作品を撮る!」ことは意味を感じる。嫌な作品を撮り経済的に恵まれた生活をするか? 撮りたい作品を撮り貧しい生活をするか?どちらがいいのか? いつ、アパートで孤独死してもいいと思えば、それはそれで楽しい生活だ。そこまで覚悟したら「撮りたいものが撮れる」と僕は考える。

長生きしたいとは思わない。だから、毎回「遺作」。これで死んでもいいと思っている。製作中は何ヶ月も血圧が危険値を超える。医者には「休み取りなさい。でないと本当に過労死するよ!」と毎回言われる。完成すると毎回、倒れ、数ヶ月間寝込む。だが、それで死ねなければ「もう1本撮れ!」と映画の神様が言っているのだ。そしてまた次の戦い。だが、60代になり戦いも辛くなる。終わりが来るまで、その繰り返しだ。



朝日ー横長.jpg
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。