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しんゆり映画祭。「主戦場」中止から一転。上映が決定。市民の声が扉を開けた。黙っていてはいけない。 [映画感想]

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しんゆり映画祭。「主戦場」中止から一転。上映が決定。市民の声が扉を開けた。黙っていてはいけない。

今回は何ら危険はないにも関わらず、川崎市からの圧力とも取れる「懸念」を受け入れた映画祭側に大きな問題があった。2度ほど記事にしたが、それらは新聞、ネットニュース報道を元にしたので、今回は映画祭のHP文章を紹介。解説する。以下の通り。

(HPより)
「KAWASAKIしんゆり映画祭が今年度の上映作品としてドキュメンタリー映画『主戦場』の上映を見送った件に関しまして、朝日新聞ほかにて報道され、皆様にはご心配をおかけしまして誠に申し訳ございません。

(中略)

経緯と致しまして、上映作品の選定時に『主戦場』が候補にあがり、作品をとりまく提訴の状況も踏まえて、一旦は上映の申し込みを進めていくことを判断しましたが、共催者の一員である川崎市からの懸念を受けました。上映時に起こりうる事態を想定し、私たちができうる対策を何度も検討した結果、今回は上映を見送らざるを得ないと判断をさせていただきました。

(中略)

「しんゆり映画祭」では、ほぼすべての運営を、高校生、大学生、主婦、会社員などから成る市民ボランティアの手により行っており、子ども対象の上映から保育サービスや障がいをお持ちの方に向けてバリアフリー上映まで幅広い観客が訪れる映画祭の為、映画館での妨害・いやがらせなど迷惑行為への対応を市民ボランティアで行う事には限界があること、市民ボランティア自体の安全の確保や、迷惑行為などへの対策費が準備されていないこと、お客さま等との連絡がとれなくなること、など運営面での課題が山積みしており、私たちが自信をもって安全に上映を行うことができないと考えました。

(ここまでHP)

やはりおかしいのはここ=>「川崎市からの懸念を受けました」に続き「上映時に起こりうる事態を想定し、私たちができうる対策を何度も検討した」「私たちが自信をもって安全に上映を行うことができない」と結論づけたということだ。安全ということは危険があるということ。その危険とは何か? 川崎市の懸念は「告訴されている映画を上映すること」であり、脅迫状が来たということではない。

映画で証言した人たち。ケントギルバート、櫻井よしこらが映画祭を妨害に来るということか? 確かに問題ある発言をした人たちではあるが、過激派ではない。テレビでも活躍していた有名人だ。それに告訴するというのは民主主義に基づいており、暴力や破壊で解決しようという意図ではない。そんな人たちが映画祭の安全を脅かすと考えたのか? 

あるいは彼らのバックに過激派、暴力団がいて、映画祭で何かをすると想像したのか? それは告訴した人たちに対しても失礼。そのような背景があることは証明されていない(もちろん、問題ある団体で活動する人たちではあるが、過激派とは違う)つまり、ありもしないことを映画祭側は恐れ「安全が確保できない」と必要のないことを考えて「主戦場」上映を中止したということ。

これには先の愛知県での「表現の不自由展」事件の影響が見られる。脅迫されてもいないのに、市からの懸念だけで中止にしてしまった。前例から学ぶではなく、同じ愚行を繰り返しただけ。特に役所関係は何かあると蓋をして、なかったことにしようとすることが多い。今回で言えば川崎市。それを忖度して中止を決めた映画祭側。愛知県と同じ構図。

まず、何が問題であるか?をしっかり把握すること。ありえないことに怯えて蓋をしないこと。それが今回の教訓だ。幸いイベントは両方とも再開。「主戦場」は上映されることになった。市民からの抗議が状況を変えたのだ。声をあげること。おかしなことは批判すること。それが大事であることを感じる。黙っていたら、すぐに蓋をされてしまう時代なのだから。


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