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【「幸せって何だろう?」それを子供たちに伝えるのが僕の映画ー後編】 [映画監督のお仕事]

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【「幸せって何だろう?」それを子供たちに伝えるのが僕の映画ー後編】

(前回の続きです)

 同時に、考えねばならないのは教育。親たちが望む一流大学に入るには、いや、一流でなくても大学、高校、中学校、そして小学校で我々日本人が受ける教育は、暗記が中心。与えられたことを確実にこなすという勉強。考える。想像する。分析する。という自発的なことではなく、命令されたことを確実にこなすという作業。つまり、優秀なサラリーマンを育てるための教育。

 命令に逆らわず、言われた以外のことはしない。余計なことは考えない。優秀なサラリーマン・ロボットになるための教育システム。そんなタイプの人間を大量に育てたことで日本は経済大国になった。

 が、今はもう、それでは立ち行かない。いくら優秀なサラリーマン・ロボットでも上からの命令が間違っていれば、優れた結果は出せない。それが現代。時代の行き先が見えなくなったことで、企業のトップは正しい指示をできなくなった。海外の企業に追い抜かれる。倒産に追い込まれる。その失敗の責任を自分たちではなく、社員に押しつける。それがリストラであり、規定を超える長時間労働。

 そんな時代。言われたことしかできないサラリーマン・ロボットでは生き延びることができない。与えられたことをやっているだけではダメだ。昔から「金持ちになること」=「幸せ」だと思われがちだが、今の時代、金持ちどころか、安定した生活をして行く事すら難しい。



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 さらに、考える力を育てる教育を受けずに大人なると、自分の力で時代の風を感じ、危険を察知し、考えて、切り抜けることができない。テレビが「都知事選は主要三候補」といえば他にには関心を持たない。国が「景気が良くなりました」「電気は足りません」というと受け入れてしまう。政治家が「汚染水はコントロールされている」というと信じる。

 皆、16年に及ぶ教育の成果だろう。そんなふうに疑うことを知らず、踏みつけられても気付かない大人を生み出した背景が、今の教育。なのに親たちは今もそんな教育をする学校に子供たちを送り込んでいる。

 極端な例を上げれば、あのオウム真理教のサティアンに子供たちを預け、幸せになってほしいと願っているようなもの。師・麻原彰晃のいうことを疑いもせず信じて、サリンまで巻いてしまう信者。それを批判した大人たちも同じことをしているのだ。親たちが子供たちに立派な大人になることを望み、子供たちの幸せを願うのであれば、これまで通りの教育を受けさせているだけではダメだということ。

 親たちが時代の流れを感じ「大切なことは何か?」を悟り、子供たちに伝えること。それでこそ子供たちは幸せになれる。「幸せ」とは何か?を考えていると、そう思えて来た。

 当初、僕のテーマは「子供たちに伝える大切なこと」だったが、いつしか、子供たちを一番不幸にしているのは親たちだと気付いた。だからテーマは「親子に伝える大切なこと」になった。その親子に伝えるべきことが「幸せとは何か?」なのである。

 しかし、その親たち自身が「考える力」を育てない教育を受けて大人になっている。与えられないことはしない。教育システムを疑うこともしない。世の中の変化にも気付いていない。以前はそれでよかったのだけど、今はもう違う。そこにまず、気付かなければ、子供たちを幸せにすることはできない。それを物語を通じて、いろんな形で伝えることこそが、僕の映画のテーマなのだと思える。




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