SSブログ

議論のできない日本人が多いのに、素敵な「友達」が訪ねてくれた? [FB問題]


60360099_2681381781936109_4371430164978991104_n.jpg

議論のできない日本人が多いのに、素敵な「友達」が訪ねてくれた?

昨日の「ドキュメンタリー沖縄戦」舞台挨拶にFB友達の方が何人か来てくれた。そのお1人が終了後に声をかけてくれる。いつもコメントをくれる常連さんだったので、時間をもらいお茶。FB友達はいろいろ。頭脳明晰。情報豊富。理路整然とめっちゃ鋭い方から、筋の通らぬイチャモンをつけて、上から目線、感情的で思い込みの激しい方まで多種多様。昨日の方は前者。情報豊富で理路整然。お話ししていて楽しかった。

以前に記事にもしたが、日本人は議論が苦手。本来の意味を知らずに、勝ち負けにこだわる人が多い。感情的になる。最後には人格攻撃。議論しても嫌な思いをするだけ。それはアメリカと違い子供の頃からディベート教育を受けておらず、議論を戦わす意味や方法を学んでいないから。そのFB友達。そんな教育を受けていた訳ではないが、それらを把握した方で、意見を聞いてもなるほどと思うことが多い。

僕はアメリカの大学でその種の授業を受けたことがあるし、仕事柄、議論をせねばならないことが多い。だが、多くの人はディベートを学ぶ機会はあまりない。なぜ、その「友達」はそれを把握しているのか?と聞いてみると、大学の専攻が「法律」であり、お仕事が「論理性が不可欠」なものだという。そういうことか!と感心した。どちらの分野も「感情」ではなく「論理」が優先されるもの。そんな背景をお持ちだったのだ。

567感染から、寅梅騒動、オリンピックまで。マスコミ報道では絶対にしない情報も把握されており凄いと思った。ディベートで大切なのは情報と知識。そのレベルが近い者同士でないと成り立たない。1人が圧倒的知識があり、もう一方にそれがない場合。議論ではなくレクチャーになってしまう。FB上でよく議論を挑む人、反論してくる人がいるが、彼らの知識がどのくらいか分からない。それどころか年齢、学歴、背景、職業も分からない。

しかし、彼らは僕の職業も、年齢も、経歴もプロフィールで知っている。意見を綴った記事も読んでいて、それを読み「分かってねえなあ。教えてやるか!」と、どこかで聞きかじった情報を鵜呑みにして挑んでくる。それでは議論にならない。彼らは顔写真も出していない。年齢も職業も分からない。そんな人に対して、的確な例題をあげることができない。なのに、あれこれ言ってくる。

「陰謀論だー」「****さんはもうダメだな」「***なんて存在しないんだよ!」

できたら、そんな人たちには1から解説、いかに間違ったことを主張しているか?を説明したいくらい。だが、背景の分からない人にそれをするのは、とても難しい。途中で取り乱し、嫌な思いだけして、無意味に終わることが多い。

なので、論理性を重んじて、知識もある人と、ここ1年くらい考えている件の意見交換できるといいなあ〜と思っていた。昨日の方はまさに理想の存在。長々と話してしまった。本当に感謝感謝。議論は勝ち負けではなく、自分の意見を伝えることで、自分の思いが明確になることも大きい。1人で考えると、矛盾に気づかないことがある。客観性を失う危険性もある。意見を相手に伝えることで、また知らない情報を提示されることで、見えなかった側面が見えて来たりする。

おかげで、抱えていたいくつかの疑問が解けた。それはまた記事にして紹介する。その「友達」には本当に感謝するばかりだ。



asahi .jpg
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。