SSブログ

僕が原発事故の映画を監督した理由 [2013]

1459767_552539481487027_669821837_n.jpg

 最近、よく訊かれることがある。

 「なぜ、太田監督はそこまで『朝日のあたる家』宣伝に力を入れるのですか?

 休養も取らず、連日宣伝活動。体が心配です。

 それ以前に原発事故の映画を撮ること自体が凄く危険。

 先輩たちからも、二度と商業映画を撮れないぞ!と言われたんでしょう? 

 いろんな意味で心配しています........」

 確かに先輩たちから、そう言われた。

 実際、日本の原発事故を映画にした監督はまだ2人しかいない。

 映画会社が作りたがらないだけでなく、「監督しよう!」という者もほとんどいない。

 皆、続けて映画を作りたいし、誹謗中傷されたくないから。

 でも、僕は何を言われても、福島を見つめることが大切だと思えた。

 もちろん、映画でなくても、それを訴えることはできる。

 ただ、どんな手段で伝えるより、映画というメディアを使うことが一番伝わる。

 次第に「殺されても作るべき作品!」そう思えてきた。

 僕は映画監督という仕事をしていた。

 毎回、遺作と思ってかかる。

 だったら、二度と映画が撮れなくても、遺作なんだからいいや!。

 遺作に相応しい題材だ。

 そして映画で福島の現実を伝えることで、誰もが「答え」を見つける。

 数値で議論することより、子供たちの未来を考えることで、日本人が進むべき方向が見える。

 「親子に伝える大切なこと」

 僕の映画のテーマだ。「ストロベリーフィールズ」も「青い青い空」も同じ。それを避けて、今後も商業映画を撮るのなら無意味。だから「朝日のあたる家」を作った。

 多くの人の支援、応援、声援で、上映してくれる映画館がゼロだったのに

 23館まで広がった。

 だったらあとは、1人でも多くの方に映画を見てもらいたい。

 ただ、上映館がもの凄く増えたので宣伝費がもうない。

 といって、ここで止められないので自腹で続ける。

 宣伝スタッフを雇う余裕もないので、配給会社の人と2人でやっている。

 2人で地方まわりをすると交通費がかかるので、僕1人でまわる。

 それで、多くの人に映画を見てもらえれば「朝日のあたる家」を作った意味がある。

 二度と商業映画を撮れなくても、大きな意義が残る。全国での公開も終盤。あと、一息がんばります。


 1014059_414282392021904_441352708_n.jpg


 
nice!(1)  コメント(1) 

nice! 1

コメント 1

中里安彦

横浜ではありがとうございました、おとうとは2人で小田原に行ったと言ってます。今月は新潟ですか?年明けの札幌皆さん楽しみにしてるようです。お風邪をひかれませんように

by 中里安彦 (2013-12-01 21:51) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。